レベル１の最強賢者 ～ 呪いで最下級魔法しか使えないけど、神の勘違いで無限の魔力を手に入れて最強に ～

第139話 女神様との契約

「ここは……」

　どこまでも続くような真っ白な空間にいた。

　この場所に『俺』は来たことがある。

「勇者よ、魔王討伐ご苦労だった」

　声をかけられ振り返ると、いかにも神様っぽい白髪白髭のおじいさんが立っていた。いや、神様っぽいと言うより、『俺』をこの世界に転移させた正真正銘本物の神様だ。

　更にこのお方、ただの神様ではないらしい。創造神様という、この世界を創造した一番偉い神様なんだとか。

「まさかここまで早く魔王を倒して戻ってくるとはな……誠に良くやってくれた。さて、元の世界に送り返してやろう。あぁ、心配するな。お前がこちらにやってきた時間に戻してやるから」

「あの、俺はこの世界に残りたいのですが」

「……なに？」

「元の世界に帰れなくてもいいので、今すぐ魔王城に戻してくれませんか？」

　ティナのところに早く帰りたかった。

　しかし──

「すまんが、それはできん」

「な、何故ですか!?」

「お前が元いた世界の神との契約があるからな。魔王を倒したら即刻、元の世界に送り返すという条件でお前たちを借りたのだ」

「そ、そんな……聞いてません！」

　もし知っていたら魔王を倒す前に、ティナと話しておきたいことがたくさんあった。ティナともっと触れ合いたかった。

　ティナに、指輪を渡したかった。

　魔王を倒さないという選択肢もあったかもしれない。魔王が生きていれば魔物はどんどん生まれるが、その力だけを封印してしまえば魔物の発生もある程度抑制できる。

　そして百万体の魔物を狩り尽くした『俺』たちなら、封印された魔王から漏れた魔力より生まれる魔人や魔物なんて敵ではない。

　魔王を倒さないことで、ティナとずっと一緒にいられるのなら『俺』は魔王を倒さないことを選択しただろう。

「お前が早く転移させろと急かしたから説明する時間がなかったのだ。しかし、お前の仲間の勇者にはちゃんと伝えたぞ。聞いておらんのか？」

　タカトからそんな話は一切聞いていなかった。ふと、タカトが魔王に斬り掛かる直前の表情が思い浮かんだ。

　あれは、魔王に対してではなく、『俺』を嘲笑う表情だった。

　……そういうことか。

　『俺』はタカトの真意にようやく気付いた。

　魔王を倒したら直ぐにこの世界から元の世界へと送り返されることを、タカトは知っていた。そして『俺』に勝てず、ティナが自分のものにならないと分かった瞬間から奴は『俺』とティナをを引き裂くことを狙っていたんだ。

