第220話 H&T商会
「えっ」
ティナの言っていることの意味が分からなかった。
「この五千億スピナは、ハルト様のために貯めたお金です」
俺が思考停止して固まっていたら、ティナが丁寧に繰り返し説明してくれた。
どうやら聞き間違いではないようだ。
ティナは俺のために、五千億もの大金を稼いでくれていたのだという。
「もしハルト様が必要だと言われるのでしたら、全額お渡ししますよ」
「い、いや。いい、要らない! そ、そんな大金」
今は貴族の家系に入っているとはいえ、俺は元の世界で十七年間も一般的な家庭で生きてきた。
金銭感覚は庶民なのだ。
いきなり五千億という大金を渡されたら、色々と狂ってしまう気がする。
だから断ったのだが──
「そう、ですか……」
ティナがしょぼんとしてしまった。
「あっ、ご、ごめん、ティナ。俺のためにこんなに稼いでくれたのはすごく嬉しいよ。本当に、ありがとうな」
慌ててティナに謝り、彼女の頭を優しく撫でながらお礼を言う。
やりすぎとはいえ、俺のことを思っての行為だったのだろう。
それを無下にしてしまうのはダメだ。
できる限りその努力を労ってあげるのが正解だと思った。
「は、はい! ハルト様のために私、頑張りました」
ティナが笑顔になってくれた。
よかった。対応は間違っていなかったようだ。
「では、お金はこのまま私が所持しておきますので、ハルト様が必要な時にお申し付けください。先ほどご覧になった金額以下でしたら、すぐにでも準備可能ですので」
「あ、あぁ、わかった。ありがと」
もし俺がティナに預金を全額引き出させたら、この世界の経済に何か影響を与えてしまわないだろうか?
この世界の物価はおよそ元の世界と同じだが、人口は元の世界の百分の一くらいしかいないらしい。
そのため出回っている通貨の量が少ない。
ティナが所有する五千億スピナというのは、価値の上では元の世界の五千億と同じくらいだが、世界の経済規模でみるとそれが占める割合が多くなるので、安易に彼女の預金を全額動かしたりするのはなんとなくまずい気がする。
経済のことなど、ほとんど勉強していないので、どうダメなのかはうまく説明できない。
しかし、俺の直感が『なんかヤバい』と言っていた。
「ところで、ティナはどうやってこの大金を稼いだの?」
「どうやって稼いだと思いますか?」
いたずらっぽくティナが笑う。
たぶん、俺に何か自慢したいことがあるのだろう。
ティナは俺に内緒で何かを成し遂げた時、『どうやったのか』という俺の質問に対して質問を返してくる。
そして少しずつヒントを出しながら、俺に答えを出させるのだ。
彼女はいつも、俺が答えにたどり着くまでの過程を楽しんでいた。
「……高ランクの魔物を狩って、その素材を売ったりとか」
「それもやりました。しかし、この世界最高ランクの魔物である竜を狩ったところで、五千万スピナ程度にしかなりません。魔物を狩ってお金を稼ぐのは非効率なんです」
いや、竜一匹で五千万って、十分効率的だと思うのだけど……。
「あ、前提としてS級のギルドカードは、それ以下のクラスのギルドカードと少し、機能が異なるということをご説明しておきましょう」
「何か違いがあるの?」
「はい。S級のギルドカードだけは、どの系統のギルドからもスピナの入出金が可能なのです」
ん?
ますますわからない。
ティナが言うことの意味としては、彼女の持つギルドカードは冒険者ギルドでも商人ギルドでも、職人ギルドでも入出金が可能ということだろう。
しかし、それとティナが大金を稼げたことの繋がりが見えない。
「では、ヒントです。この世界で一番お金を持っているのは、どんなヒトだと思いますか?」
「お金を持ってる……王様や貴族、かな」
「確かに。個人で大金を持っているのは各国の王族や貴族でしょう。しかし世界全体で見ると、通貨の大半を所持しているのは商人たちです。王様や貴族ですら、商人から商品を購入するのですから」
へぇ、そうなんだ。
……で?
「それが、何か関係するの?」
「はい。もうひとつヒントを出しましょう。守護の勇者であった遥人様と、同時期にこちらに来られた賢者のカナ様は、遥人様がいらした世界の品物をこちらの世界に召喚できるチートスキルをお持ちでした」
あぁ、そのスキルには俺も何回かお世話になったから知っている。
カナは『アマゾニスト』というチートスキルで、元の世界の食べ物や武器などを自由に召喚できたのだ。ちなみに、召喚にはスピナが必要となる。
何か月も異世界で生活していると、たまに元の世界の食べ物が恋しくなる。
そんな時、カナにスピナを渡してカップラーメンなどを召喚してもらった。
元の世界の武器を召喚したところで魔物相手にはあまり役に立たず、かつコスパが悪いので、カナのこのスキルはほとんど食べ物を召喚するためだけに使用されていた。
「現在こちらの世界では、百年前にカナ様が召喚された食べ物を模倣したものが多く流通しております」
「あ、それで百年前より、こっちの料理が全体的においしくなってるのか」
俺は守護の勇者としての記憶を取り戻しているので、百年前のこの世界の有り様も覚えていた。
百年前は、美味しいと大声で宣言できるほどの食べ物になかなか出会えなかったのだ。
しかし現在、こちらの世界にも美味しいものが溢れていた。
「その通りです。中でも一番売れているもの、それがマヨネーズです」
今、この世界のヒトにとってマヨネーズは、胡椒に次ぐ人気調味料となっている。
その売上もかなりのものだそうだ。
「そうなんだ……」
あっ!
も、もしかして──
「この世界にマヨネーズを広めたのって、ティナなの?」
「ふふ、正解です。ハルト様」
ティナに頭を撫でられた。
最近は俺が撫でることが多くなってたけど、昔はよくこうやってティナに撫でてもらっていた。
久しぶりだけど、やっぱり嬉しい。
話は戻るけど、マヨネーズを広めたの、ティナだったのか。
──ってことは、俺が転生した当初計画していたマヨネーズで財を築くってのは、既にティナがやってたわけか。
ちょっと悔しいけど、ティナならいっか。
「そのマヨネーズの売り上げで、さっき見せてくれたお金を手に入れたってことだね」
「そうです──が、それだけではないのです」
「どーゆーこと?」
「H&T商会をご存知ですか?」
「もちろん」
当然知っている。
この世界最大の商社なのだから。
この世界に流通する商品のおよそ四割は、H&T商会が流しているものだと言われている。
「それが、なに? そこの商会を通してマヨネーズを売ったりしてるってこと?」
「……ハルト&ティナ商会です」
「ん?」
「ですから、H&Tはハルト&ティナの頭文字です」
「──は?」
「あれ、私が作ったんです」
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