第121話 ルナへのご褒美

 

 お、落ち着け、俺。

 俺は賢者だろ?



 ──そう、俺は賢者だ。


 賢者モード、発動!


 ちなみに、賢者モードはただの気分的なものでたいした効果はないが、なんとなく意識を切り替えなきゃいけない時に使う。


 ちょっと冷静になれる。


 このまま至近距離で見ていたらルナを襲ってしまいそうだったので、なんとか自分の身体をルナから遠ざける。


「ご、ごめん、ルナ」


 俺はルナの上からどいて立ち上がった。

 

「いえ……倒れそうになった私を守ってくださったんですよね? ありがとうございました」


 俺が差し出した手を握って、ルナが立ち上がる。ルナの手は小さくて柔らかかった。


 あ、危ない、賢者モードが解除されかけた。


「ここは、どこなのでしょう?」


 俺の葛藤など知る由もないルナは、キョロキョロ周りを見渡す。


 この部屋は四方をぼんやりと光る石の壁に囲まれていて、どこにも出入口などなかった。


 ここが、ティナの言っていた転移勇者の特典がある部屋であれば、出るのは簡単らしいのだけど……。


 それだと、なんでルナもここへ飛ばされたのかがわからない。


 まさかルナも転移者、もしくは転生者だとでもいうのだろうか?


 しかし、ルナにはステータスボードを見せてもらったことがある。


 ルナの職業はこの世界では一般的な、付術師見習いという職だった。


 この世界の神によって転移もしくは転生させられた者は、職業が三次職に固定されるらしい。


 だから、ルナが転生者である可能性は低いと考えていた。


 ただ、ルナが転生者でなければ、この部屋は特典部屋ではないということになり、何らかの方法で脱出しなくてはならない可能性がでてくる。


 俺はルナに転生者かどうか聞くべきか悩んでいた。ルナが転生者であれば、俺と一緒にここに飛ばされたことに納得できる。しかし、それは同時に俺も転生者であるとバラすことになるのだ。


 まぁ、バレてもたいして問題ではないし、頼めばルナは他言しないでいてくれるだろう。


 そもそも出られないと決まったわけではない。普通にどこかに出入口があるかもしれないのだ。


 まずは調査しよう。


「ここがどこなのか俺にもわからない。とりあえず、この部屋を調べよう」


「わ、わかりました」


 俺とルナは、この部屋の調査を開始した。


 まず目に付くのは、四つの台座だ。

 三つは上に何も乗っていなかった。


 残るひとつの台座には、かなり古そうな本が無造作に置かれている。表紙になにか文字が書かれているが、俺は読むことができない。


 本を手に取り、開いてみたが中に書かれている文も読むことはできなかった。



「私が見てもいいですか?」


 そう言ってルナが俺から本を受け取った。ルナは古代ルーン文字をスラスラ読んだりできるので、もしかしたらこの本も読めるのかもしれない。


 ルナがページを捲っていく。


 あれ?

 なんか、普通に読めているように見える……。


 途中でページを捲る手が止まり、ルナの顔が赤くなった。そして、そのページをすごく真剣に見ていた。


「ルナ?」

「ひゃ!? えっ、あ、なんでしょうか?」


 声をかけたら、すごく驚かせてしまった。

 ルナは一心に本を読んでいた。


 それほど真剣に読むほどのことが書かれていたのだろうか?


 内容がすごく気になる。


「ルナ、これを読めるの?」


「は、はい。この本は、魔導書みたいです」


「魔導書?」


「使用を禁止され、今は詠唱すら忘れ去られた禁忌魔法や、すごく効果の高い薬の製造方法などが書かれています」


 そう言ってルナが、すごく大切そうに本を胸の前で抱えた。


「あの……この本、私がもらってもいいですか?」


「んー、いいんじゃない? ボス部屋の宝箱からゲットしたわけじゃないし、多分ルナにしか読めないから」


 俺は一応、古代ルーン文字が読めるし、最近はティナたちに教えて貰ってエルフ文字も覚え始めた。


 この世界では、そのふたつの文字が特に難解な言語として知られている。


 そのふたつの言語を多少理解できる俺が、全く読めない文字なのだ。


 多分もっと特殊な上位言語なのだろう。


「ありがとうございます!」


 ルナが見たことないくらいの笑顔になった。

 すごく可愛い。


 なんでルナがこの本をそんなに欲しがるのか気になるところだが、ルナが喜ぶ姿を見ていたらどうでも良くなった。


 その後、ルナは再び本を読み始めた。先程顔を赤くして見ていたページに何度も目を通しているようだ。


 やはり、内容が気になる……。


 禁断のを使っちゃおうかな。



 俺は読心術をオンにした。

 直ぐに、ルナの思考が伝わってくる。


(──と、火吹き草、それからドラゴンの爪ですか。火吹き草は確か学園で栽培してたはず。ドラゴンの爪は……リューシンさんに頼んだらもらえますかね?)


