第280話 カタラの雫
「この辺、かな?」
直感に従い、本のページを開く。
「ルナ、ここらのページを読んでほしい」
相変わらず俺はこの本を全く読めないが、なんとなくここだという気がした。
「はい、わかりました!」
本を開いた状態でルナに渡す。
「このページ、以前私が開いたときは薬の情報が載ってたはずなのに……」
ルナは言語理解というスキルで、どんな言葉や文字も理解できる。それに加えて、絶対記憶というスキルも持っていて、以前この本を読んだ時の内容とそのページ番号も記憶していた。
シロが言うように、本の内容が丸ごと書き換わっているらしい。
「このページは今、邪神の呪いについて書かれています」
俺の直感が当たった。
「ミウのお母さんの状態になるような、呪いの情報はある?」
「んーと……徐々に体力を奪われ死んだ時、周囲に同じ呪いを拡散させる呪い──これですね。『死後拡散の呪い』って名前らしいです」
おぉ! あったみたいだ。
それにしても、『死後拡散の呪い』って……。
なんか、そのまんまのネーミングだな。
そういえば、俺がかけられた『ステータス固定の呪い』もそのままだよな。
邪神って、その辺もいい加減なのか?
まぁ、そんなこと今はどうでもいい。早くミウのお母さんを治して元気にしてあげなきゃ。
「その呪いだと思う。なにか、解呪の方法とか書いてない?」
「魔法での解呪は……不可能です」
どんな魔法でも効果がないようだ。俺が考案した、肉体ごと呪いを消滅させた後に蘇生させるって方法も、使えないらしい。
ちなみにこの強引な方法が、正規の解呪方法となっている呪いもいくつかあるそうだ。
しかし、魂に根を張るタイプの呪いには効果がない。ミウの母親がかかっているのはこのタイプなので、別の方法をとるしかない。
ルナは、
つまり──
「魔法以外の方法なら、あるってこと?」
「はい。この呪いの被害を防ぐ方法は、ふたつあります。一つ目は狭間の空間に、呪いにかかったヒトをつれていき……そこで、殺してしまうこと」
この世界を救うためシトリーとシルフが、本心でないながらも提案してくれた方法だ。
「その方法は絶対ダメ! 二つ目は?」
「二つ目は、究極の解呪アイテムを使うことなのですが……」
「究極の解呪アイテム?」
「カタラの雫というアイテムです」
「カタラの雫……俺は、聞いたことないな」
「私もありません。そもそもこの本には、ほぼ作ることのできないアイテムだと書いてあります」
「──えっ」
──***──
神界
ふたりの男性と、ひとりの女性が集まって、なにかを話し合っていた。
「まさかもう、死後拡散の呪いが発動するなんて……」
優しそうな表情の茶髪の美女は、この世界の大地を統べる地神だった。
「あぁ。早すぎる」
地神の言葉に賛同した男は海神。
「人口が爆発的に増加しているわけではないし、食料の問題もない。世界のバランスは、良い感じで保たれている」
そう答えたムキムキのおっさんは、空を支配する空神だ。
創造神に次ぐ力を持つ神たち──四大神のうち、三柱がここに集まっていた。ちなみに、残りの四大神は邪神だ。
死後拡散の呪いは名前こそ、そこまで恐ろしげではないが、その効果は絶大で、たとえ四大神であっても止められるものではなかった。
この呪いは、この世界のバランスを保つためのシステムのひとつなのだ。一度発動すると世界の人口が半減するまで収束することはない。
本来は急激な人口増加などの原因で、世界のバランスが崩れ、世界自体が崩壊の危機に瀕した時、この世界が邪神の力を吸い取り自動で発動する呪いのはずだ。
それが、たいした問題のない今、なぜか発動してしまった。
実は邪神がハルトを転生させた時に漏れた力の一部が、この呪いを発動させる源となってしまったのだが──
邪神が眠りについている今、このことを他の四大神や創造神が、把握することはできなかった。
「世界のバランスに問題がないのであれば、私はこの呪いを止めたいの」
「俺もそう思う。止めるべきだ」
「しかしあの呪いは、我らの力でもどうにもならんぞ」
「……
世界のバランスが崩れそうな時、この呪いが発動したとしても、神々がなにかすることはない。
しかし今は、なにも問題がないのだ。神々としても、いたずらに世界の人口が半減してしまうのは困る。彼らに届く、祈りが激減するからだ。
