第158話 聖女監禁

 

「──っ」


 激しい頭痛と倦怠感、両肩の痛みで女騎士エルミアは目を覚ました。


「な、なんだこれは!?」


 エルミアは立っていた──否、立たされていた。

 天井から鎖が吊り上げられていて、その先に取り付けられた拘束具で彼女の両手は固定されていた。


 両足も床に固定された鎖と拘束具につながれていて、ほとんど身動きが取れない。


 彼女の両手を拘束する天井から伸びた鎖は、エルミアが背伸びをしてギリギリ届く長さで、つま先立ちをしないと両肩に全体重がかかってしまう。


「ぐっ」


 どれほどの時間かわからないが、意識を失っている間、自身の体重を肩だけで支えていたため、彼女の両肩は脱臼していた。


 激しい痛みが彼女を襲う。足の指先に力を入れ、なんとか肩への負荷を減らした。


 自分自身にヒールを使おうとしたが、拘束具に魔力を封じる力があるようで、魔法の発動どころか魔力を放出ことすらできなかった。


「なんだ……どこだ、ここは?」


 女であっても、エルミアは厳しい訓練を耐え抜いた聖騎士だ。さらに聖騎士団の団長の座に上り詰めたほどの実力者。


 彼女は己の身体を完璧にコントロールして、つま先立ちという本来不安定になるはずの体勢でも、その身を完全に静止してみせた。おかげで、肩の痛みはだいぶ楽になった。


 脱臼しているので完全に痛みがなくなったわけではないが、戦闘訓練などでも肩が脱臼することは何度も経験している。


 痛いが、なんとか我慢することができた。


「セ、セイラ様は!?」


 痛みを抑えた彼女の意識は、自分の身に起きていることより、自分が護るべき存在へと向けられていた。


 聖騎士は己を犠牲にしてでも聖女を護るのが使命だ。聖女を護ることが、なににおいても優先される。


 エルミアは自分の手足が辛うじて見えるほどの暗い場所にいた。周りを見渡すが、なぜか遠くに焦点が合わず見ることができない。目を覚まし、意識はハッキリとしているが、視覚や聴覚といった感覚が思うように働かない。


 毒でも盛られたのだろうか?

 だとしたらいったいいつ、どうやって?


 エルミアは目を覚ます前の、最後の記憶を思い出そうとした。


「たしか……私とセイラ様は、イーシャと一緒に神官のもとへ挨拶を──」


 エルミアはセイラと、聖女候補であるイーシャという娘と共に、聖都サンクタムから少し離れた場所にある聖域に行く予定だった。


 イーシャはここ数年で、最も優れた聖女候補だった。その彼女が聖女になるには現役聖女のセイラが、聖域にある泉でイーシャに洗礼を行う必要があった。


 洗礼が終わり、イーシャの十六歳の誕生日に創造神様が聖女の代替りを許してくだされば、晴れて新たな聖女の誕生となる。



 聖域に向かうことを神官に報告しに行ったのが、エルミアの最後の記憶だった。


 あの時、神官が聖域に向かう私たちを祝福するために振舞ってくださった聖酒──それを神官に促されるまま、三人で同時に飲んだ後の記憶が無い。


 まさか、神官が私たちを?

 ふと、そんな考えが浮かんだ。


 しかし、エルミアたちが報告に行ったのは五十年もの間、聖都とセイラに尽くしてきた神官だった。


 彼がセイラを裏切ることなど、エルミアには考えられなかった。


 ではいったい、どうして……


 状況を整理しようとしているうちに、視覚が正常に戻りつつあった。


 暗いが、なんとか自分の周りの様子が確認できた。エルミアの目に写ったものは──


「セイラ様!!」


 腰の高さくらいの石の台に寝かされた、聖女の姿だった。目立った外傷などは見られない。


 セイラの両手と両足には木製の拘束具が取り付けられていた。


「セイラ様! ご無事ですか!? 起きてください、セイラ様!!」


 何度も呼びかけるが、セイラは一向に目を覚まさない。そのセイラが横たわる台の横に、同じような石の台があって、そちらには聖女候補のイーシャがいた。


 イーシャもセイラと同じように、手足を拘束されている。


「大丈夫かイーシャ!? 起きろ、起きてくれ!」


 何度呼びかけても、ふたりは目を開けなかった。しかし胸は上下に動いているので、呼吸はしている。ふたりとも生きている。


 まずは、セイラの身が無事でほっとした。


 エルミアは状況を把握するため、周りを見渡す。ここは、五メートル四方の窓のない石の部屋だった。


 部屋の端に、エルミアの聖鎧が雑に投げ捨てられていた。


 エルミアの正面に扉があり、その隙間から僅かに盛れた光で、部屋の中の様子をなんとか見ることができていた。



 ──突然、その扉が開いた。


「うるさいぞ! もう起きやがったか……」


 暗闇で必死に目を凝らしていたため、入ってきた男が持つ松明の光で目が眩む。


 それでも声で、そいつが何者か把握はできた。


「イフェル公爵……貴方、ご自身がなにをされているか、分かっているのですか!?」


 エルミアの前に現れたのは、この聖都の統治者である、イフェル公爵だった。


「なにをしているか? もちろんわかってやっている。聖女を監禁しているのだ」


 そう言って公爵がセイラの身体に手を伸ばす。


「やめろ!」


 公爵は手を引いた。

 エルミアの言葉に従ったわけではなく、セイラに触れようとした瞬間、その手が何かに弾かれたのだ。


「チッ、忌々しい結界だ」


 聖女は常に、聖結界に護られている。

 イフェル公爵の手はそれに弾かれたのだ。


 でも、おかしい。


 本来、聖結界はのだ。


 たとえそれが、どんな悪人であったとしても。


「公爵、貴方はまさか──」


 セイラを覆う聖結界に弾かれた際に、イフェル公爵の身体の一部が変化していた。


 聖結界に触れた右手側の人化が解け、右の側頭部から角が生え、右目は真っ黒に染まっていた。


 彼はヒトではなかった。


「あぁ、人化が解けたか……まぁ、ついでだ、自己紹介しておこうか。我が名はグシオン、邪神様にお仕えする悪魔である」

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