第133話 遥人と四人の勇者(3/7)

 

 気付くと柔らかいベッドの上だった。右手に違和感があり、見ると黒髪の少女が『俺』の右手を握り眠っていた。ずっと泣いていたようで、頬に涙の跡が残っている。


 右手はウォーウルフのボスの攻撃で大火傷して、動かすこともできなくなっていたはずだが──


 火傷の痕もわからないほど、完璧に回復されていた。『俺』が意識を失った後、サリオンが回復魔法をかけ続けてくれたようだ。


 噛み付かれた部分にも傷は残っていなかった。やはり異世界の魔法って、凄いと思う。──いや、凄いのはサリオンかな?


 なんにせよ、この子を──ティナを護ることができて、本当によかった。


 俺は今、遥人の記憶をまるで観客のように見ているわけだけど、すごくハラハラした。レベルがおよそ倍の魔物数体を相手によく頑張ったと思う。


 それにしても……幼いティナは可愛いなぁ。


 『俺』はしばらくティナの寝顔を眺めていたのだが、少し身体を動かしてしまった時、ティナが起きた。


「おはよう」


「お、おはようございます」


「君が俺を助けてくれたの?」


「違います。サリオンです。私は何も……」


 必死にヒールを使おうとしてくれたティナだったが、魔封じの首輪のせいで俺を回復させることができなかった。


「それでも君が一生懸命俺に声をかけてくれたの、聞こえてたよ。ありがとう」


「お礼を言うのは私の方です。私を助けてくださり、ほんとにありがとうございました」


 頭を下げるティナ。『俺』はその頭を優しく撫でた。


「君を助けることができてよかった。よければ名前を教えてくれない?」


「は、はい! 私はティナです。ティナ=ハリベルと言います」


「ティナちゃんか。俺は遥人、西条遥人だよ」


「ハルト様……」


「ティナは怪我とかしてない?」


「はい。大丈夫です」


 見たところ無事そうだ。首輪も、彼女を拘束していた手錠も外されている。馬車から逃げ出す時、急いでいたので馬車とティナの手錠を繋ぐ鎖を斬ることしかできなかった。


 その後、『俺』はティナに異世界から来たことを話した。驚いていたティナだったが、俺のことを信じてくれたようだ。そしてティナは『俺』に、この世界のことを色々説明してくれた。


 この時、魔王が復活して間もない頃だったが、魔物の活動は活発になってきていた。普段はそのエリアにいるはずのない高レベルの魔物に、ティナを買った商人たちは襲われていたのだ。


 そして魔物の脅威は急激に増しているらしい。そう話したティナが不安そうな顔をする。


「どうしたの?」


「私は……『勇者の血を引くもの』なんです。私には勇者様の力があります。だから、私が魔物と戦わなくちゃいけないんです」


 ティナは震えていた。


 ひとりで戦わなくてはいけないと考えているんだろうか? こんな小さな女の子が、加護があるからという理由だけで? 


 そんなのは間違ってる。


「大丈夫、俺が戦うよ。俺は──勇者だから」


 ティナに出し方を教えてもらって確認した『俺』のステータスボード。


 そこには職業:勇者と書いてあった。



 ──***──


 それから三ヶ月、『俺』はサリオンに戦闘技術を叩き込まれた。刀の振り方、身体の使い方、そして魔法も。


 サリオンは強かった。ティナに後ろに立ってもらい、守護者スキルを発動させて戦っても、全く歯が立たなかった。


 サリオンなら魔王を倒せるんじゃないかと思うけど……どうやら無理なようだ。魔王は邪神の加護で護られていて、その加護を打ち破る必要があった。


 ができるのが、神様から勇者の力を与えられた『俺』だ。ティナにも同等の力があるらしい。本来、勇者である『俺』は、魔王を圧倒できる力を持っているはずだった。


 しかし、『俺』を転移させた神様のところで時間を取らなかったせいで、現在はレベル40ほどのステータスとスキルは『守護者』だけ。魔王や、数万体いると言われている魔王配下の魔物と戦うには心細いものだった。


 初撃だけ俺が魔王を攻撃して、倒すのはサリオンに任せてしまうことも検討した。これはサリオンが提案してきた。


 世界を救うことができれば、カッコ悪くてもなんでもいいと考えた『俺』は、サリオンの提案にのるつもりでいた。


 しかし、それを実行するにしてもまずは魔王のもとまで行かなくてはいけない。『俺』をずっと守りながら戦うのはサリオンにとっても大きな負担だ。だからサリオンの指導の下、最低限の力を身に付けることにした。


 ちなみに、ティナもサリオンの訓練を受けている。ティナが『俺』と一緒に訓練を受けたいと言ってきたのだ。


 貴族の娘で、剣など持ったこともない少女だったが、魔王が復活して魔物の活動が活発になっている今、少しでも戦える力を身につけておくべきだとサリオンが判断し、ティナも訓練に参加することになった。


 ティナには才能があった。驚くべき速度で剣技を修得し、魔法も使いこなしていった。


 一方、『俺』は──



「甘い甘い甘い! 何度言ったら分かるのですか? 目で見るだけで相手の次の動きが分かるわけないでしょう」


「ぐっ」


 毎日のようにサリオンにフルボッコにされていた。


「魔力の流れを感じるのです。強い魔物は攻撃に移る際、魔力で肉体を強化します。つまり魔力の流れを捉えれば、敵の動きが分かるのです」


 何度も説明された。でも、元の世界に魔力なんてものはなかったし、高速での戦闘中に視覚以外に頼るなんてことは非常に困難だった。



「ハルト様、大丈夫ですか?」


 訓練後、疲れ果て地面に横たわる『俺』を、ティナが心配してくれた。ティナは既にサリオンの攻撃をほぼ受け流せるようになっているのに──情けない。


「大丈夫、じゃないけど……ありがと」


 訓練を終えてサリオンがその場を去ると、ティナがいつも俺を介抱してくれるのが習慣になっていた。


 汗をかき、何度も倒されて砂まみれになった『俺』に対してティナは、自分の服が汚れることなど気にせず優しく膝枕をしてくれる。


 動けなくなるまでサリオンに訓練させられているので『俺』が抵抗できるわけもなく、ティナのなすがままにされている。


 もちろん悪い気なんてしない。


 エルフ族は空間の魔力をその身に取り込める。そんなエルフ族の血が入っているハーフエルフのティナと、こうして肌を接していると俺の魔力回復も早い気がする。


 この頃の『俺』にはティナが天使に見えていた。今でも、天使のような美しさだけど。



 かなり後で知ったのだが、サリオンはわざと『俺』が動けなくなるまで訓練を続行していた。『俺』の成長に合わせて、どんどんハードな訓練に切り替えていったのだ。


 そしてそれは単に『俺』を強くするためではなかった。



 疲労困憊で倒れ込み、一切の抵抗ができなくなった『俺』を、ティナが好きにできるようにするという目的があったのだ。

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