第136話 遥人と四人の勇者(5/7)

 

 この世界に転移して早二年、幾度となくスタンピードを止め、いくつもの街や村を救ってきた。


 この頃の『俺』はレベル124で、守護者スキルを使えばひとりでもスタンピードの魔物を一掃できるまでに成長していた。


 しかし、いつも『俺』が間に合って犠牲者が出なかったわけではない。各地で魔物の脅威が増していて、スタンピードでなくとも多くの人々が魔物に襲われ命を落としていた。


 手に届く範囲の人々だけでも救いたい。


 そう思って、高位の魔物の出現や、スタンピードが発生したと聞くと『俺』はティナと共にその場へ駆けつけるようにしていた。


 『俺』が前線にでて、魔物を食い止める。その間にティナは傷付いた人々を回復して回ったり、俺が討ち漏らして街中に侵入した魔物の討伐をするというのが最近の立ち回りだった。


 そして今回、このガレスの街にやってきたのは『俺』とティナだけではなかった。


「おっ、魔物全滅してんじゃん。やっぱやるな、ハルト」


 『俺』が元いた世界から、この世界の創造神によって転移させられた勇者のタカトが街の外からやってきた。彼の後ろには聖騎士のダイチ、賢者のカナ、聖女のユリがついてきている。


「あぁ、なんとか間に合った」


「しかし、ハルトは毎回毎回よくやるよな。無理して飛び回って、こっちの人間を救いまくっても、そんなにいいことないだろ?」


 タカトは勇者だが、進んで人助けをしようとはしない。もちろん目の前でヒトが魔物に襲われれば、それを助けることはする。


 しかし遠方で魔物の大群が街や村を襲っていると聞いたところで、彼はそこに駆けつけようとはしなかった。ダイチやカナたちも、タカトと同様。


 勇者や聖騎士、聖女などという職となった今でも、彼らにとって目の前で起きること以外は、自分に関係のないことだった。


「いいんだ。俺がやりたくてやってることだから。それより、はいたのか?」


「お、そうそう! 結構強いのが来ててさ、おかげでレベルが上がったよ」


 普段、タカトたちはスタンピードが発生しても、その場にいなければ対応することはほとんどない。でも今回は数百キロ離れた国からわざわざこのガレスの街までやってきていた。


 その理由は──


「それにしても魔人ってのも大したことねーのな」


 タカトが黒い角をその手で弄んでいた。

 恐らく彼が倒した魔人のものだ。


「いや、あいつの殺気かなりヤバかったぞ?」


「うんうん。タカトはスキルで怯まないのかもしれないけど、私たちは無理だよ」


「こ、怖かったです」


 ガレスの街に侵攻したスタンピードには明らかにおかしな戦力の魔物が複数体混じっていた。そのため、今回のスタンピードが魔王配下の魔人が直接指揮している可能性が高かった。


 また、タカトは既にレベル260を超えていた。レベルが上がりやすい勇者補正があるとはいえ、もうその辺にいる魔物をいくら倒してもレベルは上がらないほどになっている。


 しかし、魔人にはSランクの魔物を使役するほどの力を持っている個体もいて、それを倒せばタカトであってもレベルが上昇する。


 だから、タカトたちはその魔人の討伐を目的として、この街までやってきたのだ。



 正直、もう魔王を倒せる力があるんじゃないかと思う。さっさと魔王を倒して、この世界を平和にしてほしい──そう『俺』は常々考えていた。


 しかし、タカトは気分屋だった。気が乗らなければ滞在している街に魔物が襲来しても、戦ってくれない。しかも誰かに命令されることを特に嫌う。


 その圧倒的強さ故、誰もタカトに文句を言うことができなかった。タカトが戦わなければ、ダイチたちも戦場に出ようとしない。


 だから『俺』はタカトが唯一興味を示す魔人を彼に任せ、それ以外の敵は全て『俺』が処理することを決めた。


 この決意にティナが賛同してくれたので、最近はふたりで世界を飛び回り、魔物を討伐していたのだ。


 ずっとふたりで寝食を共にしてきたので、気付いた時にはティナのことを好きになっていた。出会った頃から可愛いと思っていたが、二年経ち、彼女はますます可憐になっていた。


 ティナの何気ない仕草全てが愛おしく思える。ただ、どうしようもなくヘタレだった『俺』はティナに想いを伝えることができずにいた。


「ハルト様! ご無事ですか!?」


 ティナのことを考えていたら、自警団員たちの回復を終えたティナがちょうどやってきた。


「俺は無事だよ。死人もなんとか出てないみたい」


「そうですか、それは何よりです」


「ティナちゃーん、俺たちもいるんだよー魔人倒してきたんだよ?」


 タカトがティナに構って欲しそうに声をかける。


「魔人を……やはり、さすがですね勇者様は」


「ハルトのことは名前で呼ぶのに、なんで俺はいっつも勇者なの?」


 何処と無く素っ気ないティナの返事に気分を悪くしたタカトがそう言って『俺』を睨んだ。


 タカトはティナに気があるようで、彼女の頼みであれば、どんなことでも叶えようとする。しかし、タカトは見返り──ティナと一緒に寝たり、キスすることを求めるので、ティナは彼に頼み事をしないようにしていた。


 『俺』はそれが嬉しかった。


 タカト、いくらでも『俺』に八つ当たりすればいいさ。


 少なくともティナは、タカトより『俺』を慕ってくれている──そう思えたから、俺は彼からキツい言葉をかけられたりしても気にならなかった。


 ティナのいない所で『俺』はタカトに『なり損ないの勇者』と呼ばれていた。まぁ、間違いではないので特に反論もしなかった。


 それにもし、言い争い、殴り合いになったりすれば守護者スキルを発動させてもレベル260オーバーのタカトに『俺』は勝てないのだから。


「タカト様、申し訳ありません。この世界の私たちにとって勇者様という呼び方は、最も敬意を込めた呼び方なのです。他意はございません」


 このティナの言葉に、タカトは気を良くしたみたいだ。自分は勇者と呼ばれているのに、『俺』はそう呼ばれない。ティナも『俺』のことを出来損ないだと暗に言っている──そう解釈したようだ。


 その後、タカトはダイチたちを引きつれ、街の中に入っていった。


「ハルト様、気を悪くなさいましたか?」


 タカトの姿が見えなくなってから、ティナが話しかけてきた。


「俺を勇者って呼ばないこと?」


「……はい。ハルト様がお望みでしたら、今後は勇者様とお呼びしますが」


「俺はティナに名前で呼んでもらいたいな」


「よろしいのですか?」


「うん。それにティナは俺のことを出来損ないの勇者とかって思わないだろ?」


「お、思うわけないじゃないですか!!」


「うん、なら問題ないね。それじゃ、ご飯でも食べに行こうか」


「はい。どこかやってるといいのですが……」


 ガレスの街の安全が確保され、既に人々が戻り始めていた。いくつか開店している食事処もあった。


 『俺』はティナとならんで歩きながら、自分たちが救った街に再び光が灯っていくのを見て、この街を守れたことを喜びあった。

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