第246話 賢者の剣術
セイラにつれられて、エルミアが剣術の訓練をしている訓練所までやってきた。
中を覗いてみると──
「ほらほら、さっさと立て! このくらいでへばるんじゃない!!」
エルミアの周りの地面に、十数人の男子生徒たちが横たわっていた。
その全員が、ボロボロだった。
い、いったい、どんな訓練してるんだ!?
「まったく……全員でかかってきて、ひとりも私に攻撃を当てられないとは」
どうやらエルミアひとりに対して、生徒十数人が同時に仕掛けるという一対多の実戦形式でやってたみたいだ。
ちなみに、エルミアが持ってるのは木刀だけど、生徒たちは真剣を使っている。
それでいてエルミアに一切攻撃が届いておらず、木刀一本で生徒全員を打ちのめしているのだから、彼女の戦闘センスが低くないことがわかる。
さすがは三次職の聖騎士だ。
いや、生徒たちのレベルが低すぎる──って可能性もあるか。
入学試験をクリアしているのだがら、魔法に関する才能はそれなりにあるのだろう。
しかし、希望者のみがエルミアの剣術訓練に参加しているとはいえ、生まれながら剣の才能をもつ者がここにいる可能性は低い。
なにせここは、魔法学園なのだから。
「おっ! セイラ、来てくれたのか。それにハルトも」
エルミアが、訓練所の入り口付近で様子を見ていたおれとセイラに気がついた。
「エルミア、お疲れ様です」
「お疲れ様。エルミアも学園で働いてたんだな」
「えっ、そうだけど……言ってなかった?」
「うん。聞いてない」
「そ、そうか。それはすまない。一応、その、お、夫の許可は取るべきだったな……」
俺のことを夫と呼んだエルミアは、自分で言っておきながら顔を真っ赤にしていた。
彼女はまだ色々慣れてないみたいだな。
まぁ、それが初々しくて良いんだけど。
「毎日、俺の屋敷で家事をしているだけってのも暇だろうから、学園で働いてるのは全然いいよ。あと、ティナはエルミアが働いてること、知ってるんだよね?」
「あぁ、ティナ様には伝えてある。そもそも私が働けるように、彼女に推薦状を書いていただいたからな」
エルミアはティナやその他の家族のことは敬称をつけて呼ぶのに、俺だけ呼び捨てだった。
別にそれが悪いわけではない。
セイラ曰く、エルミアなりの照れ隠しらしい。それはそれで、なんだか可愛いなって思う。
「そう、それなら問題はないね」
ティナが全て把握しているのなら、大丈夫だろう。
あの有能すぎる俺の専属メイドに任せておけば、だいたいのことはなんとかなる。
「エ、エルミア教官……そのひとたちは?」
ひとりの男子生徒が、剣を支えにしながら立ち上がった。
「お、やっと起きたか。紹介しよう。彼が、いつも私が言っている、魔法を一切使用しないでレベル160の私に勝つ、正真正銘のバケモノだ」
「──なっ!? か、彼がですが? そのローブ、まだ二年生ですよね?」
その生徒が、驚愕の表情で俺を見てきた。
いや、どんな紹介の仕方だよ!
てか、いつも俺のことをバケモノって説明してるの!?
