第174話 聖都防衛戦(4/4)
妻になったリュカと、義弟になったリューシンをつれて聖都まで転移して帰ってきたわけだが、様子がおかしい。
大神殿にみんながいなかったのだ。
「なぁハルト、いきなりつれてこられて……俺、わけがわかんないんだけど」
リューシンはリュカに殴られた時のショックで、短期の記憶を失っていた。
リュカが入浴している場に俺がいたことなどを完全に忘れているようで、彼の記憶にあるのは壊れた家屋の瓦礫に埋まっていたのを俺に引っ張り出されたところからだった。
ちなみにリューシンには、リュカと結婚したことをまだ教えていない。話がややこしくなりそうなので、聖都の騒動が落ち着いてから話そうと、リュカとふたりで決めていた。
「リューシン、ここは聖都サンクタムだ。ここに悪魔と魔人、それから大量の魔物が攻めてきている。力を貸してくれ」
「おぉ、悪魔がいるのか! 完全竜化をできるようになってから、全力で闘うチャンスがなかったからな。俺が殺ってもいいのか?」
今のリューシンは、魔人に負けた一年生の頃とは比べものにならないほど強くなっていた。
更に完全竜化を会得したので、悪魔とはいえ序列十一位程度のグシオンに後れを取ることはないだろう。
「あぁ、お前が悪魔を見つけたら倒してもいい。だけどまずは、みんなと合流しよう」
なんだか胸騒ぎがする。
悪魔にはかなりダメージを与えたし、魔人が魔物を召喚するペースはそんなに早くなかったはずだ。
悪魔は配下に十体の魔人がいて、千の魔物を率いてくると言っていた。
ならば、十体の魔人が全員魔物を召喚できたとしても、それぞれが百体ずつ魔物を呼び寄せる必要がある。
ティナの魔力探知によると、魔人が一体の魔物を召喚するのに五秒から十秒ほどかかっていた。だから十分程は猶予があると思っていたのだが──
大聖堂の外が騒がしくなっていた。
どうやら住人の避難が始まっているようだ。
時間がない。
ちょっと急ごう。
「リュカ、ちょっときてくれ」
悪魔に破壊されたクリスタルの所まで、リュカを連れていく。
「これが聖都を護る結界を発生させていたクリスタルなんだけど、悪魔に壊されたみたい……これ、直せる?」
「大丈夫だと思います。でも、さすがに大きすぎて、完全に修復するには魔力が足りないので──」
「もちろん魔力は渡すよ。いくらでも使ってくれ」
「わかりました」
そう言って、リュカが俺の手を握ってきた。
「私の魔力が半分くらいまで減ってきたら、適量の魔力を送り込んでください。私の魔力量を一定に保っていただけると魔法の発動に集中できるのですけど……そういうの、ハルトさんならできますよね?」
リュカに頼られている。
信頼されている。
ちょっと嬉しい。
「もちろん。まかせて!」
「えっ、なに? なんでお前らいつの間にか、いい感じになってるの?」
「集中するのに邪魔だから、リューシンはちょっと黙ってて」
「ご、ごめん……」
哀れ、
「では、いきますね」
「うん。いつでもいいよ」
リュカの身体がぼんやりと光り、全身の竜の鱗が少しずつ大きくなる。それと同時に、リュカの魔力量が増大した。
俺と繋いでいない方の手を、リュカがクリスタルにかざす。
「リザレクション!」
相変わらず凄い魔法だ。
まるで時を巻き戻すかのように、クリスタルが修復されていく。
クリスタルの十分の一くらいを修復した時点で、リュカの魔力量が半分くらいになったので、繋いだリュカの手から魔力を送り込む。
リュカの魔力量を一定に保つよう心がけた。
クリスタルには大小様々なヒビが入っているので、修復箇所によって消費されるリュカの魔力が変わる。
リュカの集中力を維持するため、クリスタルの傷を見て、消費される魔力を予測しながら彼女に魔力を送っていった。
数分で、クリスタルは元の姿に戻った。
「ふぅ、できました!」
「さすがだね。リュカ、ありがと」
「えへへ」
頑張ってくれたリュカの頭を撫でてやると、嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
「ハルトさんが私のお願い通りにしてくれたからです。すごく心地いい魔力でした」
「そう、それは良かった」
「お前らって……そんな仲良かったっけ?」
あ、リューシンいたの忘れてた。
「……リューシン、まだ喋っていいって言ってない」
「えっ」
リュカに睨まれて、リューシンが身体を硬直させていた。
リューシンの方が力も魔力も強いんだけど、やっぱり弟って姉には敵わないんだな。
そんなことを考えながら、俺はクリスタルに手を触れた。聖属性魔法を充填させて、聖結界を発動させるのだ。
どれくらい送り込めばいいのかな?
入れすぎてクリスタルが破壊されては困るので、ちょっとずつ送ることにした。
「とりあえず、十万くらい──」
十万の魔力を送り込んだ瞬間、クリスタルが激しく光り、聖結界が展開された。
──えっ。
「これが結界ですか? さすが、ハルトさんですね」
「あ、ああ、うん」
まさか、十万で足りるとは……
いきなり百万とか送り込まなくて良かった。
とにかくこれで、聖都は魔物から護られるはずだ。残る問題は魔人と悪魔。
俺はリュカとリューシンをつれて、悪魔が魔人を呼び寄せた西側の防護壁まで移動することにした。
──***──
西側防護壁の下まで来た時──
目の前に
「そ、そんな……」
聖都を護る兵士たちの亡骸が横たわっていたのだ。
その数、およそ五十人。
彼らは聖結界が消えてすぐに攻めてきた魔物と魔人たちによって殺されたのだと、近くにいた聖騎士が教えてくれた。
頭からサーっと血の気が引いていく。
彼らは、
俺が悪魔を逃がしたせいだ。
奴らが攻めてくるのは、もっと時間がかかると思い込んでいた。
どうしてあの時油断した?
どうして炎の騎士を防衛に残さなかった?
どうして先に悪魔を倒してから、リュカを呼びにいかなかった?
どうして、こうなった?
──全部、俺のせいだ。
「ハルトさん、大丈夫ですか?」
リュカが心配してくれた。
それが余計に俺を苦しめる。
「俺の……俺のせいで、彼らが死んだ」
「えっ?」
「俺が悪魔を逃がしたせいだ。俺が、油断したから──」
「ハルトさん! 大丈夫です。彼らは私が蘇生させますから! だから、気をしっかり持ってください!!」
わかってる。
リュカがいれば、死んだ兵士たちはみんな生き返る。
でも……そうじゃない。
死ぬって、怖いんだ。
痛いんだ。
俺も、
きっとここに倒れている兵士たちは、怖かっただろう。すごく痛かっただろう。
死んですぐに転生させられた俺より、彼らはずっとずっと恐怖を感じたかもしれない。
それらは全部、俺のせいだ。
俺は、俺のせいで人が死ぬのを初めて体験した。
俺に敵対したのなら、それを殺すことは仕方ないとは思う。
殺らなければ殺られる──ここは、そういう世界だ。
じゃあ今、俺の目の前に倒れている兵士たちは?
俺の敵じゃない。
彼らは聖都の住人たちを護ろうとしただけ。
俺が逃がした悪魔から。
「リュカ、彼らの蘇生をお願い」
「は、はい!」
「それから、リューシン」
「お、おう……なんだ?」
「悪魔は、俺が殺る」
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