第203話 分身魔法

 

「さすがに商人を呼び込むところまでは、手が回らなくて……」


 できればみんなに、ここで武器や回復薬などの売買が行われている様子を見せたかった。


 しかし、客である冒険者がまだダンジョンに来ていないので、商人たちが集まってくれるわけがなかった。


「えっと、ヨウコさんが言いたいのはそういうことじゃないと思います」


「ん? どーゆーこと?」


「「なんでハルト様が分身魔法を使っているのかってことです」」


「そうじゃ! なぜしれっと分身しておるのじゃ!?」


「なぜって……便利だから?」


 分身魔法は便利だ。


 炎の騎士たちではできないような細かな作業ができるし、なにより外見は完全に俺なのでヒトの町などに行って買い物をすることもできる。


 今このダンジョン前市場にある武器や防具などは全て、俺がダンジョンを改装している間に俺の分身たちが買ってきてくれたものだ。


 そうして品物は揃えたが、店員が集まらなかった。それでも、この市場のデモンストレーションをしたかった俺は、俺の分身に各店の店員をやらせることにした。


 一応、服装は少しずつ変えているが、身体や顔は全て俺のまま。


 分身魔法を極めれば、体型や顔つきを変化させたりできるようになるかもしれないが、ヒトを完全に模倣した分身を作り出すのはかなり困難で、俺はまだ自分のコピーを作り出すのが精一杯だった。



「違う、主様が分身魔法を使った理由を聞いておるのではない!! いったいどうやってこの魔法を使っておるのか知りたいのじゃ!」


「この魔法の発動方法が知りたいってこと?」


「そうじゃ!」


「「ハルト様、少なくとも十人に分身していますけど……魔力は、大丈夫ですか?」」


「わたしもそれが気になります。わたしが調べた分身魔法は、本人の魔力を等分する魔法でした。十人以上に分身して、問題ないのですか?」


 マイとメイ、それからセイラは俺の体調を心配してくれているようだ。


 別に秘密にしたいわけでもないし、教えてあげよう。


「これさ、実は炎の騎士の応用なんだよね。だから多分、みんながいう本物の分身魔法とはちょっと違うと思う」


 そう言いながら、俺は魔力を放出する。


 その魔力を操作し──


 鎧を纏い、燃える身体を持つ人馬一体の騎士を、俺の右側に出現させた。


「そんで、こっちが無属性の騎士ね」


 続いて俺は、無属性の魔力だけで構成した騎士を、俺の左側に出現させた。


 俺の左右に立つ騎士は、火の属性を持つか持たないかが違うだけで、それ以外の性能は全く同じ。


 無属性の騎士も、炎の騎士たちと同様に自律行動が可能だ。


 無属性の騎士は体内が透けて見えており、その胸の中心にコアが輝いていた。


 分身魔法のベースになるのは、この無属性の騎士だ。


「まず、コイツの後ろ脚をなくします」


 手刀で、騎馬の後ろ脚部分を斬り落とした。


 斬り落とされた後ろ脚を構成していた魔力が、周囲に霧散していく。


「次に、鎧を剥がします」


 最初に作った時のイメージが強すぎるせいか、俺の騎士シリーズは必ず鎧を纏って出現する。


 その鎧は邪魔なので、全部剥いでいく。


「ちょっと身体が大きいので縮めます」


 俺が騎士に向けて手をかざし、軽く手を握ると、その騎士の身体が圧縮されていった。


 この時に体型の調整ができればいいのだが、分身としての人型を意識してしまうと、どうしても慣れ親しんだ俺自身の体型になってしまう。


 これはそのうち、色んな体型にできるようにしたいと考えている。


「そんで、兜を外します」


 無属性の騎士に指示を出して、兜を外させる。


「「「──えっ!?」」」


 俺の妻たちがみんな同じように驚いていた。


 彼女たちの視線の先には──


 騎士の兜を脇に抱えた、半透明の俺が立っていた。


「炎の騎士の兜の下って、いたのですか?」


 ティナが言いたいのは、炎の騎士たちの顔が全て俺の顔になっているかってことだと思う。


 もしかしたらティナは、ケンタウロスのような胴体に俺の頭がついているのを想像しているのかもしれない。


 ──いや、それはさすがに気持ち悪くね!?


「ち、違うよ! 兜脱がせる時に、俺の顔に変化させてるだけ。ほ、ほら、これ見て!!」


 慌てて俺の横にいた炎の騎士に兜を取らせる。


 感情のない、炎に包まれた顔が現れる。


「よ、良かったです。さすがにケンタウロスの胴体にハルト様のお顔は、ちょっと……」


「我もそれはダメだと思うのじゃ」


「もしそうだったら、気持ち悪いにゃ」

「メルディさん、ストレート過ぎますよ」


 あ、危なかった……。


 やはり俺の妻たちは、そんなおぞましい想像をしていたらしい。


 早めに誤解を解くことができてよかった。



「まぁ、そんな感じ。あとはこれに風と水と光魔法を組み合わせた幻影魔法で、俺の皮膚の色とか触感を付与してっと」


 俺の前に俺が現れる。

 まるで鏡を見ているようだ。


「これが俺の分身魔法だよ」


「あ、あの……ハルトさんの分身に、触ってみてもいいですか?」


 リファが聞いてきた。


 とある理由から、俺は分身の見た目だけじゃなく、肌の質感や温かさなどにもこだわって俺に近づけていた。


「いいよ」


 俺は分身魔法で、俺自身をかなり再現できていると自負していた。


「こ、これは──」


 リファが夢中になって俺の分身の身体を触っている。昨日はリファと一緒に寝る日だったから、その感覚を思い出しながら触ってるみたいだ。


 本人が横にいるんだから、俺を触ってくれてもいいのだけど……。


「わ、我も触ってみたいのじゃ」

「「私たちもです!」」

「妾も、興味があります」

「私もハルトの分身、さわるのー!」


「おっけー。じゃあ、俺の分身の出来栄えを確かめて」


 そう言って俺は、各店で売り子をさせていた俺の分身たちを呼び寄せた。


 その数、十二体。


 ここにいるサリーとリリアを除いた、俺の妻たちの数と同数だ。キキョウの分はおまけ。


 最近、妻が増えたことで彼女たちに寂しい思いをさせていることには気づいていた。


 だから、彼女たちの寂しさが少しでも紛れればと思い、俺は俺自身を増やすことにした。


 俺の分身魔法は、炎の騎士と同等の性能を持つので、その身体が消える際に分身が経験した全てが俺に入ってくる。


 また、読心術や直感を鍛えてきたことで、まだ完璧ではないが、自分の意識を魔法に反映させることとできるようになっていた。


 つまり分身は、俺自身であるといえる。


 唯一再現できなかったのは生殖機能だ。

 できなかった──というより、していない。


 だけは、分身に譲るのはちょっと嫌だったから。


「す、凄い……まるで、本物のハルト様です」


 一番俺に触れているはずのティナが、分身魔法の再現度合いに驚いていた。

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