第137話 遥人と四人の勇者(6/7)

 

 この世界に来て二年七ヵ月が過ぎ、『俺』はレベル180になっていた。一方、タカトはこちらの世界に来てまだ五ヶ月ほどだったが、それ以上強くなれない限界──レベル300に至った。


 『俺』は世界中で発生するスタンピードを止めるために奔走し、主にBランク以下の魔物を倒していたから、なかなかレベルは上がらなかった。


 魔人や高レベルの魔物は、ほとんどタカトに任せていたので、彼の方がサクサク強くなっていったのだ。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


 俺が大好きな少女、ティナが生きる世界が平和になるのであれば、誰かが魔王を倒してくれさえすればいい──そう考えていた。


 そんなある日。


「ティナ、俺はお前が好きだ。俺の女になれ」


 タカトがティナに告白した。彼の上から目線な告白に『俺』はかなりイライラしたが、仮にもこの世界最強の勇者からのアプローチだ。


 タカトを殴りたい衝動に駆られるが、ティナの気持ちも聞くべきだと思いグッと堪えた。


「大変光栄なお申し出です。ですが、すみません。お断りいたします」


 ティナはタカトの告白を断った。

 内心『俺』は歓喜していた。


「は? な、なんでだ!? 今この世界で一番強いのは俺なんだぞ? その気になれば世界を手に入れることだってできる。そんな俺の申し出を、なんで断る!?」 


 お前、なに言ってるんだ……

 魔王にでもなる気か?


「私はハルト様が好きだからです」

「えっ!?」


 ティナの口から衝撃的な言葉が飛び出した。

 驚いて『俺』の動きが停止する。


 タカトと向き合うティナは俺に背を向けているが、その髪から見える耳が真っ赤になっているのが分かった。


 ティナは『俺』が好き──そんな素振り全くなかったはずだ……ちょっと振り返ってみる。



 ──***──


『えへへ、今日もいっぱい魔物を倒しました! 撫でてください、ハルト様』


 ティナは魔物を倒したり、人々を回復させたりして活躍すると、いつも『俺』に頭を撫でろとせがんできた。人目のない所で撫でてやると、凄く嬉しそうにしていた。



 ──***──


『えっ、おかわりですか? 申し訳ありません、これで最後なんです。なので私のを少しどうぞ。はい、あーん』


 ティナの手料理はかなり美味しかった。そして、おかわりを求めると、もう残りはないから自分のを食べていいと言って『俺』に料理の乗ったスプーンを差し出してくる。


 もちろん、それはティナのスプーン。

 間接キス……


 そして、ティナの皿にも料理が無くなると『やっぱりまだありました』──と言って調理場から料理を持ってくることが多かった。



 ──***──


『ハルト様、今日も一緒に寝てもいいですか?』


 魔物から街や村を救っても、そこの住人たちがくれようとするお礼などを受け取らず、あちこち飛び回っていたので常に金欠だった。


 ティナも『俺』も、魔物を解体して素材を剥ぎ取ったりするのが苦手だったから。


 たまに魔物の角など簡単に取れる部位をもぎ取って売り、宿泊資金にしていた。しかし贅沢できるレベルではなかったので、ティナからの提案でふたり一部屋で寝るようになっていた。


 寝る時、ティナはいつも『俺』にくっついてきた。美少女がくっついてきて悪い気がするわけないので、俺が文句を言うことはなかった。



 ──うん。ティナはちょっと前から『俺』を好きになってくれていたのかもしれないな。そう思える言動がいくつかあった。


 種族も違うし、ティナは美少女だ。『俺』なんかに興味は持ってくれないだろうと思っていたが、そうじゃなかったのだと今気づいた。


 『俺』はティナが好きだ。大好きだった。

 ティナと両想いだったことに嬉しくなる。


 ティナに告白されてしまった形だが……

 幸せな気分になっていた。


 その幸せな気分を、ぶち壊すバカが──


「ハルトなんか所詮レベル200以下の雑魚だろ! 勇者つっても俺の下位互換じゃないか!!」


「ハルト様は弱くなんてありません! ハルト様がどれだけの村や街を救い、どれほど多くの人々に感謝されているか、分かりますか!?」


 タカトが『俺』を馬鹿にしてきたが、ティナが擁護してくれた。


「ハルト様こそ、真の勇者様です!!」


 このティナの言葉でタカトが静かになった。


 そして──



「ハルト、俺と勝負しろ」

「は?」


 何を言っている?

