第274話 悪魔 バエル
な、なんなんだこれは!?
なぜ、邪神様配下の序列第一位の俺が──
最強の悪魔である、このバエルが──
ボゴボコにされてるんだ?
……まずい。
非常にまずい。
全く抵抗ができん。
反撃しようにも、その全てが一瞬で潰される。
お、俺は……ここで消えるのか?
ふと、昔のことが思い起こされた。
邪神様に生み出され、数億年。
色んなことがあった。
俺が破滅させた国は数しれず。
時には国王の身体を乗っ取って、好き放題したこともある。
集めたヒトの魂も、万をゆうに超える。
実に楽しかった。
……あ?
なんだ?
なんで俺は、過去を振り返っているんだ?
も、もしやこれが……ヒトが死に際に見るという、走馬灯というものなのか?
──そうか。
俺は……ここで、消えるのか。
目の前に迫る超巨大な光の柱を眺めながら、どうしてこうなったのかを思い返していた。
全ては、俺の目の前に突然、一体のスライムが現れたことから始まったのだ。
──***──
序列第十二位の悪魔、シトリー様の行方を探っていた俺の前に──
『そいつ』は突然現れた。
序列が俺より低いシトリーに、『様』を付けて呼ぶのは、彼女が魔王になったからだ。
俺たち悪魔は、邪神様から加護を頂くことで魔王としての力を得る。それと同時に、邪神様の側近という扱いになる。
つまり序列が低い悪魔であっても、加護を受けて魔王になれば、その他の悪魔は魔王を敬わなければならない。
その悪魔の序列が低く、魔王になっても力が弱ければ、悪魔たちに舐められることもあるが──
シトリー様は違う。
七十二体いる邪神様直下の悪魔たち。
その中でも、序列十二位という上位の彼女が、魔王になったのだ。
その力は俺を凌駕した。
だからシトリー様と、敬称を付けて呼ぶ。
とはいえ、もし俺が魔王に選ばれれば、それこそ最強の魔王となるはずだ。
俺はいつか、魔王になれる日のことを楽しみにしていた。
そんなある日、人間界に出かけたシトリー様が帰ってこないと、彼女の配下の下位悪魔が俺の所に相談しに来た。
次代の魔王が行方不明だという事案は本来、すぐさま邪神様に報告すべきことだ。
しかし邪神様は現在、とある理由からしばしの眠りについていらっしゃる。
だからシトリー様の使い魔は、俺のもとにやってきたのだ。
すぐさま俺も配下を人間界に派遣して、シトリー様の捜索をさせた。
そしてシトリー様が、グレンデールという人族の国にいた形跡があったと報告を受けたが、それ以上の進展はなかった。
シトリー様の魔力の残渣が、それ以上の強大な魔力に上書きされて追跡ができないのだという。
バカな……。
序列十二位の悪魔が、魔王になったのだぞ?
そんな存在の痕跡を隠すほどの魔力の持ち主が、人間界にいるはずがない。
可能性があるとすれば異世界から来た勇者くらいのものだが、まだシトリー様は魔王として君臨していない。
だから勇者が、この世界に来ているはずがないのだ。
捜索が遅々として進まないことに苛立った俺は、自ら人間界に顕現しシトリー様を探しに来たのだ。
実に数千年ぶりの顕現だった。
配下の報告で、シトリー様の魔力の残渣を最も強く感じたという土地で──
俺はスライムに
……ん?
意味がわからんか?
そのままの意味だ。
俺は、下等なスライムに、収納されたんだ。
『吸収』ではない。
『収納』だ。
なぜか知らんが、それはわかる。
ははは。
自分で言っていても、意味がわからん。
…………。
なぜだ?
なぜ最強の悪魔である俺が、スライムなんぞに収納されねばならんのだ!?
この、クソスライムがぁぁぁぁあ!
