第140話 再会と別れ
「ハルト、申し訳ないけどその指輪は回収させてね」
「えっ」
記憶の女神様の条件を呑み、ティナのもとに送り返してもらおうとしていたら、ティナに渡す予定の指輪を寄越せと言われてしまった。
「その指輪、貴方とティナの名前が書いてあるでしょ? しかも不変金属で作るなんて……」
ティナへの変わらぬ愛を伝えるため、不変金属と呼ばれる加工が非常に困難なヒヒイロカネを使って指輪を作った。
この指輪を作る時、初めて
スキルの使用でこの世界の
ティナの指のサイズは既に調査済みだ。
でも、もしサイズが変わったりしたら……
多分『俺』以外では加工できないから、ネックレスとかにしてもらうしかないか。
そんな指輪の内側に、ティナと『俺』の名前を彫っていた。それがまずいらしい。
「ハルトの名前に関する記憶を消す際に、ヒトの記憶からだけじゃなく世界中の書籍や彫刻などに記載されてる文字も消して、その代わりに『守護の勇者』って文字を記すの」
それもそうだ。『俺』の名前に関する記憶が人々から消えても、本とかに名前が残っていれば思い出してしまう。
「本や彫刻に記された名前を消すのは簡単なんだけど……ヒヒイロカネで造られたその指輪だけは私でも無理」
そう言われてしまうとちょっと困る。
さっき少し試してみたのだが、この神界にきてから『俺』は勇者としての力を使えなくなっていた。つまり、
それから、指輪を渡されるほどの相手の名前すら思い出せないとなると、ティナに自身の記憶を疑わせることになり、彼女の脳にダメージを与える可能性もあるのだとか。
この話を聞いて、俺はティナに指輪を渡すのを諦めた。
「だから指輪は私が預かるね。代わりに
そう言って女神様がくれたのは真ん中に赤い宝石がはめられた金のペンダント。
「竜王の瞳っていう、この世界で最高ランクの魔具よ。どんな魔法でも封印しておいて、条件を満たした時に発動させることができるの。ヒヒイロカネの指輪と比較しちゃうと、少しレア度は落ちるけど……」
「よ、よろしいのですか?」
「うん。ちなみに本来はふたつでひと組のイヤリングなんだけど、ティナには少し大きいかなって思ってペンダントにしてみた」
「お気遣い、ありがとうございます」
「もしティナの、貴方との冒険の記憶ももらっていいってなったらもう一個もあげるけど……どうする?」
もう会えなくなるのだから『俺』との思い出は綺麗さっぱりなくなった方が、ティナも次の恋を探せるかもしれない。
でも、ティナは俺と冒険した記憶を消したくないと言うかもしれない。ちょっとそう言ってほしいと思ってる『俺』がいた。
「それは……ティナと相談してから決めてもいいですか?」
「大丈夫だよ」
さすがに独断では決められないので、ティナと話し合って決めることにした。
「それじゃ、ティナの元に送るね。時間は十分。いい?」
「はい、お願いします」
──***──
魔王城に戻ってきた。
『俺』が消えた場所で、ティナがうずくまって泣いている。
「ティナ」
「えっ……」
「少しだけ、女神様に時間を貰ったんだ」
そう言って両手を広げる。
そこにティナが飛び込んできた。
「ハルトさまぁ、わ、わたし……私、もう……」
ティナの目から涙が溢れ出す。
『俺』はティナをギュッと抱きしめた。
「お別れも言わず、消えてごめんな」
「ず、ずっといられるわけじゃ、ないのですか?」
「……うん、俺は元の世界に戻るしかないみたい」
ティナに記憶の女神様と契約したことを告げる。『俺』がティナのことを忘れてしまうと知った時、彼女はすごく寂しそうな表情を見せた。
「女神様に記憶を渡して、ティナも俺のことを忘れることもできるよ。すごくレアな魔具ももらえるし」
できれば断って欲しいと願いながら、精一杯明るくティナに確認した。
「……ハルト様は私に、ハルト様のことを忘れてほしいのですか?」
「お、俺は──」
覚えていて欲しい。
身勝手だと分かっている。