　『俺』はそれに気付かず、タカトに魔王を倒して良いと言ってしまった。その結果、俺はティナに別れを告げる時間もなくここにいる。

「なんとかなりませんか？　ほんの少しの時間でいいんです。ティナにお別れを言わせてください」

「転移させることを目的としてこの神界にヒトを連れてくると、転移先に送り出すのは簡単だが、元の世界に戻すのには膨大なエネルギーが必要になるのだ」

　創造神様への願いや信仰心、未来への希望といったヒトが発する正の感情や意志が、創造神様が利用できるエネルギーになる。

　そして魔王から世界を救って欲しいと、この世界の多くの住人が願ったことで、タカトたちを連れてくる分と、元の世界へ送り返すためのエネルギーが溜まったという。

　そのエネルギーに余裕が無いらしい。本来なら、創造神様はタカトたち四人だけをこの世界に転移させるつもりだったという。

　そこにたまたま『俺』が巻き込まれてしまった。そのため、本来消費するはずだった分より多くのエネルギーが必要となり、創造神様的には赤字の状態なんだとか。

　一応、備蓄はあるみたいだが、突発的な世界の危機に対応するため創造神様はそれを使いたくないそうだ。

「エネルギー……た、例えば俺の寿命とかで、そのエネルギーを補えませんか？　ほんの少しだけでいいんです。俺をティナのところに帰らせてください！」

「無理だ」

　創造神様が申し訳なさそうな顔をする。それで『俺』は、本当に望みがないと分かってしまう。

「儂にはどうもできんが、他の神にも一応聞いてみよう。もしかしたら酔狂な神が名乗り出るかもしれん」

「お、お願いします!!」

　『俺』はなんでもするつもりだった。もう一度魔王を倒せと言われたら倒すし、寿命がいるならくれてやる。だからもう一度、ティナに会わせてほしいと願った。

　そして──

「私と契約を結んでくれるのなら、僅かな時間ですが貴方の想い人のもとへ戻るためのエネルギーを提供しましょう」

　『俺』の願いを叶えてくれる女神様が現れた。

「ありがとうございます。なんでもします！」

「ふふふ、まずは自己紹介してもいいかしら？　私は貴方がさっきまでいた世界の記憶を司る女神です」

「記憶の女神様……」

「えぇ。それで貴方の願いを叶える条件だけど──貴方がこの世界で過ごした記憶を私にちょうだい」

「俺の、記憶ですか？」

「そう。貴方、すっごく面白そうな冒険してたじゃない？　勇者なのにレベル30からスタートするなんてここ最近ではすっごく珍しいの。それに彼女、ティナって言ったかしら。彼女とのやり取りも見ててすっごくドキドキしちゃった」

　女神様が少し顔を赤くする。

　えっ、も、もしかして『俺』がティナとイチャイチャしてるのを見てたのか!?

　──見ていたらしい。

　いくら女神様とはいえ、さすがに恥ずかしい。

「それでね、第三者目線じゃなくて、貴方の目線で貴方の記憶を楽しみたくなったの。ちなみに私に記憶を渡すと、貴方はその記憶を一切思い出せなくなるから、よく考えてね」

　少し悩む。ティナとの思い出を全て無くしてしまうのは辛い。しかし、このまま元の世界に戻ったところでティナへの想いだけ募らせ続けるのはもっと辛いだろう。

「……分かりました。俺の記憶を差し上げます」

「ほんとに!?　やったぁ！　あっ、後ね、貴方を私たちの世界に一時的に戻すエネルギーを得るために、世界中のヒトから貴方の名前に関する記憶を消したいんだけど、それも大丈夫？」

「俺の名前を……なぜです？」

「貴方、魔物から多くの人々を守ってきたじゃない？　それで今、世界には貴方への感謝の気持ちや想いが溢れてるの」

　ティナの住む世界を少しでも平和にしたいと考えて、これまで頑張ってきたわけだけど、改めて多くのヒトが感謝してくれていると聞かされて嬉しくなった。

「私たち神には、その想いや感謝の気持ちをエネルギーに変えることはできないの。だって貴（・）方（・）へ（・）の（・）想いなんだから」

　女神様が言うには、この世界の住人たちの『俺』への感謝の気持ちなどは凄いエネルギーになるが、それをそのままでは使えないらしい。

「名前はヒトの存在を形成する大きな要素なのよ。貴方の名前に関する記憶を私がもらうことで、誰かが貴方に感謝すると私にその想いや感情の一部が届くようになるの」

　そして、女神様のもとに届いた俺（・）へ（・）の（・）想（・）い（・）などは女神様がエネルギーとして変換できるらしい。よく分からないが、女神様がそうだというならそういうことなんだろう。

　とにかく、『俺』はティナにもう一度会いたかった。誰かに感謝されて悪い気はしないが、元の世界に戻ったらそれはなんの役にも立たない。だったら女神様に、『俺』への想いとやらを活用してもらっても問題ないはずだ。

「分かりました。その条件も大丈夫です」