……叫んだところでどうにもならん。
コイツの内部では、音もでない。
魔力の放出すらままならない。
コイツの体内では俺がどんな攻撃をしても、その全てがどこかに吸収されてしまうのだ。
さらに──
ま、
下位の悪魔であれば一瞬で蒸発させうる威力の火属性魔法が、どこからともなく俺に向かって飛んできた。
俺はそれをギリギリで躱す。
コイツに収納されて半日たったぐらいからだろうか? 突如俺に向かって、とんでもない威力の魔法が次々と放たれ始めたのだ。
魔法だけじゃない。
触れたら俺の皮膚すら斬り裂く斬撃だったり、俺の骨をも砕く威力の打撃が飛んでくる。
最初にガードしようとして斬撃や打撃を受けてしまったから、俺はその威力を知っていた。
飛ぶ斬撃や打撃は、転移勇者クラスのヤツじゃないと滅多に使い手がいない技だ。
しかもその威力が、ガチでヤバい。
それらが、雨あられのように俺に降り注ぐ。
こんな……こんな下等な魔物に収納されたまま、死んでなるものか!
俺は、最強の悪魔──バエルだ!!
俺は必死になって、飛んでくる魔法や打撃、斬撃を避け続けた。
──***──
スライムに収納されて、二日ほど経っただろうか。
俺はまだ、生きていた。
でも……限界だった。
そんな時──
突然、俺はスライムから吐き出された。
で、出られた!!
「ふ、ふざけるな……このバエルを、下等なスライムごときが──」
即座に俺を収納していたスライムを消滅させてやろうとしたのだが──
「みんな、まずいぞ! スライムは悪魔に変化したみたいだ」
……えっ。
そこにスライムはいなかった。
代わりにいたのは、バケモノたち。
最強の悪魔である俺が、そいつらをバケモノとしか表現できないレベルのバケモノだった。
色竜が三体。
九尾狐が二体。
精霊王が三体。
魔力の質と姿形で判断できるだけでも、ヤバいヤツらがそれだけいた。それらの身体を補助魔法らしきものが覆っている。
ただでさえ悪魔と戦える力を持った種族たちが、さらに強化されてそこにいたのだ。
あとは、アレだ。
勇者の血を引くハーフエルフ、ティナ=ハリベルがいた。魔王ベレトを倒した勇者の仲間だった女。
それから一番ヤバいのは、身の丈ほどの大剣を構えた黒髪青目の男だ。
そいつが纏う魔力はまさに、バケモノたちの主。
ここに集うバケモノたちを全て同時に相手取っても余裕で勝てそうな、バケモノの親玉。
ちなみに、バケモノたちの中にシトリー様がいた。その彼女も、俺に向かって殺気を放っている。
俺はシトリー様が、黒髪のバケモノの配下になったのだと理解した。
バケモノの親玉が、号令をかける。
「みんな! いくぞ!!」
俺がスライムから出る前から、既に攻撃の準備は終わってたみたいだ。
一切の反撃をする余裕もなく、次々と俺に攻撃が叩き込まれる。
竜のブレスが。
半人半竜の斬撃が。
白い鱗を纏った獣人の打撃が。
精霊王たちの魔法が。
九尾から放たれるビームが。
シトリー様の魔法が──
俺の体力を、ゴリゴリ削っていく。
そうか……スライムに収納されていた時に俺に放たれた攻撃は全て、コイツらのだったのか。
さらに俺の両手は、何度再生させてもティナと黒髪の男によって斬り刻まれる。
反撃なんて、できるはずがない。
そしてついに俺は、再生限界を迎えた。
もうどうすることもできず、俺はボロ布のように床に倒れていた。
そんな俺に、止めを刺そうとしたのだろう。
黒髪の男が巨大な光の柱を出現させた。
ここまでか……。
最後にどうしても言っておかねばならないことを、全力で叫ぼうと思う。
「俺は! スライムなどでは──」
「ホーリーランス!」
巨大な光の柱に押し潰される。
ちっ。最後まで言えんかった……。
意識が薄れていく。
これが、完全な消滅か。
邪神様、申し訳ありません。
俺は……ここまでのようです。
貴方の配下として、暴れ回った日々──
とても……たのし……った……
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