第163話 炎の騎士と悪魔の娘

 

 グシオンは突如現れた炎の騎士によって、大神殿の入口付近まで吹き飛ばされた。


 その炎の騎士は、ハルトの魔法だ。


 助けを求めるセイラの心の叫びに呼応して、ハルトが彼女に貼り付けた魔法陣が発動していた。


 本来はセイラがピンチになった際、ハルトを召喚するはずの魔法陣だったのだが、ハルトが応じなかったため、代わりに炎の騎士が召喚されたのだ。


「な、なんなの?」


 セイラは目の前の状況が分からず狼狽えた。

 そのセイラと対照的に、すぐ行動に出た者がいた。


「貴様ぁ! よくもお父様を!!」


 父であるグシオンを殴り飛ばされたことに激怒したロベリアが、炎の騎士に襲いかかったのだ。


 どうしてこの場に炎の騎士が現れたのかなど、どうでもよかった。父を殴ったコイツは敵である──その情報だけでロベリアは迷わず敵に攻撃を仕掛けることができた。



 グシオンは人族の子供に転生を繰り返すことで、悪魔でありながら聖都に入り込めるようになった。


 その娘であるロベリアも、同じように悪魔の力を持つ。さらに聖女候補として長期間訓練を受けてきた彼女は、聖女に準ずる聖なる力の行使も可能だった。


 神に祝福された槍──聖槍を使いこなせた。


 ロベリアは聖槍を巧みに操り、炎の騎士に攻撃を加えていく。


 炎の騎士が魔物であれば、聖槍の攻撃は掠っただけでも致命傷となる。


 勝負は一瞬でつく。


 ──はずだった。


「なっ、なんで!?」


 ロベリアは焦っていた。


 聖槍の扱いに関しては──いや、全ての祝福された武具の扱いに関して、彼女は今いる聖女候補の中で最も優れていた。


 レイピア以外の武具であれば、現役の聖女であるセイラ以上に使いこなせる自信もあったのだ。


 その自分が、最も得意とする聖槍を得物にしているにもかかわらず、炎の騎士に一撃も与えられなかった。


「くそっ、あたれば、あたりさえすれば!!」


 一撃でも攻撃を掠らせれば勝てるはず。


 ──その考えが、彼女に悪意に満ちた行動を取らせる。


「これなら、どう!?」


 十字架に磔にされているイーシャに向かって、聖槍を投擲したのだ。


 炎の騎士がセイラを護るように立ち回っていることを、ロベリアは気づいていた。


 聖女を護るなら、次代の聖女であるイーシャも護りに行くはず。



 ──その予想は当たった。


 炎の騎士はイーシャに向かって投げられた聖槍から彼女を護るため、その腕で聖槍を受け止めた。聖槍で傷を負ったのだ。


「よし!」


 これでコイツ炎の騎士は消えるはず。

 あとはグシオンを助けて──


「……は?」


 ロベリアは目の前の状況が信じられなかった。


 炎の騎士は聖槍で傷を負っても消えなかった。


 それどころか、腕に刺さった聖槍を左手で抜くと、それをロベリアに向けて構えたのだ。


 魔物が、祝福された聖槍を手に持てるわけがない。あるとすれば、この炎の騎士が神の祝福すら跳ね除けるほどの上位の存在か──


 もしくは、何者かの魔法か。


 しかし、自分と同等以上にやりあえる自律行動する魔法が存在するなど、信じられなかった。信じたくなかった。



 炎の槍と聖槍、二本の槍を携えた炎の騎士が彼女に歩み寄る。


「う、嘘でしょ!? 待って、違うの!」


 ロベリアが後ずさる。

 その顔には、恐怖が浮かんでいた。



「ウォータージェイル!!」


 どこからか流れ込んできた大量の水が、炎の騎士を包み込んだ。


「お父様!」


 グシオンがダメージから回復し、炎の騎士を水牢に閉じ込めたのだ。


「ご無事ですか?」

「あぁ、これくらいなんともない」


 ふたりは水牢の中の炎の騎士を見ている。

 炎を水で覆い尽くしているというのに、消える気配がないことに脅威を覚える。


 恐らく、悪魔である自分が驚くほどの魔力が込められているのだ。


「お父様、この騎士はいったいなんなのでしょうか?」


「……これは多分、の──賢者の魔法だ」


「そ、そんな!? これほどの魔法を人族が使えるはずは──」


「そいつは私の配下の魔人二体から、聖女を護っている。少なくとも魔人二体を相手取って無傷で勝つほどの力を有しているのだ」


 グシオンは配下の魔人が倒されたことに魂の繋がりから気づいていた。


 そしてハルトたちが魔人を倒したことを、セイラや本人から聞いて知っていた。


 ──知っているつもりだった。


 実は賢者ハルトが魔人の一体を倒し、もう一体は彼の家族が仕留めたことなど知る由もなかった。


 悪魔は知らなかった。


 賢者であるハルトだけが、魔人を倒せるのではないということを。


 彼の家族がどれほど異常なのか。


 そしてそのハルトの 家族が、グシオンに対して怒りを覚えていることなど──分かるはずもなかった。



「なんにせよ、早々にあの賢者は殺そう」


「私もお手伝いします」


「あぁ、そうしてくれ。今宵、聖女となるお前の力と、これまで隠してきた私の本来の力を解放すれば賢者と言えど敵ではない」


「その通りで──お父様!! 危ない!」


 ロベリアがグシオンを押し飛ばした。


 寸前までグシオンがいた場所に、聖槍が突き刺ささる。


 グシオンと入れ替わるようにその場に移動したロベリアの腹部を、聖槍が貫通していた。


「な、な……」

「お、おとう、さま、に、にげ、て」


 悪魔のコアと人族の心臓を同時に貫かれ、ロベリアは息絶えた。悪魔の血を引く彼女は、聖なる力で浄化され、その身を灰に変えながら散っていった。


「ロベリア、ロベリアァァァア!」


 聖槍が飛んできた方を睨みつける。



 そこには、炎の騎士が立っていた。


 その身体を構成する炎の勢いが増している。

 加えて、身体の周囲に電気を纏っていた。


 なぜ?

 どうやって?

 どうなっている?


 ──そんなこと、どうでもよかった。


 千年かけて作り上げた計画、その一端を崩されたのだ。


 娘に愛があったわけではない。

 彼は悪魔だ。


 愛など知らない。


 千年、ヒトとして生きてきたが、愛を知ることはなかった。


 ロベリアは、計画を成すための道具に過ぎない。


 それでも数百年かかって準備した道具なのだ。


 それを壊されて、楽しいはずがない。



「……ハルト、お前は必ず、俺が殺す」


 そう呟いて、グシオンは千年間封印してきた悪魔の力を解放した。

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