第292話 勇者とグレンデール

 

「エリザさん。これ、いくらくらいで売れそうかわかりますか?」


 知らぬ間に自分が作ったアイテムがかなりレア度の高いものになっていたことに驚いたアカリだったが、レアだということはそれだけ買取価格が上がるということ。


 テトのテンションが高い理由もわかる。


 アカリも、作ったアイテムを売ったお金で、美味しいものを食べ歩きする妄想を膨らませていた。


 しかし──



「ごめんね、アカリ。鑑定できないものには、値段を付けられないの」


「……え?」


「少なくともこの国で、アカリの作ったアイテムを適正価格で買える商人はいないと思うわ」


「そ、それって、つまり──」


「このアイテムは、売れないってこと」


「ギルドで買い取っていただくとかも、できないんですか?」


「うちでは厳しいかな。効果がわからないし、もし効果がわかったとしても、世界級ワールドクラス以上のアイテムを買う資金なんて、このギルドにはないのよ」


 エリザの言葉を聞いて、アカリの目の前が真っ暗になった。


「ちなみに、これのほかに七個あるんですけど……」


 同じように作ったアイテムを、アカリはカウンターの上に置いてエリザに見せる。


「……マジ?」


 エリザが、あからさまにひいていた。

 それでもとりあえず、鑑定を行う。


「ダメね。全部、世界級以上……アカリ、いったいどうやってこれを作ったの?」


 アイテムの製造方法などに関しては、他人に教えたがらない製作者も多い。製作者たちはみな、個人が持つ特殊な技術や製法で作ったアイテムを売ることで、生計を立てるからだ。


 ギルドとしても、製作者にアイテムの製造方法を聞くことはめったにない。


 エリザもそのギルドの方針に従っていたが、アカリの作ったアイテムに関してはどうしても製法が気になってしまった。


「え、えっと──」


 神様からもらったスキルで作ったなどといっても、信じてもらえないだろう。


 また、リファに宝石をもらったことも言わない方が良いだろうと、テトに言われていた。


「すみません。作り方は、秘密なんです」


「そう……そうよね、世界級以上のアイテムの製法なんて、誰にも教えたくないよね」


「ち、違います! そんなつもりじゃ──」


「いいのいいの。ちょっと気になっちゃって、ギルドのルールを無視して製法を聞こうとしちゃったの。ごめんね」


 色々と世話をしてくれているエリザに、隠し事など本当はしたくない。


 魔王を倒すために、異世界から来たこと。

 アカリが、実は勇者であること。

 女神様からチートスキルをもらったことなど、一般人であるエリザに話してしまってもいいのだろうか?


 アカリは悩んでいた。


 無言で下を向くアカリに対して、エリザが話を続ける。


「このギルドね、基本的に個人の事情には深く関与しないってルールがあるの。ほんとに人手不足だから、犯罪者以外なら、どんな人でも受け入れるしかないのよ」


 犯罪者かどうかは、真偽の宝玉を触らせた際に、チェックしているらしい。


「だからね、アカリがどんな事情を抱えてても大丈夫。そのアイテムも、なんとか売ってお金にできるよう協力するわ」


「い、いいんですか?」


「うん。あんまり言いたくないことは、だれにも話さなくて大丈夫。だからこれからも、このギルドにいてくれない?」


 世界級以上のアイテムをどうやって作ったのかを無理に聞こうとしてしまい、アカリがこのギルドを去ってしまうのではないかと、エリザは危惧していた。


「その……私はずっと、ここアプリストスを拠点にしたいです」


「ほ、ほんと!?」


「えぇ。だって、エリザさんがいますから」


「アカリー!!」


 カウンターから飛び出して、エリザがアカリに抱きついた。


「テトも、アカリといっしょに、ここにいるよ。エリザのごはん、おいしいもん!」


「テトも、ありがとう!」



 その後、アカリの作ったアイテムをどうやって売るか、三人で話しあった。


「宝石は八個しかないので、ほかのを作るなら、またどこかに取りに行かなきゃ……」


 リファからもらった宝石は、全て使ってしまった。


 世界級以上だというアイテムを壊して宝石を取り出すというのももったいないので、作った八個のアクセサリーは、そのままにしておくことにしたのだ。


「この国でそれを買い取れる人は、たぶんいないわ。でもグレンデールって国なら、もしかしたら──」


「グレンデール、ですか? どうしてそこならいいんです?」


「そこには、H&T商会の本社があるの」


「H&T商会?」


「やっぱり、アカリは知らないのね。貴女、ほんとにどこから来たのよ──っと、個人情報の詮索はダメね」


「す、すみません。あの……世間から隔離されたド田舎から来たって、ことにしといてほしいです」


 ハルトティナ商会は、この世界最大の商社だが、そんなことをアカリが知るはずなかった。


 とりあえず、今までは世間一般から離れて暮らしていたのだということにしておく。


「そうね。わかった、そういうことにしておきましょう」


 エリザも、それでいいと言ってくれた。


「とにかくグレンデールまで行けば、アカリの作ったアイテムを買ってくれそうな人がいるってこと」


「そうなんですね! それじゃ私、グレンデールに行ってきます!!」

「いってきまーす!」


 アカリはテトを抱き上げ、颯爽とギルドから飛び出していった。


「──えっ」


 アカリの行動が突然すぎて、エリザは固まってしまう。しかしすぐに気を取り直した。


 たぶんアカリたちは、すぐに戻ってくる。


 ──そうエリザは考えた。


 なにせ、グレンデールまではこの国から馬車で一ヶ月以上もかかる距離なのだから。


 きっとアプリストスから外に出る門でエリックにグレンデールまでの行き方を聞いて、あまりに目的地が遠いことに驚いて、ここに引き返してくるだろうと思っていた。



 ──***──


 アカリが生産ギルドを飛び出して数分後。


「ここがグレンデールかぁ。アプリストスやアルヘイムより、大きな国だね」

「おっきいねー」


 彼女とテトは、グレンデールを一望できる丘の上にいた。


 転移でここまで来たのだ。


 地名さえ知っていれば、彼女はこの世界のどこにでも転移できる。


 人に見られるのはなんとなくマズいと思ったので、人がいない場所でかつ、グレンデールを一望できる場所という条件を付けて、ここに転移してきた。


「ちょっと、とおすぎたんじゃない?」


「うん。この国、人が多いからここまで遠くにしか出れなかったみたい」


 転移を使い始めてまだ二回目だが、アカリはこのスキルに慣れ始めていた。転移場所の条件設定や、ここに出た理由なども把握できるようになっている。


 アカリが女神から、<スキルマスター>というスキルをもらっていたからだ。


 それは、スキルを上手く使うためのスキル。

 これにより、アカリは数回使えばどんなスキルでもマスターできてしまう。


 神眼でエルフの衛兵は魅了できなかったが、恐らくあと数回使用すれば、彼女の魅了に抗えるヒトはいなくなる。



 こちらの世界に来てからアカリは、とてつもない速度で、本人も知らないところで、それでも確実に強くなっていた。

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