第206話 ダンジョンの十一層目のボス

 

 その後メルディたちは、絶え間なく突撃してくるマホノームとキレヌーを倒し続けた。


 メルディはすでにレベル100を超えており、Bランクの魔物程度、いくら群れようと敵ではなかった。


 普通のBランク魔物であれば──


 メルディがいう鬼畜野郎──ハルトは自分の仲間を鍛える時、一切手を抜かない。


 彼は鍛える対象者がギリギリ勝てるかどうかの敵を用意することで、急激な成長を促す。


 仲間が危なそうになれば、瞬時に自分が助けられるという自信の下、鬼畜と呼ばれる訓練を仲間たちに課すのだ。



 全ては『強い仲間』を育てるため。


 昔のハルトは、ティナと彼女が住むこの世界を護りたい──そう漠然と考えていた。


 しかし実際に『護れる力』を身に付けると、ひとりでは成し遂げられないことの多さに気がついた。


 今のハルトは、世界をひとりで守れるとは思っていなかった。


 それは守護の勇者として百年前に活動していた頃の記憶を取り戻していたというのも大きい。


 守護の勇者が助けられない命があった。

 守れなかった街があった。


 ひとりでは、世界を救うことなどできない。


 だから、彼はと考えた。


 Sランクの魔物を倒せる友を。


 魔人を屠る力をもった家族を。


 この世界におけるヒトの最大の敵──魔王とも戦える仲間たちを!



 賢者ルアーノが特別講義で、仲間の力を引き出してくれる。


 もちろんそれは為になるが、ハルトは少しそのやり方が生温いと感じていた。


 この世界ではハルトを除く全てのヒトが、レベルを上げることで強くなれる。


 だったらギリギリ勝てるかどうかの敵と戦い続けることで、レベルも戦闘能力も成長するはずだ──ハルトはそう考えていた。


 実際、その考えは間違っていない。


 確かに賢者ルアーノの講義で魔法の真髄を知れば、魔力を魔法に変換する効率が上がり、結果として魔法の威力は上がる。


 しかし、魔法を使ううえでより重要になるのがステータスだ。


 効率よく魔力を使える者より、圧倒的なステータスを持つ者の方が強い。


 ここは、そんな世界だ。


 では、圧倒的なステータスを持つ者が、魔力や肉体を効率よく使いこなす技術を身につけたら?


