第143話 「ただいま」

 

「ティナ」


 石碑の前で涙を流すティナに声をかけた。


「ハルト様、なぜでしょうか……涙が、止まらないです」


 彼女は勇者の──俺の名前に関する記憶を取り戻した。


 勇者の名前に付随する思い出も、記憶を女神様によって封印されていたのだが、それらも全てティナのもとに帰ってきたようだ。


 俺が勇者としてこの世界にきた時、俺の名を一番呼んでくれたのは間違いなくティナだ。


 俺の名前を呼びながら行った行為の記憶には全てフィルターがかかっていた。だから、ティナの記憶の大部分には不明瞭なものが多かったはずだった。


 その曖昧な記憶が、全て元に戻された。


 思い出が一気に蘇ったことで、ティナは感情を抑えきれなくなっているみたいだ。


 かなり混乱していると思う。

 今、俺が勇者であると告げるべきか悩む。


 百年も待たせてしまった。

 『俺』だって、分かってくれるかな?


 不安はあった。

 ただでさえ混乱しているティナを、もっと不安定にしてしまうんじゃないか──と。


 でも、俺は『俺』を信じることにした。


 俺はティナの勇者なのだから。

 勇者なら、きっとティナを助けられる。


 優しくティナを抱きしめた。


「ハルト様……」


 最初に言う言葉は決めていた。



「ただいま」


「──!!」


 ほら、このティナの反応。

 やっぱりティナは分かってくれた。


 俺は嬉しくなった。


「百年も待たせてゴメンな」

「う、うそ……そんな」


「俺はハルトだよ。ティナ=エルノールの旦那、ハルト=エルノール。それから百年前、一緒に魔王を倒した守護の勇者、西条遥人だ」


「ほ、本当にあの勇者様なのですか?」

「……俺はティナに名前で呼んでもらいたいな」


「!!」


 このフレーズ、ティナなら覚えてるはずだ。

 それからこれも──


「俺は記憶をなくしていたし、姿も変わったけど……またティナを好きになった。それに、ティナは俺を好きになってくれただろ?」


 全て『俺』の直感通りになった。


「わ、私も、ちゃんとハルト様を探し出しました」


「そうだな。ありがと」


 俺に抱きつくティナの手に力が入る。


「おかえりなさい、ハルト様」

「あぁ、ただいま。ティナ」


 ティナがキスをねだる仕草をしてきた。

 百年前と変わっていない。

 ティナはすごく綺麗になってるけど。


 俺はティナとキスをする。


 百年前と同じように、ティナの両手が俺の首の後ろに回された。


 彼女から離れられなくなる。

 俺はそのまま、ティナと舌を絡め合った。



 ──***──


「あついのぅ、まるで我らのことなど完全に忘れておるようじゃの」


「「アツアツですね」」


「ハルトさんが、西条遥人様──つまり守護の勇者様であったのなら、ティナ様が百年も想い続けた方ですから……、仕方ありませんよ」


「ハルトさんも異世界人だったんですね」


「ハルトって……もしかしてルナも異世界人なのかにゃ?」


「あっ! い、いえ、その……はい。黙っててすみません」


「謝る必要なんてないにゃ。ルナが異世界人でも、ウチの友達であることに変わりはないにゃ」


「メルディさん……ありがとうございます」



「しかし、ハルトが異世界から来たって知って、ようやくあの異常な強さに納得がいったよ」


「ルークの言う通りだな……しかし、ハルトたち、全然終わんねーな」

「リューシン、あなたはちょっと黙ってなさい」


「あっ、でもついに、離れましたよ?」

「離れたけど、まだ見つめ合っておるのじゃ」


「「これは、もしや……」」


「ま、また始めちゃったにゃ」



 リファたちの会話はちゃんと聞こえていた。


 それでも、ティナとの再会が嬉しすぎて、イチャつくのをとめられなかった。


 百年も俺のことを待っていてくれた美人エルフがキスをせがんでくるんだ。


 我慢なんてできるわけないだろ。

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