 タカトはレベル300で、『俺』はレベル180だぞ?


 結果なんて見えてるだろう。


「もし、俺と戦わないのであれば……俺は魔王を倒さない」


「な、何を言ってるんだ!?」


「もし俺が勝ったら、ティナを寄越せ」


 そもそも『俺』はティナとまだ付き合っていないので、ティナを寄越せと言われても不可能だ。


 まぁ、付き合っていたとしても、タカトなんかにやるつもりは無いが。


「俺がいなければ魔王は倒せないはずだ。さぁ、俺と戦え!!」


 そう言ってタカトは剣を抜いた。

 本気のようだ。


 ダメだな、今のコイツにはなにを言っても無駄だ。


 もうティナとふたりで魔王を倒しに行こうかと考えてしまうが、それでは彼女を危険に晒す可能性があった。


 だから『俺』は戦力としてタカトが必要だった。


「分かった。もし、俺が勝ったら魔王を倒すのを手伝ってもらうぞ」


「そんなことは有り得ない」


 ダイチたちが止めようとしてくれたが、タカトが睨むとダイチたちはそれ以上何も言わなくなった。



 レベル300の勇者と、レベル180の出来損ない勇者の戦いが始まった。


「死ね!」


 開始早々、タカトが本気の殺気を込めた攻撃をしてくる。Sランクのドラゴンすら一撃で葬り去るほどの威力がある攻撃だ。


 その攻撃を『俺』は──



 軽く受け流した。


「なっ!?」


 タカトが驚愕の表情を見せる。


 当然だ。


 ステータス任せの直線的な攻撃など、いくら早くても避けるのは容易い。もちろん直撃したらかなりのダメージを負う。


 しかし、神様がくれた刀と、これまで戦ってきた数千──いや、万にも及ぶ魔物との戦闘経験がレベル120の差を埋めてくれた。


 タカトの攻撃は『俺』に当たらず、逆に『俺』の攻撃はタカトの身体に傷をつけていく。


「くそがぁぁぁあ!」


 攻撃が当たらず、タカトがイラついている。

 このまま押し切れる。


 ──そう思った時、タカトから大量の魔力が放出された。


「ハルト、お前……強いな。だから、もしに耐えたらお前を認めてやるよ。魔王討伐も手伝ってやる」


 タカトが巨大な雷の槍を出現させた。

 ふたつある雷の究極魔法のうちのひとつだ。


 広域殲滅型のアルティマサンダーとは違い、対個人に特化した最強の魔法。


 ステータス差を考えれば、確実に『俺』を殺しに来ている。そして、その攻撃を避けさせまいと煽る。


 更に『俺』の背後には、『俺』たちの戦闘を心配そうに見ているティナがいた。タカトとの立ち回りでいつの間にかこの立ち位置にいたのだ。


 避ければ、ティナに攻撃が当たる。『俺』が絶対に攻撃を避けられないように、タカトが狙ってこの立ち位置になるようにしていたのだ。


「……こいよ」


「──っ!? お、思い上がりやがって! 後悔しながら死ねぇ!!」


 『俺』の挑発にキレたタカトが、本来ヒトに向けていいはずのない魔法を放つ。


 超高速で雷槍が飛んでくる。


 『俺』はそれを──



 右手ではじき飛ばした。


「──は?」


 タカトが驚愕し、固まる。


 この世界の最高レベルは300だ。


 神に転移させられ、その祝福を存分に受けた勇者が、数多の魔に連なるモノを倒してようやく辿りつく限界──それがレベル300。


 レベル300であるタカトは、この世界において最強である。その最強の勇者の、最強の攻撃魔法を『俺』は易々と防いでみせた。



 後ろに守るべき者──ティナがいたから。


 守護者スキルが発動し、全てのステータスが倍増した俺は、この世界の理を無視してレベル360相当のステータスになっていた。


 ティナが俺の背後にいる限り、今の俺にこの世界で勝てる者はいない。



 さて、闇堕ちした勇者様を更生させますか。


 タカトの側に移動した。単純に走っただけなのだが、レベル360のステータスは凄まじく、タカトは突然目の前に現れた『俺』に驚愕している。


 そのタカトの顔面に向かって全力で──



 拳を叩き込んだ。

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