第293話 勇者と魔法学園

 

 アカリとテトは国境を越え、グレンデールに入った。


 目的地はH&T商会の本社があるというこの国の王都だが、その前にまずイフルス魔法学園に立ち寄ることにした。


 テトに魔法学園があるということを聞いたアカリが、こちらの世界の学校に興味を持ったからだ。


「うわぁ! すごいね、テト」


 学園だというのに、それはまるでひとつの都市のようになっていることにアカリが感動し、目を輝かせていた。


 イフルス魔法学園は、この世界最大の学生数を誇る魔法学校だ。


 教師や研究員の数も多く、学生生活をサポートするためのお店のスタッフなども含めると、数万人規模になる。


 ほかの国にも魔法学園はいくつかあるが、それらは街の一角に建てられていることが多いのだ。


「ここ、入り口だよね。中に入っちゃってもいいのかな?」


 アプリストスやアルヘイムの王都とは違い、魔法学園の出入り口の門には見張りがいなかった。


「きっと、はいるのはじゆうなんだよ」

「そうかな……そうだよね。誰もいないもんね」


 魔法学園を取り囲む壁と門には、正式な手続きをして魔力の波長を登録した者以外は学園の敷地に入ることのできない魔法がかけられていた。


 それは、この魔法学園の学園長を務める賢者ルアーノ=ヴェル=イフルスがかけた魔法だ。


 そんな魔法のチェックを逃れられる者などいるはずがないという考えから、門には見張りがいなかった。


 ちなみにハルトがセイラやエルミア、キキョウ、リエル、ヒナタといった部外者をこの学園に初めて連れてきた際には、ちゃんと敷地外で彼女らの魔力を登録してから、彼の屋敷につれていくようにしている。魔法学園内部に転移したとしても、魔力を登録していない者は学園の外まではじき出されてしまうからだ。


 ハルトがその気になれば、部外者を感知する魔法を破壊することは可能だ。しかし魔法が破壊されたことは、ルアーノが把握できる。つまりハルトであっても、ルアーノに気づかれずに学園の敷地に部外者をいれることは不可能だった。


 しかし──



「えへへ。なんだか私も、魔法学園の生徒になっちゃったみたい」


 なんの抵抗も感じることなく、アカリは学園の敷地に入ることができてしまった。


 門にかけられた侵入者をはじく魔法を、アカリが無理やり突破したわけではない。


 彼女が『この学園に入りたい』と望んだため、<スキルマスター>が<クリエイトマジック>を発動させ、部外者検知の魔法を騙す魔法を作り上げたのだ。


 スキルがスキルを使い、魔法を騙す魔法を作り出すというよくわからない現象が起きていた。


 もちろんアカリやテトが、それに気づくことはない。



「テト、見て! 魔法使いさんたちの服、カッコいいね」


 なんとなく学園の中心に向かって歩いていたアカリは、魔法学園の制服を着た生徒たちを目にするようになった。


「アカリも、あーゆーのをきてみたいの?」

「うん!」


 アカリは魔王を倒したら、この世界の学校に通ってみたいと思うようになっていた。


 彼女は今、この世界の町娘のような服装で学園内を歩いているが、それで生徒や教師に声をかけられるようなことはない。


 この学園では授業が休みの日は各クラスによって異なり、休みの日には私服で出歩く生徒たちも多い。そのため、アカリが周囲に警戒されるようなことはなかった。


 そもそも学園の敷地内に部外者が入れないということは、ここにいる者たち全員の共通認識なので、普通に敷地内を歩いているアカリは、誰がどう考えてもこの学園の関係者なのだ。



 そのままアカリは、中央街までやってきた。


「アカリ、アカリ! す、すごくいいにおいが、いっぱいあるよ!!」


 テトのテンションが上がる。


 アカリの鼻にも、おいしそうなパンの焼ける匂いが届いていた。


「おいしそうだね、テト」


「ねぇ。あそこのおみせで、なにかたべよーよ」


 テトが指す先には、この中央街の中でも特に人気のパン屋があった。


「うん。私も食べたいけど、お金が……」


 アカリたちには、お金がなかった。


 売れば巨万の富を得られる世界級ワールドクラス以上のアイテムを八個も所有しているというのに、現金の持ち合わせがなかったのだ。


「そ、そんなぁ」


 エリザからもらったお金も、ここ数日の食費や生活必需品の購入で、ほぼ尽きかけている。


「じゃあさ、じゃあさ。アカリのアイテムをひとつだけ、パンとこうかんするのは?」


「えっ」


 香ばしいパンの匂いに釣られたテトが、とんでもないことを言い出した。


 普通だったら、そんな馬鹿げた提案にのらないアカリだが──


「それ……い、いいかも」


 ここまで長時間歩いて、おなかがすいていた。


 それにアルヘイムでリファと物々交換をしていたことによって、アイテムの代わりになにかをもらうという行為に抵抗がなくなっていたことが大きい。


 世界級以上のアイテムだとエリザに言われていたが、ただのアクセサリーとして使ってもらえば問題ないだろうとアカリは考えた。



「あ、あのっ!」


「はい。なんでしょう?」


 ちょうどパン屋から出てきた二人組の女性に、アカリが声をかける。


 そのふたりは、大量のパンが入った袋を抱えていた。


「すみません。私、お金がなくて……もしよろしければこれと、パンをいくつかと交換していただけませんか?」


 そう言いながらアカリは、綺麗な青い髪をポニーテールにした女性に、自分が作ったブローチを見せる。


「わぁ!! すっごくきれいですね。これ、あなたが作ったんですか?」


「そうです。あの、ダメでしょうか?」


「いいですよ。でも、家族みんなの朝ごはん用のパンなので、交換できるのは四つくらいです。それでもいいですか?」


「は、はい! 大丈夫です。ありがとうございます!!」


 世界級を超えるレアアイテムが、パン四つと交換されることになった。


「あっ。でも、私の独断じゃダメですね。明日のご飯当番、私だけじゃないので……」


 そう言いながら青髪の女性、ルナが後ろを振り向いた。


「パンを四つ、この子にあげちゃってもいいですか?」


 ルナは、明日一緒にエルノール家の食事当番をする女性に、パンとブローチを交換していいか確認をとる。



さん」

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