第245話 元聖騎士のお仕事

 

 一時間くらい、セイラの膝の上で寝てしまった。


「ごめん。気持ちよくて、寝すぎた」


「ふふ、わたしは平気ですよ。ハルト様の寝顔を独り占めできて、幸せでしたから」


 ずっと見られてたのか。

 それは、少し恥ずかしい。


 ……まぁ、セイラが嬉しそうだから、良しとしよう。


「ハルト様、ちなみにエルミアも、この学園で働いているのですけど」


「えっ、そうなの?」


「はい。その様子ですと、やはりご存知なかったのですね」


「……うん」


 エルミアも働いてるんだ。

 なにをしてるんだろう?


「エルミアは、教師って柄じゃないよね?」


 壇上で教鞭をとるエルミアは、なんか想像できない。


「違いますね。どちらかというと、教官です」


「あぁ、そんな感じだね」


 エルミアは、学生に剣術とかを教える教官が似合いそうだ。鬼教官って呼ばれそうだな。



 ここは魔法学園だが、剣術や棒術も教えられる。魔物に接近されても、最低限は戦えるようにするためだ。


 なので剣術の授業もあるのだが、全ての教師がティナのように魔法と剣術どちらも教えられるというわけではない。


 まぁ魔法学園なのだから、剣術も使えるティナのような教師が珍しいのも仕方ないよな。


 そんなわけで、剣術などの授業は外部から騎士を招いて、彼らに教官になってもらうらしい。


 うちのクラスには魔法剣士のティナがいるので当然、授業は彼女が行なっている。だから俺たちは、外部から来た騎士さんには会ったことがない。


「それで、エルミアはなんの仕事をしてるの?」


「ですから、教官ですよ」


「えっ?」


「エルミアは、剣術の授業を担当する教官になったんです」


「……マジで?」


 えっと……ここ、世界有数の魔法学園だよな?


 そんな場所の教師に、この短期間でなれちゃうもんなのかな?


 セイラは救護職員になっていたわけだけど、それと学園の教員になるのは、難易度が全然違う。


 身元の調査とかもあるだろうし、なによりこの学園の教師や研究員になりたいと言う者は、世界中に数え切れないほどいるんだ。


 それは、剣術担当の教官も同じこと。


「ハルト様は、エルミアの戦闘職をご存知ないのですよね?」


「戦闘職?」


 エルミアの実力なら、騎士くらいかな?


 彼女は、セイラの護衛である聖騎士団を率いていたが、その聖騎士とは聖女を守る者に与えられる称号だ。


 普段、俺はエルミアと戦闘訓練をしているが、魔衣なしでも勝てるくらいだから、戦闘職としては二次職である騎士くらいかなって思っていた。



「彼女は、戦闘職でも聖騎士です」


「えっ? アレで──」


 アレで三次職なの!?


 ──そう言おうとしたが、セイラの表情が急速に曇っていくのを見て、言葉を止めた。


「ハルト様が言いたいことはわかります。エルミアはいつも、賢者であるハルト様が魔力を全く纏っていないにもかかわらず、手も足も出ないと嘆いていますから」


「あっ、いや、それは──」


 決して手を抜いているわけではない。


 賢者である俺が、もし魔力を使えない状況に追い込まれたら、途端にピンチになってしまう。


 だから俺は、魔法が使えない状況でも戦える術を身につけようとしていた。


 しかしティナでは強すぎて、魔衣がなければ手加減してもらっても訓練にならない。


 魔衣なしで戦闘訓練をするのには、エルミアくらいの強さがちょうど良かったんだ。



「エルミアはレベル160、ティナ様と比較するとまだまだですが、紛れもなく三次職の聖騎士なのです」


「そ、そうなんだ」


 エルミア、レベル160なんだ……。


 どうりで剣の振りとか、すごく速いわけだ。

 確かに、割と強いほうかなーとは思っていた。


 ずっとティナと訓練してきたから、俺の基準は全て彼女だった。


 ティナやエルミア以外に俺が剣を交えたことがあるのって、海神くらいかな? 


