第141話 帰還と転生
白い世界に戻ってきた。
目の前には創造神様と記憶の女神様がいる。
「無事、別れは言えたようじゃの」
「はい。ありがとうございました」
「ティナの記憶はそのままでいいのね?」
「えぇ、俺のことを忘れないと言ってくれましたから」
「うふふ、分かったわ。ティナが貴方に一途で良かったね」
「ハルト、お主またこの世界に来るといっておったが……儂にはそんな予定はないぞ? 同じ者を何度も転移させると魂がすり減るのでな」
「あ、それは……多分、大丈夫です」
異世界人を転移させられるのは創造神様だけ。創造神様が『俺』を転移させないのであれば、『俺』が転移でこっちにこれる可能性はない。
それでもティナと再会していた時、『俺』は必ずこの世界に戻ってくるという確信があった。
「そうか。ならばよいが……まぁ、お前が死んだ時、異世界の神がこちらにお前の魂を送り付けてくる可能性も、あるにはあるか」
そんなことがあるのか。
直感が使えない今では正解かどうかは分からないが、もしかしたら『俺』は
「仮にお前が戻ってきても、勇者としてのステータスを引き継ぐことはできん。だが、お前は儂が愛する世界と、多くのヒトを救ってくれた。だからほんの少し、儂の加護をお前にやろう」
「あ、ありがとうございます!」
「加護といってもたいしたものではないぞ? いつ来るか分からんお前のために、そんなに強い加護をつけられんのだ」
「それは構いません。ちなみに、どんな加護を頂けるのでしょうか?」
「ふむ、お前に付ける加護は──いや、説明はやめておこう。お前がこの世界に戻ってきた時の楽しみにしておくがいい」
その後、『俺』は創造神様に元の世界に戻してもらった。
──***──
見覚えのある公園。
見覚えのある四人組がこちらに向かって歩いてくる。
その四人──およそ半年間、異世界で共に戦ってきたタカトたちと『俺』は、無言ですれ違った。
この時『俺』は異世界に三年いた記憶を無くしていた。そしてタカトたちも創造神様により、異世界に関する記憶を封印されていた。
何となく後ろを振り向く。
タカトもこちらを見ていた。
タカトと目が合う。
数秒後、互いの進む方へ向き直った。
「タカト、どうしたの?」
「いや、なんか……ちょっと」
「身体、震えてないか? 大丈夫?」
「大丈夫、だと思う」
「す、凄い汗だよ!」
「なんだろう……最近、顔が半分無くなるくらいの威力で、誰かに殴られる夢を見るんだよね」
「「「えっ」」」
──そんな会話が背中の方から聞こえてきた。
「顔が半分なくなるって、ヤバくね?」
思わず呟いてしまった。
横断歩道で足を止めた。道路を挟んで向こう側に、五歳くらいの女の子が立っていた。
その子は全身黒色の服を着ていて、顔は──なぜだかよく覚えていない。
歩行者信号が青になったので進んだ。
黒い服の女の子とすれ違う。
女の子は横断歩道上で歩みを止めた。
横断歩道を渡り切った『俺』が何となく振り返ると、その子はまだ横断歩道の真ん中を過ぎたあたりで立っていた。
──まじか!?
『俺』は走り出した。
女の子に向かって猛スピードで向かってくる自動車が見えたから。
自動車側の信号は赤だ。なのに横断歩道手前で止まれるようなスピードではなかった。
『俺』は歩道に向かって、女の子を突き飛ばした。女の子前向きに転びながらも歩道まで到達した。怪儂をしていなければいいが……
一方、『俺』は──
目前に自動車が迫っていた。
死ぬ間際に世界がスローモーションに見えるアレを体感している。
自動車の中が見えた。
運転手は寝ていた。
くそっ! 居眠り運転かよ!?
どうりで俺が飛び出したにも関わらず、一切ブレーキをかけないわけだ。
鉄の塊が迫り来る中、せめて自分が助けた女の子がどうなったか確認しようと視線を動かす。
歩道に倒れ込んだ女の子が、上半身を起こしてこっちを見ていた。
頭を打ったりしてないみたいで良かった。
そう思った時──
「キヒッ」
女の子の口元から、この世のものとは思えないほどの悪意を含んだ音が漏れた。
その光景を最後に、『俺』の意識は消えた。
──***──
真っ白な空間にいる。
目の前には記憶の女神様。
俺は女神様に差し出した記憶を取り戻した。
女神様が返してくれた記憶と、俺自身の記憶が全て揃ったことでようやく理解できた。
俺が『守護の勇者』なんだ。
ティナが好きになってくれた『勇者』だ。
そして俺は元の世界に帰ってすぐ、
ほんの少し元の世界に戻っただけなのに、こっちでは百年も経過していたようだ。
「おかえり、ハルト」
「女神様、俺……」
「うん、ご愁傷さまとしか言えないね」
憐れみを込めた目で女神様に慰められた。多分、元の世界に戻ってすぐに邪神に殺されたことを言ってるんだと思う。
俺が邪神を恨んでいるんじゃないかと。
違う、そうじゃない。
俺が今、邪神に言いたいことはただ一言。
『ありがとう』──だ。
ティナと再び会わせてくれた。
ティナと一緒に過ごす時間をくれた。
ティナにまた、好きになってもらえるチャンスをくれたんだ。
だから、今は感謝の気持ちしかない──こともないか。
やっぱり死ぬのは怖かったから、もし邪神に会ったら『ありがとうございました!』って言いながら全力で一発殴ろう。
とにかく、俺は嬉しかった。
守護の勇者が遥人で、遥人はハルトで、ハルトは俺だった。
うん、自分で言っててよくわかんないけど、この世界でティナに愛されてたのが全部『俺』って分かったのが、すごく嬉しくなった。
ティナが守護の勇者を好いていたと聞いた時、実はかなり嫉妬した。
でも、その守護の勇者は俺だった。
頬が緩むのが止まらない。
「なんだか……幸せそうね」
「はい!」
「そう、なら良いのだけど。あ、
そう言って、女神様が俺にふたつの指輪を渡してきた。俺が作ったヒヒイロカネの指輪だ。
「いいのですか?」
「うん。ティナが貴方の名前を思い出されないように預かってただけだから」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、貴方との契約はこれでおしまい。元気でね」
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