 なんだろう……なにか魔具でも作るための材料なのかな?


 何を作るつもりか知らないが、本来ドラゴンの爪が必要なものをドラゴノイドであるリューシンの爪で代用するつもりなんだろうか?


 いいのか?

 そんなので。


(とりあえず材料は全部揃えられそうです。問題は、どうやって飲んでもらうかですね)


 えっ?

 の、飲み物なの!?


 誰に飲ませるつもりか知らないけど、リューシンの爪が入った飲み物なんて、俺は嫌だぞ。


 ルナを止めるべきだろうか?

 いったい、ルナは何を作ろうとしてるんだ?


(んー、それにしてもこれだけの材料でバレにくい惚れ薬ができるなんて驚きです。しかも効果抜群って書いてあります。い、いきなり襲われちゃったらどうしましょうか……飲んでもらう前に覚悟をしとかないといけませんね)


 おぉ、マジか……。

 ルナが惚れ薬を作ろうとしてるよ。


 しかも、上位言語で書かれた魔導書に乗ってるレベルの超強力なやつを──


 いやいやルナさん、あなた鏡を見たことないの? 君なら惚れ薬なんて使わなくても、たいていの男はおとせるから!


(対象の体液と術者の体液を混ぜたものを触媒にすると、錬成時に成功率が上がると書いてありますが……これって今がチャンスなんじゃ──)


 ルナが俺をチラッと見てきた。


「ん?」


「あっ、いえ、なんでもありません」

(む、無理です……なんてお願いすればいいんですか? 体液を下さい──なんて言えるわけないじゃないですか!)


 えっ? も、もしかして……対象って、俺?

 な、なんで俺!?


(だいたい体液ってなんですか? 唾液とかですか? 対象と術者の体液を混ぜ合わせたものって……キ、キスすればいいってことですか!?)


 いやいや、他にもいっぱいあるでしょ!

 汗とか、血とか。


(で、でもハルトさんとふたりっきりになるなんて滅多にないことですから、この機を逃したらダメな気もします)


 まじか……本当に俺なんだな?


 ルナみたいな美少女が惚れ薬を使ってまで俺と仲良くなりたいって思ってくれてるのは、なんか嬉しい。


 まぁ、ヨウコの魅惑も効かなかった俺に、惚れ薬なんて効かないんだけどな。


(ていうか今、ハルトさんとふたりっきりなんですから、惚れ薬をどうやって作るかより、ハルトさんといっぱいお話して仲良くなった方がいいのでは?)


 そうだぞ。そうしてくれ。


 リューシンの爪が入った惚れ薬なんて、俺に飲ませようとしないでくれ。


「あ、あの……」


 ルナが俺を見てきた。


「なに?」

「い、いえ、やっぱりなんでもないです!」

(ハルトさんを意識しすぎちゃって、顔見てお話なんて……できないです)


 そこはもうちょっと頑張ってくれ。


 よし、ならばこっちから──


「ルナ、ちょっといい?」


「な、なんでしょう?」


「学園祭でさ、俺の企画したメイド喫茶で仕事を頑張ってくれただろ? おかげで大盛況だった。そのお礼をみんなにしてるんだけど、ルナは何がいい?」


「えっ」


 ルナが固まっている。

 少し、唐突過ぎたかな?


「なんでもいいよ? 言いにくいお願いもあると思って、ひとりずつ聞いてるんだ。リファやメルディたちの願いはもう叶えた。ルナとふたりで話す機会があんまりなくて、遅くなっちゃったゴメンな」


 ルークやリューシン、リュカは三人揃ってちょっと高級なレストランに連れていってあげた。それでご褒美が終わったことにしておこう。


「なんでもいいんですか?」


「うん。例えば俺がご飯作ってやったり、マッサージしたり……頭なでたりとかもあったな。あとは──」

「キス」


「そうそう、キスとか──え?」


「えっ」

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