第130話 勇者の名

 

 最終層のボス部屋の中へと入った。


 ここには本来、白亜がドラゴンの姿で待ち構えているので、九層目までのボス部屋と比較すると圧倒的に広かった。


 ドラゴンが飛び回ってダンジョン挑戦者と戦えるくらいの広さがある。


 ちなみにその最終層のボスである白亜だが、今は可愛らしい少女の姿で、俺の少し前を歩いている。俺たちと戦う気は全くないらしい。


 ドラゴンの姿なら問題なく攻撃できるが、そのドラゴンがこんな小さな少女だと知ってしまうと、さすがに攻撃しにくい。


 ボス部屋に入ったら、白亜がドラゴンの姿になって『やっぱり私と戦え!』──などと言ってこないか心配していたが、それはなさそうだ。



 そのボス部屋の一番奥に俺の目当てのものが見えた。


 黒く、巨大な石碑だ。


 なにか文字が書いてあるのが確認できる。恐らく俺が知りたい情報──このダンジョンにティナと挑戦し踏破した、守護の勇者の名前が記されているはずだ。


 俺はその石碑に足早に近づいた。


 これでティナの記憶が封印されている理由が分かる。


 そう思っていたのだが──



「う、うそだろ……」


 その石碑の文字を読むことができなかった。


 文字の形を認識できる位置まで近づいたが、そこに記されている文字は俺が見たことのない文字だった。ルナが転移勇者のボーナスルームで手に入れた本とも違った文字だった。


「そこにはダンジョンを踏破した者の名が記されているらしイ。でモ、私も読めないノ」


 先行してひとり石碑の側まで進んだ俺のもとに、白亜がやって来てそう言った。ダンジョンの管理者である白亜ですら、この文字を読むことができないらしい。


 ダンジョンを踏破すると最終層の石碑に何らかの文字が自動で記される。その文字は、ダンジョンを踏破した者の名だと


 白亜はこのことを同族から聞いただけで、実際石碑になんと書かれているかは知らなかった。


 ティナに関しては竜族の間で噂になっていたのでその存在を知っており、更にダンジョンの管理ボードに『ダンジョン踏破者』という項目が出てきたことで、かつてこのダンジョンをクリアした者のひとりであることを把握していた。


 しかし──


「じゃあ、白亜も守護の勇者の名前は知らないのか?」


「ティナと一緒にここを踏破した人? ごめン、わからなイ」


 白亜も勇者の名前を知らないという。


 どんな本にも書かれていなかった守護の勇者の名前──それがここなら記録されているはずだと思い込み、ここまで来たのだ。


 でも、徒労に終わった。


 確かに、勇者の名前は記されていた。しかし、その文字を読めなければ俺は勇者の名前を知ることができない。



「所詮、まがい物の直感か……」


 思わず言葉が漏れる。


 俺は最近使えるようになった自分の直感を信じて、ここにみんなを連れてきた。


 ここにティナの記憶の手がかりがある気がしたこと。それから、みんなを連れていった方が良い気がしていたから、ベスティエに滞在する残り時間が少なくなっていたにもかかわらず、半ば強引にこのダンジョンへやってきたのだ。



「ハルト様、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが……」


 遅れて俺のもとにやってきたティナが心配してくれた。


「いや、大丈夫。なんでもないよ」


 ティナに守護の勇者の名前のことを話すわけにはいかない。勇者の名前を思い出せないことに気付いたティナが、また倒れてしまう恐れがあるからだ。


「そうですか……もし、なにかあれば遠慮なく言ってくださいね。私はハルト様の専属メイドで、ハルト様の妻ですから」


 ティナが少し、ほんの少しだけ悲しそうな顔をしたように見えた。きっと俺がなにか隠していると気付いている。


 でも、悪いがこれは俺の中だけで留めておこう。


「ティナ、ありがとう。ほんとに大丈夫だから」


 そう言ってティナの頭を撫でた。



「ハルト様、貴方はダンジョンを踏破したのでス。石碑に触れていただけますカ?」


 石碑のすぐ側まで進んでいた白亜がこちらを振り返り、俺にそう促した。


「うん、分かった」


 白亜の近くに寄って、石碑に手を触れる。



 ──っ!?


 なにかが俺の頭の中に入り込んできた。


 それは、俺がこの石碑に


 そんなことあるわけがない。

 だって俺は──



「あっ、ハルトさんのお名前が追加されましたね!」


「えっ!?」


 ルナの言葉に、耳を疑った。


 俺が触れたことで、石碑にはなにか文字が浮かび上がってきた。でも、その文字も元から記されていた文字と同じように、俺には読むことができなかったのだから。


「ルナ、もしかしてこの石碑の文字を読めるの?」


「はい、読めますけど……」


 少し動揺して、ルナに詰め寄ってしまった。ルナの顔が少し赤くなっている。驚かせちゃったみたいで申し訳ない。


 でも今は──


「な、なら、ここに書かれてること、全部読んでもらっていい?」


「わ、わかりました。一番上の文字は『ダンジョン制覇者』です。二番目に書かれているのが今追加されたハルトさんのお名前『ハルト=エルノール』です。そして、三番目が『ティナ=ハリベル』──ティナ先生ですね」


 ティナは百年前にこのダンジョンを踏破した時、この石碑に触れたのだろう。


 その当時はティナ=ハリベルという名前だった。


 そして石碑にはもう一行、文字が記されている。恐らくそれが、ティナと一緒にダンジョンを踏破した勇者の名前──



「最後の文字は異世界から来た勇者様のお名前みたいです」


「な、なんてかいてある!?」




「『サイジョウ=ハルト』……ハルトさんと同じお名前ですね」

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