第279話 ひとりか、世界か
「お母さん、ただいまー!」
「お邪魔します」
ミウについて、彼女の家に入る。
エルノール家の全員だとさすがに多すぎるので、俺とティナ、セイラ、シトリー、キキョウ、シルフがまず家に入れてもらうことにした。
「おかえりなさい、ミウ。どこに行ってたの? それから……そちらの人たちは?」
ミウの母親が、キッチンで昼食を作ろうとしているところだった。彼女の首筋には、数本の黒い筋が見える。
「お母さん体調悪いんだから、寝てなきゃダメだよ!!」
ミウが母親のもとに走っていって、近くにあった椅子に無理やり座らせた。
「大丈夫よ。今日はなんだか調子がいいの」
そう言うが、ミウの母親の顔色は良くない。
「突然お邪魔してすみません。冒険者のハルトと言います。彼女らは、俺の仲間です」
「……冒険者さんが、どうして家に?」
「ミウさんから、貴女の体調不良の原因を調べてほしいと依頼を受けました」
「この子が、冒険者ギルドに依頼を? で、でも、お金は?」
「私のお小遣いで払ったんだよ。お母さんに、早く元気になってほしいから!」
「そ、そんな……」
ミウの母親は、娘の勝手な行動に困った表情を見せるが、どこか嬉しそうだった。
「あの、依頼金は足りましたか? この子のお小遣い程度では、皆さんを雇えるほどの依頼金は出せないでしょう」
シルフやセイラが質の良い綺麗な服を着ているのを見て、俺たちが上位の冒険者だと思ったのだろう。
「俺たちは駆け出しの冒険者で、依頼金が安いんです。でも、貴女の不調の原因は絶対に突き止めますから、安心してください」
既に原因は、だいたいわかってる。
「ハルトさん。お母さんを治してください」
「……すみません。この子にこれ以上、心配をかけたくないので、何卒よろしくお願いします」
ミウの母親も、俺たちが治癒にあたることを了承してくれた。
「はい。お任せください」
ギルドからの依頼は、ミウの母親の体調不良の原因を調べること。可能なら治癒もするってことが、依頼の範囲に入っている。
ちゃんと治癒までしてあげたい。
「それでは、まず身体の状態を診させてもらいます。シトリー、シルフ、よろしくね」
「承知いたしました」
「はーい!」
多分、不調の原因は邪神の呪いだ。
それがどんな呪いかはしっかり調べないと分からないが、服を脱いでもらわなきゃいけないので俺は一旦ミウの家の外に出る。
しばらくして、シトリーが外に出てきた。
「旦那様。やはり、邪神様の呪いでした」
「そうなんだ。それで、どんな呪いなの? セイラや俺の魔法で消せそう?」
「恐らく……不可能かと」
俺たちの力を十分に理解しているシトリーが言うのであれば、そうなんだろう。
「あの者が触れた呪いは、この世界の人口を半減させる危険がある、災厄級の呪いです」
「──えっ」
ミウの母親は、徐々に体力を奪われる呪いにかかっていた。しかもその呪いは、呪われた者が死ぬと周囲に同じ呪いを撒き散らすという。
呪われた者が死ぬまで、およそ一ヶ月。
そして死んだ場所から街ひとつ分の範囲に、呪いが拡散される。
ミウの母親が立ち上がって料理を作ろうとしていたように、この呪いはかかっていても行動ができてしまう。
更に、体調が優れないと自覚症状が出た頃にはステータスボードは『状態:呪い』となるが、それがどんな呪いかはわからない。
そもそもこの世界の一般市民は、ステータスボードを見ることが少ない。
だからこの呪いは、世界中に拡がりやすい。
過去に二回、この呪いが世界に蔓延したことがあるそうだが、世界の人口が半減するまで呪いの脅威は消えなかったという。
「呪いの強さから、彼女が最初のひとりであることは間違いないでしょう」
「そう。それは良かった」
ミウの母親が呪いにかかった一人目だということは、彼女の呪いを解くだけで世界が救われる。ミウの母親を助けるだけでいいんだ。
──でも、そう簡単なことではないらしい。
「旦那様。大変申し上げにくいのですが……」
「なに?」
「狭間の空間や魔界などにあの者を連れていき、そこで殺すことを提言いたします」
「は?」
シトリーが言ってることの、意味がわからない。
「ハルト。あの呪いね……絶対に解けないんだ」
シルフが出てきた。
「過去一度も、あの呪いが自然に消える以外で、解呪できたことはございません」
シルフもシトリーも、ミウの母親の呪いが解けないモノだという。エリクサーや、世界樹の実など、この世界最高クラスの異常状態回復アイテムを使っても解呪はできない。
更に、魂に根を張る呪いであることが厄介だった。
魔人に黒死呪をかけられた獣人王レオを救うためにやろうとした方法──その肉体ごと呪いを消滅させて、蘇生魔法で生き返らせるという強引な解呪方法も、とることができない。
「僕だって嫌だけど、こんなこと言いたくないけど……でも、この世界を救うためには──」
シルフは、今にも泣きそうだった。
「彼女ひとりに、犠牲になってもらうしかないでしょう」
狭間の空間や魔界でミウの母親が死ねば、誰にも拡散することなく呪いは消滅する。
でも、そんな方法はとりたくない。
ひとりか世界かなんて、俺は選べない。
世界を救うために、ひとりを犠牲にしてもいいとは思えない。特にその『ひとり』と俺たちはもう、知り合いになってるんだ。
俺の転移魔法を凄いと言ってくれて、ティナを綺麗だと言ってくれたミウ。
彼女はひとりでこの町から、遠く離れた王都のギルドまでやってきて、自分で貯めたお小遣いを全部使って母親を助けてほしいと俺に訴えた。
俺はそれを受け入れた。
彼女の母親を、助けると約束した。
だからなんとしても俺は、邪神の呪いを消し去りたい。
「なぁ、シロ。なにか方法はないの?」
俺の感覚からして、ミウの母親がかかっている呪いを作ったのは邪神だ。だから神の使いである神獣のシロなら、なにか知ってるのではないかと思った。
「むぅ……我は呪いに関しては、そこまで詳しくないからのぉ。ルナはどうだ?」
「ルナ?」
「わ、私ですか?」
「ルナが以前、我に見せてくれた本。アレはこの世界の創世記に、式神たちによって書かれたモノだ」
シロが言う本とは、そのダンジョンの特典部屋に置かれていたもののことらしい。今それは、ルナの持ち物になっている。
「あの本なら、この呪いについてもなにか書かれておるやもしれぬ」
「で、ですがあの本には、呪いのことなんてほとんど書かれていませんでしたよ? ほとんど、薬のことばかりで……」
「アレには、持ち主が望む情報を見せる機能があるからな」
「えっ、そうなんですか?」
「うむ。とてつもなく膨大な情報が詰め込まれた本なのだ。普段は、持ち主が一番興味のある事柄が映し出されておる」
このシロの発言を聞いて、なぜかルナの顔が紅潮していた。
「ルナ。あの本で、解呪の方法がないか調べてほしい」
「は、はい! わかりました。私の部屋に本が置いてありますので、ハルトさん。転移魔法で回収していただけますか?」
「おっけー!」
転移でルナの部屋に空間を繋ぎ、例の本に手を触れる。その瞬間──
俺の直感が働いた。
さっきまでは不安だったけど、今はもう大丈夫。
この本に、
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