第208話 フロアクリアのご褒美と十六層目
メルディは、五体の騎士を倒しきった。
彼女もだいぶダメージを負ったが、受けた傷はセイラが瞬時に回復させたから、メルディは騎士たちの攻撃に臆せず、一体ずつ倒しきることができた。
サリーとリリアは直接騎士たちに攻撃することはなかったが、メルディの死角をカバーして騎士の攻撃を逸らすなど、メルディのサポートに徹した。
三人の支援を受け、メルディは火、水、風、土、雷という五属性の騎士たちを、ほとんどひとりで倒したのだ。
メルディは床に倒れ込み、天井を眺めていた。
体力はセイラによって回復されているが、限界まで集中力を高めてハルトの騎士たちと戦い続けたので、その精神的疲労で立ち上がれなかった。
それでも──
「やったにゃ……ウチ、五属性のバケモノを、倒したにゃ」
メルディが右手を上に掲げて、その手を握りしめる。その顔には喜色が溢れていた。
自分が成長していることを感じていたのだ。
『メルディ、お疲れ様。よく頑張ったね』
「ハルト。ウチ、疲れたにゃ」
メルディが右手につけたブレスレットから、ハルトの声が聞こえた。
ハルトは仲間に厳しい訓練を課すが、なにかを成し遂げた時には相応のご褒美をくれる。
メルディはそれを期待していた。
そしてハルトは、彼女の期待に応えてくれた。
『ご褒美、なにがいい? また、マッサージしてあげようか?』
「にゃ!?」
ハルトの言うマッサージとは、手のひらのマッサージのことだろう。
初めてやった時は、ハルトがメルディの肉球を触りたくてやっただけだったのだが、手のひらが敏感なメルディは、それで気持ちよくなってしまった。
そのハルトにしてもらった手のひらマッサージが忘れられなくて、自分でやってみたが、たいして気持ちよくなかった。
ルナにお願いしてマッサージをやってもらったこともある。自分でやるより格段に気持ちよかった。
それでも、ハルトにしてもらったのと比べると、なにかが足りなかった。
ハルトにまたマッサージしてほしい。
メルディはずっと、そう思っていた。
しかし獣人族の女が、異性に対して手のひらを差し出すというのは、服従の
たとえ夫婦の間柄であっても、滅多にすることのない行為なのだ。
メルディはハルトを強者として認めているので、手を差し出せと言われれば、それを拒むことはない。
でも、自分から手を差し出すのは種族の本能が拒絶してしまい、どうしてもできなかった。
『マッサージ以外でもいいよ』
「手のひらマッサージ、お願いするにゃ!」
獣人族の本能を、気持ちよくなりたいという彼女の気持ちが凌駕した。
『おっけー! じゃあ、ご褒美は屋敷に戻ってからね。ちなみに十二層目、チャレンジする?』
「い、いや。今日はやめとくにゃ」
「えぇ、この先に進むのは、ちょっと怖いです」
「私もギブアップですにゃ」
「同じくです」
セイラ、サリー、リリアも、先に進む気はないようだ。
『わかった。みんなお疲れ様。今、こっちに転移させるね』
ハルトがそう言うと、四人はダンジョンのマスタールームへと転移させられた。
──***──
「さて、あと二組くらいダンジョンにチャレンジしてほしいんだけど……誰か行きたい人いない?」
メルディたちを一通り労ったあと、ハルトが次なる挑戦者を募集した。
しかし、誰も手をあげようとはしない。
当然だ。
メルディが魔物に囲まれ、追い込まれる姿を、全員がモニターを通して見ていたのだから。
こうなることを、ハルトは予想していた。
「挑戦者いない? ひとフロアクリアできたら、俺がなにかご褒美あげるよ?」
ハルトが妻を、飴で釣ろうとする。
それは彼の妻たちにとって、とても魅力的な提案だった。
もしメルディが苦戦する姿を見ていなければ、瞬時に手をあげる者がいたはずだ。
しかし、デメリットが大きすぎた。
誰も手をあげようとは──
「あ、あの……私、やりたいです」
「えっ!?」
なんと、ルナが手をあげたのだ。
