第157話 聖女の護衛

 

「ハルト殿!」


 聖都の大通りを歩いていたら、声をかけられた。


「こんにちは。えっと、シンさんでしたっけ?」

「そうっす、覚えててくれて嬉しいっす」


 声をかけてきたのは昨日、セイラと一緒にいたシンという聖騎士だった。俺のことを探していたらしい。


 大通りには多くの人が歩いていたので、その中からよく俺を見つけられたものだと思った。少し気になったので魔視でシンを見てみると、目の付近に魔力が集中していた。


 多分、彼も魔視もしくはそれに準じた能力を持っていて、魔力を頼りに俺を探したのではないかと思われる。


「今、お時間いいっすか?」

「大丈夫ですよ」


 大聖堂を出てから、俺はティナたちと別行動をしていた。聖都サンクタムに来た目的であるダンジョン管理に関する交渉は無事に終わったので、みんなは聖都の観光にいった。


 創造神様との交渉が終わったら、俺もみんなと一緒に観光するつもりだったのだけど、この聖都にきてからいくつか気になることがあり、さらにやらなくてはいけないことができたので、今日と明日は単独行動させてもらうことにした。


 俺がみんなを誘って連れてきた旅行なのに、俺だけ別行動していて、ほんとにごめん……


 後でなにか埋め合わせをしなくては!



 シンにつれられて、聖都の防護壁の上までやってきた。ここには一般人は来ることができず、人が往来する道からも距離があるので会話が聞かれる心配がない。


 こんな所に連れてくるくらいだ。

 なにか秘密の案件なのだろう。


「お話ってなんでしょうか?」


「実は、今日の夕方から聖女様が聖都外へお出かけになるんですけど、なんか色々と怪しいんす」


「……昨日帰ってきたばかりですよね。こんなに頻繁に外出するものなんですか?」


「今回の外出は以前から予定されてたものなので、それ自体はおかしくはないんすけど──」


 シンが気になっているのは、聖都の最重要人物であるセイラが外出するというのに、その護衛がひとりしかつかないということだ。


 もっとも、その護衛というのは聖騎士団長のエルミアなので戦力として不足はないらしい。


 しかし通常、セイラの外出時には最低五人の聖騎士が護衛につく。それなのに、今回の外出には聖騎士の同行が認められなかった。


 聖騎士に指令を出すのはセイラではなく、神官たちだ。この聖都を統治しているのはイフェル公爵だが、大神殿の管理や神事にまつわることに関しては五人の神官が全てを取り仕切っている。


 聖騎士は神に仕える聖女を守る役職であるため、神官の管理下に置かれていた。その神官たちが、セイラの護衛としてエルミア以外の同行を認めなかったのだ。


「今回、聖女様が外出なさるのは聖女候補の洗礼のためっす」


 聖都から少し離れた山に、歴代の聖女候補が聖女になる前に身を清めてきたと伝承される泉があった。


 セイラは次代の聖女候補とエルミアと共に、その泉に向かうのだという。


「神官は、洗礼時は男の聖騎士が同行しないのが慣例だっていうっす。でも、前回洗礼が行われたのは二百年も前なんで、本当かどうかなんてわかんないっす。それに今、聖女様と面会できなくなってるんで確認もできないっす」


 現在、女性の聖騎士はエルミアだけなのだとか。聖騎士見習いに何人か女性はいるが、彼女たちの同行は認められなかったらしい。


「洗礼の泉がある山は聖域なんで、俺っちたちが入れないのはわかるっすけど、道中の護衛くらいはすべきだと思うっす。だって昨日、魔人に襲われたんすよ?」


 シンの言う通りだと思う。魔人が二体も現れ、聖女を狙っていたのだ。山には入れないとしても、途中までは聖騎士たちを護衛として連れていくべきだ。


 神官たちが本気で言っているとしたら、魔人が現れたことに対する危機感が低いか、エルミアの力をよほど信じているか、もしくは──


「確かに……ちなみに、で見て、神官たちにおかしな所はなかったのですか?」


「はい、見たところ魔力の流れとかにおかしな所はなかった──って、えっ!? わ、分かるんすか? 俺っちが魔眼持ちだって」


 シンは魔眼を持っているようだ。魔眼については古文書で読んだことがあり、少しだけ知っていた。かなりレアなスキルの一種だ。


「魔眼を持っているとまでは分かりませんでしたが、眼に関するなんらかの能力はあると思っていました。その力で、俺を探したのでしょう?」


「おぉ、さすがっす! やっぱりハルト殿を頼って間違いなかったっす。俺っち、ハルト殿にお願いがあるっす」


「聖女様の護衛、ですか?」


「話が早いっすね。できれば聖女様たちにもバレずに護衛してほしいっす。これは俺っちの勘なんすけど……ハルト殿なら、できちゃいますよね?」


 聖女であり魔法の扱いに長けたセイラや、戦闘センスの高そうなエルミアにバレずに護衛なんて──


 可能だ。


 実はセイラがまた魔人に襲われる可能性を考え、彼女の身体に転移魔法陣をこっそり貼り付けていた。


 通常時は極限まで魔力消費を抑え、セイラの魔力に溶け込んでいるので、貼り付けられた本人であってもその魔法陣に気付けない。


 セイラが助けを求めた時、魔法陣が自動的に発動して、


 つまり、俺がセイラの護衛としてすぐ側にいるようなものなのだ。


 ちなみに、俺がトイレやお風呂に入っている時は、俺ではなく炎の騎士が召喚されるようにしてある。そうじゃなきゃ、おしり丸出しでセイラの目の前に召喚されてしまうからだ。


 ちゃんとその辺も考えてある。

 というわけで、護衛の件は問題なかった。


「わかりました。聖女様の護衛を引き受けましょう。バレずに──ってのも、なんとかなると思います」


 セイラたちについていくわけじゃないので、バレるわけがない。



 ……あれ?


 そーいえば、聖女候補を聖女にするために洗礼するんだよな?


 ──ってことは、無事に洗礼が終わって、タイミング良く創造神様が神託出せば、なんの問題もなくセイラは聖女の職から解放されるじゃん!


 創造神様から出された条件を達成する目処がついた。


 セイラを口説く必要なんてない。

 彼女と聖女候補が洗礼の泉まで行って帰ってくるまでの護衛を全うすればいいのだ。


 俄然、セイラたちの護衛をやる気になった。

 無事に条件を達成して、来週からはダンジョン管理に勤しもう。



「ところで、なんで昨日会ったばかりの俺に護衛を頼もうとおもったのですか?」


「魔人をあっさり倒すハルト殿なら、セイラ様に何があっても守ってくださると思えたっす。それに、英雄ティナ様の夫のハルト殿なら信頼できると思ったっす」


 へー、──ねぇ。


 もしかしてシンさん、セイラのことが好きなのかな?


 俺を信頼してるって、それは俺に奥さんがいるから、セイラには手を出さないだろうって意図も込められてるのかな?


 知ってる?

 俺、奥さんいっぱいいるよ?


 本当に好きな女性なら、自分で守れよ。

 上司に止められたくらいで他人を頼るなよ。


 そんなことしてると、取られちゃうよ?


 俺はティナが第一なので、進んで女の子にアプローチしたりしないけど。


 でも、来るものは拒まないから。

 セイラのような美女であれば尚更だ。

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