第294話 勇者とH&T商会
「ルナ。私は問題ないと思います。それに見たところ、彼女らはお腹をすかせている様子。旦那様なら、困ってるヒトを見かけたら必ず手を差し伸べるでしょう」
「シトリーさん、ありがとうございます! ……というわけで、パンと交換しましょう。どれがいいですか?」
シトリーがパンとブローチの交換を認めてくれたので、ルナはアカリを近くにあったベンチのところまでつれていき、そこで欲しいパンを選ばせた。
「コレふたつと、コレとコレをもらってもいいですか?」
「もちろんです。はい、どーぞ」
小分けの袋を持っていたルナが、それにアカリが指定したパンを入れて手渡す。
「ありがとうございます! それでは、これをどうぞ」
「はーい。すごく綺麗ですね。大切にします」
その後少しだけ会話してアカリは、ルナとシトリーと別れた。
シトリーは悪魔で、しかも元魔王。
ハルトに強化されているので、魔王であった頃より保有する魔力は格段に多くなっている。
そんな彼女が魔法学園の敷地内で普通に生活できるよう、ハルトが魔力を抑える魔具を作ってシトリーに与えていた。
彼女自身も、ハルトに強化されたおかげで完璧に魔力の制御ができるようになっている。
シトリーの魔力制御が完璧であったことと、ハルトの魔具によって、彼女が魔王級の魔力の持ち主であることなど誰にもわからないようになっていた。
異世界の神であるテトの目すら欺いた。
アカリも、まさかこんな所に魔王がいるなどと思えるはずもなく、スキル<超直感>も機能していない。
そもそもシトリーがもらっていた邪神の加護は、ハルトが既に消してしまった。
シトリーは、魔王ではないのだ。
アカリはこの世界に魔王を倒しに来たのだが、倒すべき魔王はどこにもいなかった。
──***──
「これ、すっごくおいしい!!」
「うん! 美味しいね」
とてもおなかがすいていたアカリとテトは我慢できなくなって、ルナたちと別れてすぐに、近くにあった広場に入って芝に座り、ブローチと交換したパンを食べていた。
「ブローチあげちゃったけど……ルナさん、大丈夫かな?」
おなかがすきすぎて判断力が低下していたのだが、パンを食べて少し余裕ができた。
改めて考えると、強力な装備かもしれないアイテムを、なんの説明もなしにあげてしまって大丈夫なのだろうかと不安になったのだ。
「だいじょーぶ。アカリが作ったアイテムだもん。ヒトをきずつけるものじゃないよ」
──そう。アカリはたいして効果を意識せずに作ったのだが、彼女が作ったのは全て『守護』系で
所有者に危機が迫った時、それを回避する魔法が自動で発動するアイテムだ。
持っていることで助かることはあれど、誰かが傷つくことはない。
そんな説明をテトにしてもらって、アカリは少しほっとした。
「このパンの袋……よく見たら、パン屋さんの名前の店名の下にH&T商会って書いてある」
ブローチと交換したパン四つを、テトとふたりで食べきったところでアカリが気がついた。
H&T商会が、あのパン屋を出店させていたのだ。
「どーゆーこと?」
「これから向かおうとしてた場所に、もっと美味しいモノがいっぱいあるかもしれないってことだよ!」
アカリは作ったアイテムを買い取ってもらうことを目的に、H&T商会を訪れる予定だった。
しかし、あのパン屋とH&T商会が関係しているのなら、きっとほかにも美味しい食べ物を取り扱っていても不思議ではない。
「えっ。それ、ほんと!?」
「うん!」
アカリには確信があった。
『もしかして──』と考えたことで、それに応えるように<超直感>が発動したのだ。
これが、アカリがこの世界に来てから初めて使った超直感だった。
──***──
アカリとテトは、グレンデールの王都までやってきた。
彼女が超直感を使えるようになったので、ヒトのいない場所をより細かく設定して転移できるようになり、イフルス魔法学園から王都まで転移で移動することができたのだ。
「こっちかな?」
スキルマスターの効果で、どんどん超直感の精度が上がっていく。
テトの案内なしでも、アカリは
ちなみにテトは、パンを食べてお腹いっぱいになったことで、アカリの腕に抱かれて眠っている。
少し歩いてアカリは、看板に大きくH&T商会のロゴが描かれた建物を発見した。
「こ、ここ!?」
そこにはアプリストスの生産ギルドより、およそ十倍くらい大きな建物があった。
テトが眠っていて不安があるが、この建物の中からも美味しそうな匂いが漂ってくる。
不安よりも大きな期待をもって、アカリはH&T商会の
本店の中は、多くのヒトで賑わっていた。
人族だけではなく、エルフや獣人、ドワーフなどといった様々な種族が歩き回っている。
どうやらこの建物は四階まであるようで、今アカリがいる一階には、この世界各地の名産品を販売している小売店がたくさんならんでいた。
「デ、デパートの地下みたい……」
思わずアカリが呟いたように、そこは所謂デパ地下のようだった。売ってるモノは世界各地の品物なので、物産展と言ってもいいかもしれない。
ただし、売られているものは食品だけではなく、武器や防具などの装備品や回復薬などのアイテムも取り扱われている。
実はこれ、ハルトが元いた世界のデパ地下のことを聞いたティナが思いついて、数年前に取り入れたシステムだ。
もともとH&T商会の本社には、商品を集める仕入調達部や、世界中の物流を管理する機能しかなかった。
しかしティナがデパ地下システムを取り入れたことで、本店となったのだ。
ただ、アカリの目的の場所は一階にはなかった。
アイテムの買取カウンターも、一階に設置されていて、多くの冒険者や商人が集まっていたが、彼女のアイテムはここでは買い取ってもらえない。
アカリは超直感で、それに気づいていた。
だから、建物の奥の方まで進んでいく。
一階で売買ができないレアアイテムの取引きは、通常二階で行われる。
貴族がなにかを持ち込んだ時なども、二階の応接室などで対応するのだが──
アカリは二階もスルーした。
ここでも、彼女のアイテムは買い取ってもらえない気がしたからだ。
そしてここから上階には、商会の職員しか入れない。一般人が入り込まないようにするための見張り役がいる。
しかし、
三階も素通りしたアカリは、四階まで上がり長い廊下を歩いて一番奥の部屋の前までやってきた。
超直感が勝手に働くので、ほとんどなにも考えないでいたらいつの間にかここまで来てしまったのだ。
目の前の部屋の表札には、会長室とある。
「か、会長室……? さ、さすがにここは違う、よね?」
そう思ってアカリが引き返そうとしたところで、部屋の扉が開いた。
「わざわざここまで来たのに、帰っちゃうんですか?」
黒髪黒目の綺麗なハーフエルフが、扉を開けて、笑顔で立っていた。
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