第211話 魔王シトリー

 

 私はシトリー。


 邪神様直轄の悪魔です。

 序列は第十二位。


 聖都サンクタムに潜入していた序列十一位のグシオンと、ほぼ同等の力がありました。


 序列は十二位なのですが、現存する悪魔の中では私が最強です。


 だって私は、だったのですから。


 次代の魔王となるべく私は邪神様から強力な加護を頂いたため、今ではグシオンより格段に強くなっていました。もちろん、彼以外の悪魔たちよりも。



 私は既に、歴代の魔王と同等の力がありましたが、まだ魔王としてヒトの世界に君臨することはありませんでした。


 その理由は、邪神様に止められていたからです。


 邪神様の下には、負のエネルギーのストックがまだ多くあったようで、私を急いで魔王にする必要がないとのことでした。


 ですから、私は待ちました。



 魔王ベレトが勇者に倒され、およそ百年。


 ついに出番がきたそうです。

 いよいよ、私の魔王デビューです!


 ──と、思っていたのですが、またストップをかけられました。


 どうやら、邪神様は勇者の存在を気になさっているご様子。


 魔王ベレトは、元は序列十三位の悪魔でした。私よりひとつ下の序列とはいえ、私とそこまで力の差はありませんでした。


 そんなベレトが私と同じように邪神様から加護を頂いたにもかかわらず、創造神がこの世界に転移させた勇者によって瞬殺されたのです。



 勇者ってやつは、存在自体がチートです。


 奴らはこの世界にやってきた時から、高位の魔物を易々と倒す力を持ち、さらにレベルが上がる速度がとても早いのです。


 あっという間に、我ら悪魔を屠る力を身につけてしまいます。


 これまで、この世界に魔王が君臨したら数年、長くとも十年以内には必ず、勇者がやってきました。


 勇者がこの世界にやってきた瞬間、魔王の敗北は決定します。


 では、どうするか?


 勇者に倒されるまでの数年の間に、魔王は必死になって世界を恐怖に陥れ、負のエネルギーを掻き集めるのです。


 全ては、邪神様のため。


 魔王となった悪魔は勇者に倒されますが、その倒されるまでに集めた負のエネルギーは、邪神様の存在を維持するための糧となり、さらに次の魔王を用意するための源となります。


 邪神様は、我ら悪魔が倒されることを前提としているわけではありません。


 毎回、工夫を凝らし、対勇者のための戦略を我ら魔王に授けてくださいます。


 しかし、勇者はチートです。


 こちらがどんな手を使おうが、その全てを圧倒的なステータスや、意味のわからないスキルで吹き飛ばしてしまうのです。


 魔王となる可能性のある悪魔たちはみな、それを理解していました。諦めていました。


 勇者には、勝てない──と。


 それでも魔王は、我らを想って苦心してくださる邪神様のために精一杯、力の限り、知略の限りを尽くしてヒトの世に恐怖と絶望を蔓延させるのです。



 魔王ベレトは、で勝負しました。


 数多あまたの魔物を生み出し、それを世界中に拡散させたのです。一体一体は弱いものの、その数は圧巻でした。


 なかなか良い考えだったと思います。


 いくら勇者が強いとはいえ、ひとりでは世界各地で起きるスタンピードを、同時に止められませんから。


 ベレトは勇者に倒されました。


 世界中に魔物を送り込むため、彼の周りにはあまり強い配下を置いておくことができなかったというのも大きいでしょう。


 彼も覚悟をしていました。


 それより問題だったのは、世界中に送り込んだ魔物たちのほとんどがに倒されてしまったことです。


 ベレトの時には、勇者がふたりもやってきたのです。


 これまで、この世界にやってくる勇者は常にひとりでした。


 勇者に付随してやってくる聖騎士や聖女もかなり目障りな存在なのですが、勇者がふたりも来たというのは、少なくとも私が知る限り初めてのことです。


 本来の勇者の力は、圧倒的でした。

 レベルが上がる速度が早かったことから、そちらが正規の勇者で間違いないでしょう。


 ベレトの計画をことごとく潰したのは、守護の勇者と呼ばれていた男です。


 こちらは強くなる速度が通常の勇者より遅かったことから、サブの勇者なのではないかと私は考えていました。


 その守護の勇者は世界を高速で飛び回り、スタンピードを止め続けました。


 守護の勇者と一緒にいたハーフエルフの女、ティナ=ハリベルも厄介でした。


 勇者の血を引くティナも、普通ではありえないほどの力を有していましたから。


 結果、なんとか次代の魔王──つまり私を、魔王にするためのエネルギーは溜まったものの、邪神様に余裕はなさそうでした。



 そんな邪神様が、新たに考案されたのが勇者を邪神様が転生させてしまうというものでした。


 最初は意味が分からなかった私も、邪神様に説明を受け、納得しました。


 私が魔王として君臨するより先に、異世界人を勇者として転生させ、その魂に呪いをかけてしまうといいます。


 素晴らしいアイデアだと思いました。


 魂に呪いがかけられていれば、それがどんな呪いであれ、真っ当に強くなれるはずがないですから。


 しかもこの世界最強の悪意の化身である、邪神様の呪いなのです。


 きっと、とてつもない呪いだったのでしょう。



 恐らく、その勇者として転生させられた者はもう死んでいます。


 邪神様の呪いを受けているのですから。



 邪神様は勇者の転生にお力をかなり消費されたようで、今はお休みになられています。


 邪神様が目覚められたら、私は魔王としてこの世界に君臨し、恐怖と絶望を広めてやるつもりでした。


  勇者はしばらく来ないでしょう。


 邪神様が『神界のエネルギーをかなり消費してやった』と仰っていましたから。


 少なくとも百年は、私の天下です!

 ワクワクしました。


 勇者を転移させられず、愛すべきこの世界を私に蹂躙され、悔しがる創造神の顔が脳裏に浮かびます。


 ようやく、邪神様のお力になれる。



 ──そう思っていました。


 あのバケモノが、私の前に現れるまでは。

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