 海神が使ってたのは、三又の矛トライデントだったけど。


 それ以外は魔物や魔人、悪魔としか戦ったことがない。だから俺は、エルミアの強さがよくわかっていなかった。


「エルミアは、本物の聖騎士です。それに加えて、ティナ様からの推薦状もありましたので、彼女は無事にこの学園で剣術を教えられるようになりました」


 ということはティナも、エルミアが働いていることを知っていたんだ。


 なんだ、教えてくれればいいのに……。


「あの、ハルト様がお時間あれば、これからエルミアがやってる訓練を見に行きませんか?」


 のけ者にされてる感じがして少し落ち込んでいたら、セイラがそう言ってくれた。


「今日、訓練の日なんだ。俺が見に行って、邪魔じゃないかな?」


「大丈夫だと思いますよ。彼女のは公開訓練ですから」


 この魔法学園では、公開されている講義や訓練と、非公開のものがある。


 各クラスの担当教師が行なう授業は、基本的に非公開だ。


 クラス間で対戦して、切磋琢磨しながら成長していくことを学園の基本方針としているので、それぞれの教師がどのように生徒を伸ばそうとするかは教師の手腕に委ねられる。


 ただ、それだけでは教師の実力によってクラス間の格差が大きくなるため、一定の公開講義も設けられている。


 この公開講義や訓練は任意参加で、やる気のある生徒は自クラスの講義の合間に公開講義にも参加し、実力を伸ばしていく。


 俺も、調薬学や解呪学などの公開講義によく参加している。


「公開訓練なら、見学くらいはさせてもらえるか……よし、行ってみるよ!」


「はい。では、わたしがご案内しますね」


「セイラ、本当に救護所を閉めちゃっていいの? 場所だけ教えてくれれば、俺ひとりで見学に行くけど」


「この第五救護所って最近できたばかりで、職員はわたしだけなんですよね。なので休憩時間とかお休みにする日とか、自由に決められるんです」


 第五救護所は比較的小さな建物とはいえ、職員がひとりしかいないとは思わなかった。


 ただ少し考えたら、それも納得できた。


 彼女の救護所には、ベッドがひとつしかなかった。そのベッドも、救護所の体裁を保つために用意されたものだろう。


 セイラは、世界最高峰の回復魔法の使い手。


 どんな重傷者だろうと、その場で全回復させることができてしまう。


 だから完全に回復させられなかった患者を、寝させておくベッドなんて必要ない。


 彼女ひとりでディバインブレス範囲型究極回復魔法を容易く発動させられるのだから、補助の白魔法使いも不要。


 セイラだけが、ここにいればいいんだ。



「それにほら、本当に重傷者が出たら、わたしに連絡が来るようになってます」


 そう言ってセイラが、魔法陣の描かれたベルを見せてくれた。


「これが鳴ったら、第一救護所に行けばいいんです」


 重傷者が出たときは、第一救護所に集められるようになっているらしい。


 ちなみに、俺が家族みんなに渡しているブレスレットなら通話もできるが、そのような魔具はまだ普及していない。


 緊急事態があったことを知らせる魔具があるだけでも、この世界では凄い方なんだとか。


「そっか、それなら大丈夫そうだね。それじゃセイラ、案内よろしくね」


「はい、お任せください!」


 セイラに手を引かれ歩いていく。



 歩きながら、セイラが持っていたベルのことを考えていた。


 この世界は、遠方との通信手段がなさすぎる。


 今はエルノール家や関係者にしか渡してない通信の魔石を、俺が関わった国に普及させてはどうだろうか?


 エルフ王やレオ獣人王には、緊急連絡用として通信の魔石を渡してある。


 しかし、魔人や悪魔の急襲に備えるために、兵士長クラスは通信の魔石を持っていた方が良いのかもしれない。


 国防だけじゃない。


 遠くと通話できるって、様々なメリットがある。


 これは……大きなビジネスになる気がする。



 俺は通信の魔石を量産して、H&T商会を通して流通させることの検討を始めた。

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