第205話 ダンジョンの十一層目

 

「それじゃ、いくにゃ!」


「はい!」

「よろしくお願いしますにゃ!」

「あ、足を引っ張らないように、頑張ります」


 犬獣人のリリアだけ、少し自信がなさそうだった。


 これからハルトが改造した遺跡のダンジョンにチャレンジするのだが、リリアと同行するのが武神武闘会で本戦まで勝ち上がった猫獣人のサリーや、武神武闘会で準決勝に進出したメルディ、そして元聖女のセイラだというから彼女が気後れするのも無理はない。


「リリア、そんなに心配しなくてもいいにゃ。ウチはこのダンジョンを一回クリアしてるけど、たいした魔物は出てこないから大丈夫にゃ」


 ハルトがダンジョンを改造したと言っていたが、彼がダンジョンの管理を創造神から任されてまだそんなに時間が経過していない。


 だから構造や出現する魔物をそこまで変えることなどできないとメルディは考えていた。


 彼女は忘れていた。


 このダンジョンを作り変えたのが、膨大な魔力で強引に大抵のことをやり遂げてしまう、あの賢者であったことを。


 そして、鬼畜な訓練を強いる男──ハルトであるということを。



 メルディたちがダンジョンに足を踏み入れる。


 その瞬間──


「──えっ!?」


 一瞬で目の前の景色が変わった。


 外界の光が射し込むダンジョン一層目に入ったはずだが、そこはすでに遺跡の深部だった。


 壁の模様や雰囲気などが、前回このダンジョンを攻略した際に見た最終層付近のものと似ている。


 メルディが後ろを振り返ると、自分たちが通ったばかりの入口が消えていた。


『そこは十一層目、十層までのダンジョンをクリアして、さらに強くなりたいと思った獣人を鍛えるためのおまけダンジョン。今メルディたちがいるのは、それの始まりの場所だよ』