「あっ、そうだ! もしここにいる全員でハルトと戦って、誰かがハルトに一撃入れられたら、お前たちが言っていた食事の件、受けてやろう」
「「「ほ、ほんとですか!?」」」
倒れていた生徒たちが全員、顔をあげた。
「……エルミア、食事って、なんのこと?」
「コイツらからしつこく、食事に誘われていてな。訓練で一撃でも私に当てられたら、付き合ってやってもいいって言ってたんだ。ただ、今日まで達成者はひとりもいないけどな」
そりゃ、レベル160の聖騎士が相手なら仕方ないだろ。
「彼に攻撃を当てればいいんですね?」
「うぉぉぉぉ! やるぞ!!」
「エルミア教官に真剣を当てるのは嫌だけど……お、男なら──」
「ひひひ、殺ってやる。殺ってやるぞ! エルミア教官とのデートのために!!」
なんか、生徒たちは全員やる気だった。
いや、俺を殺る気だった。
俺はやるって、言ってないのに……。
まぁ、俺の妻であるエルミアが他の男とデートするのも嫌だし、エルミアが彼らに付きまとわれるのも可哀想だから、ここはひとつ、俺が相手してやろう。
「ハルト様、本当に彼らの相手をするおつもりですか?」
「うん。ちょうどここの生徒の実力も知りたいって思ってたし」
この学園で、他クラスの生徒と剣を交えたことはない。だから、これは貴重な機会になると考えていた。
「セイラ、彼らに回復魔法をお願い」
「えっ……よ、よろしいのですか?」
「うん。彼らの全力を、体感したいから」
エルミアにやられて満身創痍で、気力だけで立ち上がった生徒に勝っても仕方ない。
「わかりました。では──」
救護所の時と同じように、セイラのディバインブレスが訓練所内で発動された。
「お、おぉ、これは!」
「すごい……体力が、全回復してる」
「これならいける、いけるぞ!」
「そこのおねーさん、ありがとうございます!!」
みんなの士気が、より一層高まった。
「セイラ、生徒たちの回復をありがとう。それじゃ、ルールを説明する。まず私の訓練に参加してるお前たちは、身体強化魔法なら自由に使っていい。それ以外の攻撃魔法は禁止とする。そんでハルトは、身体強化魔法も禁止な」
普通は有り得ないルールだけど、どのみち俺には身体強化魔法は意味が無い。
「わかった。それでいいよ」
だから俺はそのルールを了承し、エルミアから木刀を受け取った。
俺の得物はコイツだ。
エルミアの生徒たちもルールに問題はないようで、自身や仲間に身体強化魔法をかけはじめた。
その後、全部で十七人の男子生徒が、武器を構えて俺の周りを囲んだ。
用意ができたみたいだな。
俺も大丈夫なので、エルミアに知らせる。
「それでは、始め!」
「くらえ!」
エルミアの合図と同時に、俺の右斜め前にいた男子生徒が、声を上げながら斬りかかってきた。
でも、これは囮だ。
俺の耳は、左後方から向かってくる刃の音を捉えていた。
「よっ」
少し屈んで、俺の後ろに迫っていた生徒の攻撃を避ける。
「なっ!? ──ぐふっ」
攻撃を回避された生徒が驚いて動きを止めていたので、その鳩尾に蹴りを入れる。
はい、まずはひとり。
他人に対して遠慮なく真剣を振りぬけるあたりが、エルミアの訓練の成果なのだろう。
一切の遠慮がない。
それに、なかなか上手く連携がとれている。
圧倒的なステータス差があるエルミアと訓練していたから、こうなったのかな?
そんなことを考えながら、最初に斬りかかってきた生徒の腕と足首に木刀を叩き込む。
飛びかかってきた彼の勢いを利用しているので、レベル1のステータスの俺でも十分な威力を出せる。
この場に
ボギッと鈍い音が響いた。
行動不能に陥った生徒が、その場に沈み込む。
はい、ふたりめ。
残り、十五人。
守護の勇者だった時の記憶とともに、戦闘経験や技術も俺に還ってきている。
万を超える魔物と戦い続けた経験が、俺に
守護の勇者だった時に相手していたのは、数百の魔物の群れだ。そんな大量の魔物と、戦い続けなければならない。自分の力だけで戦うのでは、絶対にスタミナが持たないんだ。
だから俺は、魔物が俺に攻撃してくる力を利用して、魔物を屠る技術を身につけた。
攻撃を受け流して、別の敵にあててしまう。
あるいはわざと攻撃を受け、その攻撃の威力をそのまま自分の剣に乗せて敵を倒す。
そうすることで、自分の力をほとんど使わず敵を倒せるようになった。
この、力を『流す』技術がひとつめ。
ふたつめの技術は、『見切り』だ。
重心、筋肉や眼球の動きなどから敵の次の動きを予測する。
見切りができるようになったから、敵の攻撃を流すことができるようになったとも言える。
敵の攻撃が強ければ強いほど、俺の攻撃も強くなる。
しかも相手が無意識に庇う弱点を見切って、そこに敵の攻撃の威力を乗せて攻撃しているのだから、だいたいの敵は一撃で倒せる。
多種多様な魔物を屠ってきたのだ。
俺の周りを囲む生徒はみな、人族だった。人族は身体の作りがほぼ全ての個体で同じで、もちろん急所の位置も変わらない。
魔物みたいに、同種でも個体によって弱点が違うとか、そんな面倒なことはないんだ。
そんな
「どうした? エルミアとデートがしたいんだろ? かかってこいよ」
攻撃してきてくれた方が助かる。
相手の力を使えるのだから。
俺は度々挑発を繰り返しながら、残りの生徒たちを順調に倒していった。
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