第132話 遥人と四人の勇者(2/7)
異世界の神様に、『俺』を呼んだ少女──ティナのもとへと転移させてもらう。
神様の転移は、まるで真っ暗なトンネルの中をすごい速度で駆け抜けていくような感覚だった。そして数秒後、周りが明るくなった。
目の前に隙だらけの狼のような魔物がいる。
ウォーウルフという魔物だ。
そいつは地面に倒れた男の内臓を食い漁っていた。その狼が間違いなく人間の敵であると認識する。
『俺』はその狼の首に、神様がサービスだと言って渡してくれた刀を、全力で振り下ろした。
鈍い音を立て、狼の首が地面に落ちる。
生まれて初めて、動物を殺してしまったことに『俺』は動揺していた。
しかし女の子の悲鳴が聞こえて、すぐに身体を動かした。ウォーウルフはレベル60ほどの魔物だ。不意打ちとはいえ、そいつを一体倒したおかげで『俺』はレベル35になっていた。
レベルが上がると多少の怪我は回復し、更に異常状態も治るらしい。その効果で動揺や恐怖が軽減され、『俺』は動くことができた。
少し離れたところに馬車があって、その荷台を守るように数人の傭兵がウォーウルフと戦っていた。
「金貨百枚で買ったハーフエルフだぞ!? 絶対に守り抜け!!」
商人の格好をした太った男が、周りの傭兵たちを囃し立てる。しかし、彼らを囲む魔物の方が圧倒的に強かった。
「ぎゃぁぁあ!」
「こ、こいつら速すぎる」
「うでぇ、俺の腕がぁ」
狼の魔物は全部で七体いた。俺が倒した一体と、傭兵たちが二体倒したようだが、それでもまだ四体の狼が残っていた。
狼の攻撃を剣で防いだ傭兵の首に、別の狼が噛みつき地面に引き倒した。頸動脈を引き裂かれ、その傭兵はすぐに動かなくなった。彼がリーダーだったのだろう。残りの傭兵たちは統率が取れなくなり、どんどん人数を減らしていく。
そして、残るは商人だけになった。
「や、やめろぉ! くるなぁ!」
そんな叫びが魔物に届くはずなく、彼は三体の狼に襲われた。実はこの時、『俺』は気配を消して近づき、静かに狼を一体倒していた。
神様がくれた刀のおかげで、音を立てずに魔物の首をはねることができた。
残る三体の狼は商人の身体を貪り喰っている。その隙に『俺』は馬車の荷台に乗り込んだ。
そこに、涙を流しながら震えるティナがいた。
「大丈夫、絶対に助けるから」
ティナの頭を優しく撫で、その手を拘束する鎖に刀を突き立てた。さすがは神様がくれた刀だ。苦もなく鉄の鎖を斬ることができた。
「あ、あなたは、だれ?」
「俺は
ティナの手を引き、荷台の入り口へ。そこから外を見ると、三体の狼はまだ商人の身体に群がっていた。
まず俺が荷台から下に降り、次いでティナを静かに降ろして逃げようとしたのだが──
嗅覚と聴覚に優れた狼の魔物が見逃してくれるわけがなかった。
馬車を背にして、ティナと『俺』は狼たちに取り囲まれた。ティナを自分の後ろに隠し、刀でヤツらを牽制する。
ティナが震えている。
この子を、絶対に護らなくちゃいけない。
──そう強く思った瞬間、力が溢れてきた。
神様がくれた、たったひとつのスキル『守護者』が発動していた。このスキルは護るべきものが背後にいる時、全てのステータスが倍増するというもの。
二体のウォーウルフを倒してレベル38になっていた『俺』は、守護者の発動でレベル76相当のステータスになっていた。
そんなことを知るはずがない狼の一体が飛びかかってくる。ステータスが上昇しているおかげで、攻撃が遅く感じる。
そいつの爪を刀で受け流し、『俺』の横を通り抜ける胴体に刀を滑らせる。内臓をぶちまけながら地面に落ちたそいつは、もう起き上がらなかった。
あと二体──
残る魔物は二体だと思った。
──これが油断を招いた。
実は群の
高レベルのウォーウルフには魔法を使える個体もいる。そんなことを転移してきたばかりの『俺』が知るわけがなかった。
ボスは仲間を犠牲に、確実に俺が避けられないタイミングで火球を撃ってきた。残る敵はボス一体だけだが、『俺』は刀を振るえる状態ではなかった。
真っ黒に焼け焦げ、動かない右腕を左手でおさえる『俺』の前まで、ウォーウルフのボスがゆっくり近づいてくる。
仲間はいなくなったが、手負いの獲物などなんとでもできる──まるでそう言わんばかりに悠々と。
他の狼と比べると圧倒的に身体がでかい。そいつが大きく口を開け、『俺』に噛みついた。
「グギャ!?」
ボスが目を見開く。
その首の後ろから刀が突き出ていた。『俺』が左手から刀を出して、ボスの首に突き刺したのだ。神様から貰ったこの刀は『俺』専用で、身体のどこからでも出し入れできた。
最初は姿を隠していたことから、このウォーウルフのボスにはかなりの知能があると気付いた。だから、刀を落としてもう戦えないと思い込ませればこいつは油断する──そう判断して『俺』は捨て身の作戦を決行した。
なんとか全ての魔物を倒した。
しかし『俺』も相当の深手を負ってしまった。右手は大火傷で全く動かず、ボスに噛まれた部分からは血が止まらない。
ティナが泣いている。
呼吸が楽になるようにと、俺の頭を抱き抱え、必死にヒールを唱えてくれている。
でも、彼女の首には魔封じの首輪が付けられており、ヒールは発動しなかった。
「なんで、なんでよ……」
涙が止まらない。
──大丈夫。
ティナ、泣かないで。
ほら、
もう大丈夫。
『俺』は掠れゆく意識の端で、サリオンがこちらに走ってくる姿を捉えていた。
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