第123話 ティナの予感

 

 神が異世界から転移させた勇者を育成する目的で創ったダンジョンはこの世界にいくつかある。


 ここは獣人の国ベスティエにある、遺跡の中に創られたダンジョンだ。


 そのダンジョン二層目のとある部屋で、ティナ=エルノールは夫であるハルトが来るのを待っていた。


 ティナの周りには、ティナと同じくハルトを夫とするエルフ族のリファや、魔族のヨウコ、精霊族のマイとメイ、獣人族のメルディが座っていた。


 ヨウコたちはハルトと結婚はしていないものの、ティナやリファと同じエルノール家の一員だ。


 ティナはイフルス魔法学園の教師で、その生徒にはここにいる者たちのほかに、ドラゴノイドのリューシンとリュカ、人族のルークとルナ、そしてハルトがいる。


 リューシンとリュカ、ルークは周囲の探索をすると言ってこの部屋から出ていった。


 彼らのレベルであれば、このダンジョン二層目の魔物など敵ではないので問題は無いはず──そう判断して、ティナは探索に出る許可をだしたのだ。


 結果として、ここに残ったのはエルノール家の一員だけとなる。


 この部屋には一層目のボスを倒した後、転移石に触れたら飛ばされた。


 ティナはおよそ百年前、転移勇者とこの遺跡に挑戦した時、同じようにこの部屋に飛ばされた経験があった。


 その時、一緒にいた転移勇者はティナとは別の部屋に飛ばされ、いくつかのアイテムを手に入れた状態でティナと合流した。それらのアイテムは転移勇者を育成するために、神が用意した特典ボーナスだ。


 そして、ティナの夫であるハルトは、異世界からの転生者だ。ティナの予想通り、ハルトはこの部屋には飛ばされなかった。


 恐らく転移勇者用の特典が置かれた部屋──ボーナスルームにいるのだろう。


 それはいい。


 それとは別で、ティナには心配していることがあった。


 ルナもこの部屋に飛ばされなかったのだ。


 ルナはレベル50ほどの、付術師見習いの女の子。


 異世界からの転生者はこちらの世界に来る際に、職業が勇者や賢者などといった三次職になる。


 なので二次職見習いのルナが、転生者である可能性は考えにくかった。


 ティナは魔力検知能力に秀でている。本気を出せば国内のどこに、誰がいるかを把握できるほどだ。


 そのティナが、ルナの魔力を検知できていないのだ。ティナは教師として、ルナの安否を心配していた。


「ルナ、大丈夫かにゃ?」


 メルディもルナを心配していた。ティナのクラスの中でメルディは特にルナと仲がいい。


「多分、この遺跡から外に飛ばされた可能性は低いです。そして、この遺跡で私の魔力検知が効かない部屋はひとつしかありません……なので、ルナさんはハルト様と一緒にいる可能性が高いです」


 ルナはハルトと一緒にボーナスルームにいる可能性が高かった。


 そして、ハルトと一緒にいるのであれば、まず身の安全は問題ないはず──そうティナは考えていた。


「ハルトさんと一緒なのであれば、ルナさんも無事なのでしょうけど……おふたり、全然出てきませんね」


 リファが呟く。


 ティナたちがこの部屋に来てから三十分ほど過ぎていた。十分過ぎたあたりでルークたちが暇を持て余し、探索に出かけたのだが、そこから二十分経ってもハルトとルナは現れなかった。


「もしかして……」


 ティナはとある予感がしていた。


「そのボーナスルームとやらに強い魔物がいて、おふたりが戦っているのでしょうか?」


 ハルトが異世界から転生してきた賢者であることは現在、エルノール家の全員が把握していた。そして、恐らくハルトがボーナスルームに飛ばされたということは、ティナが全員に教えていたのだ。


 リファはハルトがボーナスルームで魔物と戦っているのではないかと心配しているが、ティナの考えは違った。


「いえ、そうではないと思います。神がお創りになったダンジョンですので、ボーナスルームに魔物が出ることはないでしょう」


「では、なんでルナと主様が現れんのじゃ?」


「今、ハルト様とルナさんが、ふたりっきりだからです」


「「どういうことですか?」」



「実は……ハルト様は魔法学園の入学式の日に、ルナさんと仲良くなって、お屋敷で一緒に住まないかと提案していました」


 このティナの言葉に、リファやヨウコがハッとした。


「ま、まさか」

「もしや主様はルナのことを──」


「えぇ、ハルト様はルナさんに少なからず好意を持ってらっしゃると私は思います。そしてハルト様には、ご本人の意志に関わらず女性を惹き付けてしまうさががあります」


 リファは何度か魔物から守られたことがあり、気付いた時にはハルトのことが気になるようになっていた。


 ヨウコは他人の魔力を吸って成長する九尾狐という種族で、膨大な魔力を撒き散らすハルトに自然と惹かれていった。


 マイとメイはハルトが魔法を使う時の魔力の純度の高さに惹かれ、メルディはハルトの戦闘能力の高さに惚れていた。


 ハルトはみんなを惹き付けるを備えていた。


 ルークは街を歩くと、多くの女性が振り向くほどのイケメンだが、ハルトもそれに引けを取らないレベルの容姿であることも、彼女たちを魅力する要因だった。



「ですので、今、ハルト様とルナさんがボーナスルームでイチャイチャボーナスタイムしている可能性があります」


「「えっ!?」」

「そんな……」

「ず、ずるいのじゃ!」


「まぁ、とは言ってもキスくらいまででしょう」


 ティナはハルトを信頼していた。

 自分が一番、好かれている自信があった。


 その自分を差し置いて、ハルトがルナに手を出すことはない──そう確信していた。


 そして、ここにいる全員が既にハルトとキスした経験がある。


 今更ハルトが女子とキスしたくらいで、騒ぐ必要はなかった。


「もしかしたら、ルナさんがエルノール家に加わるかも知れませんね」


「あぅ、そうするとまたローテーションが……」


 リファが悲しそうな顔をする。


 寝る時、ハルトの左側は常にティナが固定で、右側をリファ、ヨウコ、マイ、メイでローテーションしていた。


 そこに最近、メルディが加わっていた。さらにルナも入る可能性があるというのだ。


 リファがハルトと寝られる日数が減るのを心配してしまうのは仕方のないことだった。


「そのへんもハルト様と相談しなきゃいけませんね。なにはともあれ、ハルト様がルナさんと手を繋いで現れたらことです。手を繋いでいなかったとしても、ルナさんの顔が赤ければことです」


 ティナが断言する。


 そして数分後──



 ティナたちが待つこの部屋に、顔を真っ赤にしたルナの手を引いたハルトがやってきて、ルナをエルノール家に迎え入れることを宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る