これには言い出したハルトも驚いた。
「フロアをクリアしたら、ご褒美をいただけるのですよね?」
「う、うん。そうだけど……ルナ、本気?」
「はい。ちょっと秘策がありまして」
そう言ってルナがハルトを手招きし、近寄ってきた彼になにかを耳打ちした。
「おぉ、なるほど! 確かにその戦い方はルナっぽいね。いけそうじゃん。やってみていいよ」
「ありがとうございます。あの、もし危なくなったら──」
「うん。絶対に俺が助けるから安心して」
「ルナ、このダンジョン、マジでやばいにゃ。考え直した方がいいにゃ」
椅子でぐったりしているメルディが、ルナに忠告してくれた。
それでも、ルナの決意は揺るがなかった。
「ル、ルナ、本気かの? もし本当に挑戦するなら、我が手伝うのじゃ」
ヨウコがルナと一緒にダンジョンに入ると言ってくれたが、ハルトがそれを拒む。
「ルナにはひとりで十六層目に挑戦してもらう」
「ハルト様、それは危険過ぎます!」
「そ、そうじゃ! 十一層目でメルディが苦戦するのじゃ。悪いがルナでは無理じゃ」
「ティナ先生、ヨウコさん、私は大丈夫です」
ルナの顔は自信で満ち溢れていた。
「ルナの作戦を聞いたけど、それならいけるって俺が判断したんだ。とりあえず、やってもらおう。ルナ、頑張ってね」
「はい。頑張ります!」
ルナの言葉を聞いたハルトが、ルナを転移させてしまった。
「ほ、本当にひとりで……」
モニターに映し出されたルナを見ながら、ティナが不安そうな表情をしている。
ルナが送られたのは、十六層目。
そこにいる魔物は──
「お、おい! アレって、インフェルノウルフじゃないか!?」
エルミアが、たったひとりでフロアに立つルナの周りに集まってきた魔物の正体に気づいた。
「狼系最強のSランク魔物じゃないですか!」
「まずいのじゃ。ルナ、早くにげるのじゃ!」
「「ルナさん逃げて!!」」
みんなが、ルナの心配をしていた。
ブレスレットを通して、ルナの声がマスタールームに響く。
『ハルトさん、助けてください!』
ルナが、ハルトに助けを求めた。
「──えっ?」
「な、なんなの?」
自信満々で出ていったルナが、すぐさま助けを求めて来たので、リファや白亜が唖然としていた。
「や、やっぱり無理だったのじゃ! 主様、ルナを早く!!」
ヨウコがルナの救援をハルトに促すが──
ハルトは、動こうとはしなかった。
当然だ。
ルナが助けを求めたのは、ここにいるハルトではないと、知っていたのだから。
ルナが身につけたブレスレットから、なにかが飛び出した。
それは、ハルトだった。
五人のハルトが、ルナを守るようにその周りを囲って立つ。
そのハルトたちに対して、ルナが魔法を使った。
『
マ
五人のハルトに、様々な補助魔法が付与される。
ハルトは、邪神の呪いでステータスが固定されているため、補助魔法の効果を一切受けられない。
──本物のハルトであれば。
五人のハルトは、分身魔法だった。
無属性の騎士をハルトの姿形にした
そしてルナはレベルが上昇したことで、他人の魔法に対しても、補助効果を付与できるようになっていた。
ハルトの分身は、本体のように無限の魔力を持っているわけではないが、魔衣を纏っての戦闘もできるため、戦闘力でいえば本体にも劣らない。
そんな最強賢者の分身が、ルナによって攻撃力や防御力、攻撃速度を数倍に高められたのだ。
物理攻撃を主とする戦闘力でいえば、ハルトを上回る五人のバケモノが、ルナを守っていた。
『ひとりは私を守っていただけますか? 残りのハルトさんで、このフロアの魔物を殲滅してください』
『おっけー! 俺がルナを守るよ』
『わかった。俺は魔物を狩ろう』
『同じく』
『俺は左周りでいく』
『よし、それじゃ──』
『『『『殺りますか!』』』』
四人のバケモノが、遺跡のダンジョン十六層目に解き放たれた。
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