 強くなるに決まっている。



 そしてステータスを高めながら、技術を身につけるのに最も適した行為──それが、ギリギリ勝てるかどうかの敵と、ひたすら戦うことだった。


 この世界のヒトは肉体的、精神的に追い込まれた限界の中で最も魂が輝き、急激にその身と精神を成長させる。


 経験値の獲得率が高くなり、レベルが上がりやすくなるのだ。


 他人の魂の存在を感じられるまでに精神を成長させ、仲間の強化を意識し始めたハルトが、その仕組みに気がついた。



 そんな彼が用意したBランクの魔物が、ただの雑魚であるはずがなかった。


「あ゛あ゛あ゛!! うっざいにゃぁぁぁあ!」


 現在、ダンジョンに挑戦中のメンバーでは一番強いメルディに、大量のマホノームとキレヌーが群がっていた。


 その群がる魔物たちを倒しきれないメルディはイライラしていた。


 彼女が物理攻撃でマホノームを倒そうとするとキレヌーが盾となる。


 キレヌーに向かって魔法を使おうとすると、マホノームが突っ込んでくるのだ。


 そうなるよう、ハルトが指示を出していた。


 メルディのスピードをもってすれば、魔物の攻撃を受けることはない。


 しかし、マホノームやキレヌーを倒せるほどの攻撃を出すために、物理攻撃を繰り出すにしても、魔法で攻撃するにしても、彼女は少し溜めの時間が必要だった。


 だから、魔物を倒しきれずにいたのだ。


 ハルトがこのダンジョンにチャレンジするメンバーに彼女を入れたのは、を改善させるため。


 メルディがこのフロアの魔物を倒しきるには、溜めの時間を短くして魔物にガードさせないようにするか、もしくは──



 そしてメルディは、ハルトの期待に応えた。


「サリー、リリア! ウチの後ろに!!」


「は、はい!」

「わかりましたにゃ!」


 セイラを抱えて魔物の囲いの外に出たメルディが、サリーとリリアに指示を出す。


 ふたりは戦闘を止め、すぐさまメルディの後ろに移動した。


 魔物たちがそれを追って走ってくる。


「物理も魔法も防ぐなら──」


 メルディの身体から魔力が溢れ出した。


「ウチの、ありったけを喰らうにゃ!」


 全力で地面を殴りつけた。


「アーススピア!!」


 彼女が殴った場所を起点として、地面から無数の岩石の槍が生えていく。


 魔法としてのアーススピアと、メルディが吹き飛ばした岩石が、魔物たちに襲いかかる。


 岩石がマホノームを穿ち、アーススピアがキレヌーを貫いた。



「す、凄い……」


 セイラは目の前の光景に驚いた。


 魔物たちと戦いながら、ダンジョンの中を移動して開けた場所に出ていたのだが、その場の地面を全て抉り返すほどの魔法をメルディが発動させていたからだ。


 そのエリアにいた、全ての魔物が倒された。


「ど、どんなもんにゃ」


 さすがにメルディは疲弊していた。

 魔力と体力を使い果たし、肩で息をしている。


「メルディ様、大丈夫ですかにゃ!?」

「ま、魔力回復薬です! どうぞ!!」


 サリーから差し出された回復薬を、奪い取るような勢いで受け取ると、メルディは一気にそれを飲み干した。


「みなさんの体力を回復させますね」


 この世界最高クラスの回復魔法の使い手──聖女であるセイラが、三人の体力を回復させていく。


「ふぅ。セイラ、ありがとにゃ。リリアも」


「いえ、わたしは戦闘であまりお役に立てませんでしたから……」

「わ、私もです。まるで、メルディ様ばかりに魔物が引き寄せられているようでした」


「あー、たぶん、ハルトがそうなるように仕組んでるにゃ。こんなことならハルトの提案、乗らなきゃ良かったにゃ」


 メルディも、ハルトが魔物を操っていることに気づいていた。


 また、面白そうだといって、彼の誘いに容易に乗ってしまった自分を悔いていた。


「でも、せっかく来たから一層くらいはクリアしてやりたいにゃ」


「メルディさん、大丈夫なんですか?」


「体力も魔力も戻ったから、戦えるにゃ!」


「ですが、フロアにいる魔物がアレだったのです。もしかしたらボスも──」

「すっごい強いのがいるかもしれないですにゃ」


 リリアとサリーは撤退を考え始めていた。


 今の自分たちでは、この先に進むのはまだ実力不足であると痛感していたから。


「ボス部屋って、基本的にボスと取り巻きが数体いる程度にゃ。敵の数がいっぱいいないなら、ボスはウチがなんとかするにゃ」


 そう言ってメルディはボス部屋へと歩き出した。


 セイラたち三人も、それについていく。


「あ、あの……ハルトさんの魔法の、炎の騎士。アレがボスってことはないでしょうか?」


「セイラ、さすがにそれはないにゃ。あんな魔法が、一層目のボスになってたらさすがにひくにゃ。アレは最終層か、その手前くらいにいてもいいくらいの魔法にゃ」



 ──***──


 ボス部屋の前にたどり着いた。


「とりあえず十一層目、突破してやるにゃ!」


「はい! 回復はおまかせください」

「私も、頑張りますにゃ」

「最善を尽くします!」


 四人がボス部屋に入る。



 ボスは、いなかった。


「えっ……ボス、いないのかにゃ?」

「メ、メルディさん! アレを!!」


 セイラが指さす先の地面に、五つの魔法陣が描かれていた。


 突然、それらが輝き出す。



 五体の騎士が現れた。


「アレって──」


「ふ、ふざけんにゃぁぁぁぁぁあああ!!」

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