第131話 遥人と四人の勇者(1/7)

 

「──えっ?」


 な、なんで?

 なんで俺の元の世界の名前が石碑に!?


「ハルトさん、どうかしましたか?」


 ルナは俺の元の名前を知らない。だから、俺の名前がルナの口から出てくるわけがない。


 ──本当に石碑に俺の名が記されていなければ。



「サイジョウ=ハルト様……そう、ハルト様です。私と一緒にこのダンジョンを踏破した勇者様も、ハルトというお名前でした──あ、あれ……?」


 ティナの目から涙が溢れていた。


「な、なんで? 涙が、とまらない」


 ティナは守護の勇者の名前に関する記憶を取り戻したみたいだ。


「ハルト様……」


 ティナが石碑の側にやってきた。今、ティナが呼んだのは多分、勇者の方のハルトだ。


 ティナが石碑に触れた──



 その瞬間、また俺の頭になにかが流れ込んできた。それは俺が石碑に触れた記憶だった。


 しかし、さっき見たのと少し違う。

 ティナが俺の横にいたのだ。


 そして、表面を磨かれた黒い石碑に、俺の顔が映っていた。

 


 転生する前の、元の世界の俺が。



 ──***──


 気付いたら俺は真っ白な世界にいた。


「あら、契約はここまでみたいね」


 声のした方を振り向く。

 そこには絶世の美女が、優しく微笑んでいた。


「貴女は……記憶の女神様」


 俺は彼女のことを知っている。


「うふふ、久しぶりね。ハルト」


「お久しぶりです……すみません、貴女との契約を破ってしまいました」


 俺は彼女と、ある契約を結んでいた。


「ううん、全然いいのよ。ハルトとの契約で、私のところにすっごくいっぱいの信仰心が入ってきたんだから」


 俺が記憶の女神様と交わした契約は三つ。



 俺がこの世界にいた記憶を失う。


 この世界の全ての住人が俺の名前を忘れる。


 そして、名前を忘れた俺に対するこの世界の住人たちの『想い』は全て『信仰心』に変換され、記憶の女神様の糧となる。

 


 ──そういう契約だった。


 『想い』とは、俺への感謝や愛情など。俺が百年前に救った国や街の住人たちからの感謝の気持ちが全て信仰心となって、女神様のもとに届くのだそうだ。


 その契約の対価として俺が記憶の女神様からもらったものは──



 ティナを守るための魔具。そして、それをティナに渡すためのほんの少しの時間だった。


 たったそれだけ。


 でも、当時の俺にはがどうしても必要だった。



 ティナが俺の名前を思い出したことで、女神様との契約は破られた。


「魔具はもう壊れてるし、ティナも記憶を取り戻しちゃったね。でも私は既にたくさんの信仰心をもらえたから満足してるの」


 女神様が微笑んでいた。


「そもそもハルトが戻ってくるなんて、まったく思ってなかったよ」


「えぇ……俺もです」


 俺は断片的にこの世界にいた記憶を取り戻し始めている。女神様と契約を結んだ時のことなどは思い出した。


「それじゃ、私がもらったハルトの記憶を返すね」


「い、いいのですか!?」


「もちろん! 私は十分楽しんだから」


 そう言って女神様が顔を近づけきた。


 唇に柔らかい感触が伝わる。

 女神様の透き通るような肌が目の前に──



 ──***──


 ここは……。


 見覚えのある道を歩いていた。


 ──いや、歩いていない。それでも、身体は勝手に進んでいく。


 まるで自動で動く人型ロボットの操縦席に座り、そこでロボットの視界を共有しているような感覚だった。


 交差点で立ち止まる。

 目の前を自動車が通り過ぎていった。


 今、俺がいるのはティナたちがいる世界ではなく、俺が元いた世界だった。


 でも、元の世界に帰ってきたわけではない。



 これは、俺の記憶だ。


 俺の意思とは無関係に身体が進んでいく。


 そうだ、俺はこの先の公園で、異世界の神の召喚に


 分かっているのに止まれない。



 公園についてしまった。俺は自宅と高校の往復で、毎日この公園を通り抜ける。今は学校からの帰りだ。


 見覚えのある四人がこちらに向かってくる。


 これから異世界の神によって召喚されるタカト、ダイチ、ユリ、カナの四人だ。彼らは俺の高校の近くにある塾へと通う他校の生徒だった。


 そして、これから俺とおよそ一年かけて異世界の魔王を倒す仲間でもある。


 公園の中央でタカトたちとすれ違う。


 ──その瞬間、俺たちの足元が輝いた。



 きた!

 異世界の神による召喚だ。


 どこかに身体が引っ張られる。自分で転移するのには慣れたが、他人に強制的に移動させられるのはなんだか違和感がある。


 そんな中──



『たすけて』


 今にも消えてしまいそうな声が聞こえた。


 ティナの声だ。


 この声が聞こえたから、俺は魔物に襲われるティナを救うことができた。


 まぁ、神様からスキルやステータスを貰わなかったせいで、かなり苦労することになるのだが……。


 そんなことはどうでもいい。


 さぁ、記憶の中の『俺』よ!

 さっさとティナを助けに行け!


 大丈夫、すぐにサリオンが助けに来てくれる。


 お前は時間稼ぎをするだけでいいんだ!



 神様と対面する。

 多分、神様たちの中でも偉い人。

 邪神より力があるような気がする。


 そんな神様に対して、『俺』はすぐに転移させてくれと頼んだ。


 そうだ。それでいい。


 神様が少し焦っている。当時の『俺』は気付かなかったが、神様にも無理なお願いをしていたのかもしれない。


 なんにせよ『俺』はレベル30のステータスと、ひとつのスキルをもらい異世界に転移したのだ。


 さぁ、頑張れ『俺』!

 みっともなくてもなんでもいい。



 とにかくティナを救うんだ!!

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