それでも──
「俺はティナに、俺のことをずっと覚えていてほしい」
「ハルト様がそう望まれるのであれば、私は絶対にハルト様のことを忘れません」
そう言ってくれたティナを全力で抱きしめた。こんなに俺を思ってくれる女の子と、あと数分で離れ離れにならなければいけない。たまらなく寂しい。
「ハルト様」
ティナが目を閉じ、右サイドの髪を耳にかけて瑞々しい唇を軽く突き出してくる。ティナがいつもキスをねだるときの仕草だ。
ティナとキスをする。
突然、ティナの両手が『俺』の首の後ろに回された。彼女から離れられなくなる。
少し驚いていると、ティナの舌が『俺』の口の中へ入ってきてより一層驚いた。そしてその舌が、俺の口の中をあちこち触っていく。
それが気持ちよかった。
『俺』の口の中を舐め回すティナの舌に、『俺』は自分の舌で触れてみた。
ティナの身体が少し跳ねた。
驚かせてしまったようだけど、お互い様だよね。
直ぐにティナも慣れたようだ。
ティナと舌を絡み合わせる。
ティナの舌が美味しい。甘く感じる。
もっとしたい……
ティナの口の中へと舌を侵入させてみた。あちこちふれると、その度にティナの身体がビクっとなる。それが可愛かった。
『俺』の首に回したティナの腕には力が入っていて、『俺』を離さまいとしている。
それがたまらなく愛おしく感じた。
初めてのディープキスなんだけど、これは凄い。まるでティナと溶け合うかのような感覚に陥る。
ずっとこうしていたい。
でも、時間は有限だった。
「ぷはぁ、ティナ、ごめん。時間がない」
「はぁ、はぁ、は、ハルトさまぁ……」
少し強引にティナから離れた。
一心不乱にキスしていて、互いに呼吸が荒くなっている。『俺』の心臓はかつてないくらい激しく鼓動していた。
トロンとした表情で『俺』を見つめるティナに、我慢できなくなりそうだが、このままではまた、お別れを言えずにティナと離れることになってしまう。
「俺はティナが大好きだ。記憶は失うけど、絶対にこの気持ちは変わらない」
「わ、私も、ハルト様のことが大好きです」
「俺はこれから元の世界に帰るけど、もしかしたらまたこの世界にこられるかもしれない」
ティナがキョトンとした表情を見せるが、『俺』は言葉を続けた。
「その時の俺は多分、今とは違う姿をしてる」
この時の『俺』はなぜか
人々を守るため、敵の攻撃してくる時間、場所などを予測し続けてきた結果、未来予知とまではいかないが、かなりの高確率で当たる直感を身につけていた。
ティナとキスしながら『ティナと離れたくない』、『ティナとずっと一緒にいたい』と強く願ったことで『俺』たちの未来に関する直感が働いていた。
「俺は記憶をなくすけど、姿も変わるけど、絶対にまたティナを好きになる。それから、ティナに好きになってもらえるよう、なんでもする」
「そ、それでしたら私は必ず、ハルト様を探し出します!」
「うん。必ず俺は戻ってくる」
『俺』の身体が淡く光始めた。
──時間だ。
「ティナ、これを」
女神様からもらったペンダントをティナに渡す。
「これは?」
「ティナの命を脅かすような危機が迫った時、俺の使える最高防御力の結界が発動するようになってる魔具だよ。これが俺の代わりにティナを守るから」
俺は魔王城に戻ってきた時、竜王の瞳にありったけの魔力を込めた絶対防御の結界魔法を封印していた。
あまり考えたくないが、俺がティナの元に戻るまでに、この魔具が一度は使用される──そう、俺の直感が告げていた。
「ありがとうございます」
ティナがペンダントを大切そうに胸に抱く。
俺の身体が崩れはじめた。
「ティナ、またな」
「はい。またお会いできる日をずっと、ずっとお待ちしています」
最後に見たティナは、頬に涙を伝わせながらも太陽のように眩しい笑顔だった。
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