第172話 聖都防衛戦(2/4)
「遅くなってすみません。お仲間の皆様は、必ず全員蘇生させます」
「え、あ──」
ティナに声をかけられた聖都西側防護壁の防衛責任者は、上手く声が出せずにいた。
彼の部下は全員魔物に倒された。更に魔人が現れて、伝令に走らせた者も殺され、緊急事態を知らせることもできなかった。
彼も魔人の膨大な魔力にあてられ、自慢の剣を折られたことで、生を諦めていた。
そこに現れた美女が、一瞬の間に二体の魔人を屠ってしまったのだ。彼は目の前の光景を信じられなかった。
その美女の一挙一動に目を奪われた。
彼女は、百年前に世界を救ったティナ=ハリベルだという。
伝説の英雄が突然この場に現れたことも信じられないのに、彼女は死んだ部下たちを蘇生してくれるといった。
全員が死んだわけではないが、蘇生が必要な者は五十人を超えている。
この聖都でリザレクションが使えるのは聖女ただひとり。その聖女は、一日に最大二十回しか蘇生魔法を使用できない。
このことは、聖都を防衛する兵士たちの中でも一部の者しか知らない事実だが、西側の防衛責任者はそれを知っていた。だからこそ、ティナの言葉を信じられずにいた。
「貴方は倒れている皆さんを安全な場所に運んでください。まだ息がある人もいます」
「し、しかし、魔物が──」
部下を蘇生してくれるというティナの言葉を信じる信じないにかかわらず、倒れている部下を──少なくともまだ辛うじて生きている部下たちをこの場から移動させるのは賛成だ。
しかし、周囲にはまだ多数の魔物が飛行している。今は指揮官である魔人が倒されたことで統制が取れていないが、部下たちを移動させている間、こちらを放置しておいてくれる保証などなかった。
「大丈夫です。魔物は
防衛責任者はティナの『私たち』という言葉に疑問を持ったが、直ぐにその意味を知ることとなった。
突如、空を飛んでいた魔物たちが吹き飛ばされたのだ。
まるで巨大な壁が高速で飛んできたかのように、付近を飛行していた魔物十数体がまとめて吹き飛んでいった。
「ハルトの技を真似してみたにゃ!」
防衛責任者がその声がした方を見ると、オレンジ色の髪をした獣人族の女の子が軽い足取りで歩いてきていた。
メルディが魔力を固めた巨大な拳を作り出して、それで魔物たちをまとめて殴りつけたのだ。
「メルディさん、ナイスです」
「どーもにゃ! もーすぐ、リファが兵隊さんたちを連れてくるにゃ」
「そうですか。では、私たちは下に降りて敵を迎え撃ちましょう。空は、
「りょーかいにゃ!」
突然現れた獣人族の女の子──メルディと、ティナの会話を聞いていた防衛責任者は、自分の目を疑った。
ティナとメルディが、防護壁から聖都の外側に向かって飛び降りたのだ。
光弾を放たなくても、この聖都に夥しい数の魔物が向かってきているのを確認できる。
魔物たちの進軍で、地鳴りがする。
およそ千の魔物が、この聖都を蹂躙しようと向かってきているのだ。
先程まで、ここを襲っていた魔物たちはアレの先遣隊なのだろう。
それですら全てCランクの魔物だった。
ならば、あの本隊にはBランクやAランクの魔物がいるかもしれない。
更に、先程倒した魔人で最後とは限らない。
あの本隊の方にも複数の魔人がいる可能性があった。
千の魔物と複数体の魔人で構成された最悪の魔軍──そんな敵軍を前にして、ティナたちは躊躇わず防護壁の外に出たのだ。
「そ、そんな──」
いくら英雄ティナといっても、あれだけの敵を相手に戦い続けられるわけが無い。
いずれ消耗し、疲弊して、魔物に蹂躙されてしまう。
女ふたりだけで闘わせるわけにはいかない。
防衛責任者は倒れている兵士の剣を取って、歩き出した。
どれほど英雄の力になれるかは分からないが、せめて彼女の盾になろうと、彼も防護壁の下に降りて闘うつもりでいた。
「下はティナ様とメルディさんに任せておけば大丈夫ですよ。貴方は、休んでください」
防護壁を降りる階段の手前で、とても綺麗な声に止められた。
ティナ同様、戦場に似つかわしくない美しいエルフが、そこに立っていた。
彼女の背後にはこの聖都を守護する兵士や、聖騎士たちが並んでいた。
「あ、貴女は?」
「私はリファ=エルノールです。訳あって、この聖都守備部隊の指揮権を、聖女セイラ様からお預かりしています」
そう言ってリファが、セイラから預かったレイピアを見せた。
──***──
聖都サンクタムを統治するイフェル公爵こそが、聖都の最大の敵──悪魔グシオンだった。
更にイフェル公爵に次ぐ権力を持つ神官たちも、グシオンに洗脳されていた。
聖騎士を率いるエルミアも、未だ行方不明だ。
つまり、この聖都の守備部隊や聖騎士たちを指揮する者が誰もいなかったのだ。
聖女であるセイラがそれらを指揮することは可能だったが、彼女はグシオンに聖女の力をほとんど奪われていたため、今は魔物と闘える力がなかった。
しかし、守備部隊を率いる者がいなくては聖都が蹂躙されると危惧したセイラが、一般的な町娘ほどのステータスしかないにもかかわらず、戦場に出ようとした。
それをリファが止めた。
セイラの代わりに、自分が指揮する──そう提案したのだ。リファは母国アルヘイムにいた時、少ないながらも自分の部隊を持っていて、それを指揮する能力があった。
ちょうどその頃、大神殿での異変を察知した聖騎士たちがやってきた。
聖騎士たちへの現状の説明や、どうしても自分が指揮を執ると言い張るセイラの説得に時間がかかったが、最終的にはリファが前線に出て、セイラは住人たちの避難の指揮に回るということで折り合いが着いた。
いざと言う時のために、セイラには四人の聖騎士と共に、ヨウコとルナがついていくことになった。
そしてリファはその場に居合わせた聖騎士に聖都守備部隊の兵士たちの説得を手伝ってもらい、闘える者たちを集めながら防護壁までやってきたのだ。
「守備部隊は倒れている人たちを救護部隊のところへ運んでください。聖騎士の皆さんは防護壁上に展開してください」
リファの指示に従い、兵士たちが魔物に倒された者たちを運び、聖騎士たちは防護壁の上に広がっていった。
「ティナ様たちが討ち漏らした魔物だけを狙えば大丈夫です。くれぐれも無理をしないでください。ここを……聖都を、守りましょう!!」
「「「おおぉぉぉお!!」」」
聖騎士たちの士気は高かった。
美女エルフの激を受けたというのもひとつの理由だが──
実はヨウコが、この聖都全体に洗脳魔法をかけていた。
逃げる住人たちの恐怖を軽減して混乱を防ぎ、千の魔物と対峙する聖騎士たちに勇気を与えて手足の震えを止めていた。
およそ百年、魔物の恐怖とは無縁だった聖都が突然、魔物の大軍に襲われたのだ。本来であればもっと大きな混乱が起きてもおかしくなかった。
ヨウコの陰の働きで、聖都は『闘える街』へと変貌を遂げていた。
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