 メルディが腕につけていたブレスレットから、ハルトの声が響く。


 彼女たちは、ダンジョンの入口から十層目までをすっ飛ばし、この十一層目まで転移させられたようだ。


 ある程度の実力がある獣人がこのダンジョンにチャレンジしようとした時、自動で十一層目に転移されるような魔法陣をハルトが仕込んでいた。


『みんなにはおまけダンジョンの方を、どこまで行けるか試してほしいんだ。危なくなったらすぐに助けるから。無理しないように頑張ってね』


 そう言ってハルトの通信が切れた。


「……この先は、メルディさんも未知のフロアってことですよね?」


「そう、なるにゃ。で、でも、ハルトがウチらに危ないことさせるわけないにゃ! きっと大丈夫──」


「あっ、あの、魔物が来ますにゃ!」


 セイラの質問にメルディが答えていたところ、サリーが魔物の接近を感じ取った。


「えっ、あ、アレって──」


 リリアが魔物の種類に気がつく。


 は、Bランクの魔物だった。


 魔法耐性が異常に高い牛のような魔物、マホノームが五体。


 斬撃や衝撃に高い耐性を持つ魔物、キレヌーが五体。


 合わせて十体の魔物が、メルディたち目掛けて突進してくる。


「ち、散るにゃ!」


 メルディの指示で、サリーとリリアはマホノームとキレヌーの突進ルートから即座に離脱した。


 身体能力がそこまで高いわけではないセイラを、メルディが抱えて跳んだ。


「えっ──きゃぁぁぁあ!?」


 突然のことに驚いて、セイラが悲鳴をあげる。


 メルディは高速で走ってくるマホノームたちに向かって跳んだのだ。


 彼女は何体かの魔物の背を蹴って、マホノームたちの突撃をやり過ごした。


 マホノームとキレヌーがそれぞれ一体ずつ分かれ、サリーとリリアに向かっていく。


「サリー、リリア! 少しだけ耐えてほしいにゃ!!」

「こっちは、大丈夫ですにゃ!」


 すでにサリーとリリアは、魔物と戦い始めていた。


「サリー、キレヌーは私がやるよ!」

「うん! マホノームは任せるにゃ!!」


 剣術に秀でたサリーがマホノームを。

 魔法も使えるリリアがキレヌーを相手にして、上手く立ち回っていた。



「あっちはなんとかなりそうにゃ」

「ですが、こっちに八体もついてきたのは、なんででしょうね?」


 十体いた魔物のうち、二体だけがサリーとリリアのもとに向かい、残りはメルディとセイラを囲んでいた。


「最近、ハルトと訓練してなかったから忘れてたけど……って、訓練の時はかなりの鬼畜野郎になるのにゃ」


「えっ!?」


 メルディがハルトのことを『アイツ』と呼んだ時、まるで彼に怨みを持っているよな声に聞こえたのでセイラが驚いた。


「この魔物たち、多分だけどハルトに洗脳っぽいことをされてるにゃ。強い者を優先的に攻撃しろって」


 メルディの読みは当たっていた。


 実際は洗脳ではなく、単に『強いものを優先的に攻撃しろ』と命令しただけ。


 この魔物たちはハルトに『テイム』され、使役されていたのだ。


 しかし魔物をテイムするのには、大量の魔力が必要になる。しかもBランクの魔物ともなれば、上位のテイマーでなければレジストされてしまう。


 Bランクの魔物十体を、たったひとりがテイムするなど、この世界では考えられなかった。


 それを成し遂げてしまうバケモノがいたのだ。



 が分身魔法を覚えたこと。


 ダンジョンという、最高のおもちゃを創造神から与えられたこと。


 テイムという魔法を覚えてしまったこと。


 ──それらが、このダンジョンの十一層目以降に配置された魔物たちにとっての最大の不幸であった。


 実は、今メルディたちを襲っている魔物たちだけではなく、このダンジョン十一層目から先にいる全ての魔物が、たったひとりの人族の支配下にあったのだ。


 昨日の昼過ぎから、今日の朝方にかけて、彼の分身たちが世界中に転移し、めぼしい魔物をテイムしまくった。



 Bランク最上位の魔物であるハイオークは、ハルトの分身のテイムにレジストしようとしたため、害獣と判断されて討伐された。


 その様子を見て、即座にテイムを受け入れたのは、討伐されたハイオークが所属していた一族の族長であった。


 その族長は今、十四層目のフロアボスを任されている。



 狼系最強の魔物、インフェルノウルフの群れのボスは、彼の分身と炎の騎士数十体にボコボコにされ、その後テイムされて十六層目のフロアボスになっていた。



 世界各地で、Bランク~Sランク魔物の乱獲が起きていた。


 普通、乱獲されるような魔物たちではないのだが、無理やり彼の分身にテイムされ、ダンジョンに連れてこられたのだ。


 そして、本体──ハルトが、それらの魔物を各層に配置していった。


 彼は、このダンジョンをクリアできれば、魔人を倒せるほどの力をつけられるように調整した。


 例えば十一層目には、物理耐性と魔法耐性が強い魔物を一緒に配置した。物理も魔法もバランスよく強くないと、この層で苦戦するだろう。


 十三層目は数多の魔蟲が棲息するフロア。広範囲を一度に殲滅できる魔法が使えなくては先に進めない。


 十六層目は攻撃力と移動速度、集団での戦闘に秀でたインフェルノウルフの群れが襲いかかってくる。敵の連携に注意しながら、確実に一体ずつ仕留める力がないと、ここで死ぬことになる。


 ハルトは各層に、それぞれ鍛えるべきテーマを設定していた。



 そもそも、最終層のボスはハルトによってテイムされた魔人だった。


 このダンジョンをクリアするためには、魔人を倒さなくてはならない。


 当初の目的は魔人を倒す力を付けるためのダンジョンをつくることだったのだが──


 たまたま分身の前に現れた魔人を、テイム(?)できてしまったので、それを最終層のボスにしたのだ。



「最初からBランクの魔物ってのは驚いたけど、この程度ならなんとかいけそーにゃ!」


 まだ、彼女はこのダンジョンをクリアできる気でいた。


 ハルトによって、十二層目以降の魔物が強化されていることなど知る由もないから、当然だろう。


 もちろん、最終層の魔人も強化されている。


 ハルトはこのダンジョンをクリアすれば魔人を倒せるよう調整したつもりでいるが、実はそうではない。


 彼によって強化された魔人は、悪魔クラスの力を得ていた。


 このダンジョンをクリアできれば、それはすなわち悪魔を倒せる力を得ていることを意味するのだ。

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