今なら死後拡散の呪いにかかっている最初のひとり──つまり、ミウの母親だけを消せば、世界は救われる。
海神は、ミウの母親を世界から消そうと考えた。それ以外に、方法がないと思ったのだ。
「一応、ハルトという人族が、この呪いを解こうとしているようなのだけど……」
「ん? ハルトが、その場にいるのか?」
「えぇ。十数人の仲間と、死後拡散の呪いにかかっている人族のそばにいるわ」
「なんだ、そうか……それならこの件は、もう大丈夫だな」
「えっ?」
「海神よ、その人族を知っておるのか?」
「あぁ。じいさんの所に、時々遊びに来るバケモンだ」
「は、はい?」
「あ"? な、なにを言っているのだ。そんなこと、人族ができるわけないだろう」
「それができるから、バケモンなんだよ。多分アイツなら、俺らでも無理な解呪をやってのけるだろ」
海神はどこか誇らしげだった。
「……仮に、あの人族が自由に神界に来られる者だったとしても、死後拡散の呪いを解くことは不可能よ」
「なんでだ?」
「あの呪いを解く方法はふたつあって、ひとつは海神、貴方が言ったように最初のひとりを消すこと。もうひとつが、カタラの雫を使うことなの」
「ハルトなら、そのカタラの雫を手に入れよーとする。アイツは、そーゆーやつだからな」
「それが不可能だって言ってるの。カタラの雫は究極の解呪アイテムで、その素材の入手は人族の寿命では到底叶わないものばかり」
「入手困難な素材って、例えば?」
「まず『世界樹の実』。世界樹の葉ですら、普通の人族は生涯手に取ることもないでしょうが、世界樹の実はそれより更に入手が困難なの」
「……ハルトなら、既に持ってそーだけどな」
「ありえないわ! 世界樹は千年にたった一個しか実を付けないのよ!? それを都合よく、人族が持ってるわけない。まぁ、例外はあるけど──」
「例外ってのは?」
「世界樹を脅して実を付けさせるって方法があるの。この世界ができてから、一度しかやられてない方法ね。そもそも脅すのは、エルフ族がやらなきゃいけないのだけど──」
かつてエルフ族は、世界樹の下で暮らしていなかった。魔物に襲われ、他種族から迫害され、世界中を隠れながら旅する種族だった。
また、当時の世界樹は魔物だけでなく、ヒトも寄せ付けなかったのだ。
そんな世界樹を脅して、エルフ族を庇護下に入れる約束を取り付けた者がいた。
その者は、エルフ族に世界樹の世話と、信仰心を捧げることを約束させた。それ以来エルフ族は、世界樹の庇護のもと繁栄してきたのだ。
「今のエルフ族は世界樹を強く信奉しているから、本気で世界樹を燃やそうって意思を持って脅せるエルフなんて、いるはずがないのよ。つまり、世界樹の実の入手は絶対に無理!」
「……じゃあ、仮にだ。仮にハルトが世界樹の実を手に入れられたとして、そのほかにはなにが必要なんだ?」
「まぁ、せっかくだから教えてあげるけど、世界樹の実以外にも入手が不可能なものが複数あるのよ。『九尾狐の毛』や『色竜の鱗』、『聖水』とかは、まだ入手の可能性が高い素材ね」
九尾狐の毛や色竜の鱗は、過去に勇者が倒したものの素材が稀に世に出回ることがある。そして聖水は、高額ではあるが聖都などで購入ができる。
「問題はここから。水の精霊王だけが作り出せる霊水、祖龍の爪はまず入手不可能。しかも、それだけじゃないの」
「ほかにも素材がいるのか?」
「いいえ。問題は素材じゃなくて、加工の方。原初の炎を使って集めた素材が全て溶けるまで熱しなきゃいけないんだけど……その原初の炎に耐える器は、ヒヒイロカネで作るしかないの」
「つまりハルトたちが、世界樹の実と九尾狐の毛、色竜の鱗、聖水、霊水、祖龍の爪を手に入れて、ヒヒイロカネで作った器にそれらをぶち込んでグツグツ煮込めば、解呪アイテムが作れるってことだな」
「えぇそうよ。つまり、絶対に不可能ってこと!」
──***──
「んー。これで、いいのかな?」
「ちゃんとこの本に書いてある通りに作りましたから、大丈夫だと思います」
「よし、じゃ。カタラの雫、完成ってことで!」
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