第120話 転移/転生特典の部屋
ボス部屋に入ると、黒焦げのゴブリンファイターの死骸が光になって消えていくところだった。
この世界では、魔物を倒すとその死骸がその場に残る。そして冒険者たちはその死骸から皮や牙などを剥ぎ取り、それを売って生計を立てるのだ。
一方、ダンジョン内で倒した魔物は時間が経つと光となって消えていく。素材の剥ぎ取りもできるが、急ぐ必要があった。
しかし、魔法使いである俺たちにとって、ゴブリンファイターの素材は魅力的なものではないので、剥ぎ取りはしなかった。
ダンジョンのフロアボスを倒した楽しみはこれからだ。俺はゴブリンファイターが居た場所から後ろの方に目をやる。そこに小さな宝箱が置いてあった。
神ダンジョンにおいて、フロア内の宝箱は中身が補充されないことが多いが、ボス部屋の宝箱だけはボスが倒される度に補充されるのだ。
そして、そのボス部屋の宝箱からは割といいアイテムが手に入る。装備品が出ることはあまり期待できないのだけど……。
俺が宝箱を開けると、中に紫色の液体が詰まった小瓶──上級回復薬が入っていた。上級回復薬は体力と魔力を全回復してくれるアイテムだ。ダンジョン一層目の戦利品としては良い方だと思う。
ダンジョンで手に入れたアイテムは、ゲットした人のものにしているが、ボス部屋の宝箱から得たアイテムだけは、
さて、第二層に移動しよう。
ダンジョンでは階段や転移石で別のフロアに移動することになる。転移石とは、触れると自動で特定の場所に転移させられる石のことだ。
このダンジョンでは、転移石で各層を移動するようだ。宝箱より更に後ろに白い石碑が立っていた。これが転移石だ。世界樹の中にあったダンジョンの転移石よりはだいぶ小さいが、石に掘られている模様はなんとなく似ている。
ちなみに階段で移動するタイプのダンジョンは、最終層まで行けば地上に戻る転移石があることが多いが、それ以外の層の移動ではわざわざ階段で昇り降りしなくてはいけない。
例えば四層目までダンジョンを攻略し、途中で帰りたくなった時、三層目から一層目までを全て通らなくては帰れない。
転移石のあるダンジョンでは、各層のボス部屋に転移石があって、攻略した層であればどこへでも移動が可能だ。だから冒険者たちには転移石のあるダンジョンの方が人気だった。
行ったことのある場所に魔法陣さえ設置してしまえば、だいたいどこへでも転移できる俺にはあまり関係のない話だけど。
転移石の周りにみんなが集まってきた。
「ハルト様、少しよろしいですか?」
ティナに呼ばれて、俺は転移石から離れてティナのもとへ移動する。
「なに、どうかしたの?」
「あの転移石で次の層に移動すると、ハルト様だけ別の部屋に飛ばされる可能性があります」
小声でティナがそう行ってきた。
「えっ、なんで?」
「私と守護の勇者様がこのダンジョンに挑戦した時、そうだったからです。私は何も無い部屋に移動させられ、勇者様はいくつかのアイテムが置いてある部屋に移動させられました」
神ダンジョンは異世界からきた勇者を育成するためにある。だから、転移勇者がやってきた時、特典を受け取れるようになっているようだ。
しかし、俺は勇者じゃない。それに俺を転生させたのは邪神だ。果たして俺にもその転移勇者特典が適用されるのだろうか?
ティナもそのことは知っていたが、いきなりみんなと別の場所に移動されても俺が焦ることのないようにと一応、伝えてくれたのだ。
「分かった、教えてくれてありがと。部屋からはすぐ出られそう?」
「えぇ。守護の勇者様は、私が入ることのできない部屋に飛ばされましたが、その部屋から出るのは簡単だったそうです。もしバラバラになったら、私はリファさんたちと待機していますからご安心くださいね」
ダンジョン内でも、みんなの魔力は検知できた。だからちょっとはぐれたとしても、直ぐに合流できるだろう。
最悪、ティナに持たせた魔石に転移用の魔法陣が描かれているので、それを目印に転移すればいいのだ。
「おっけー。じゃ、行こうか」
「はい」
俺はティナと転移石の所へ戻り、俺たちを待ってくれていたみんなと同時に転移石に手を触れた。
──***──
無事、次の層に移動できた。
ティナが言っていたように、俺はみんなとは別の所に転移させられたみたいだ。四つの石の台座がある部屋に俺はいた。
そして、ここに転移してきたのは俺だけじゃなかった。
「ハ、ハルトさん……」
ルナが俺の下で顔を赤くしている。
何故かルナもこの部屋に転移してきたのだ。
転移する際には、身体を強引に引っ張られる感覚があり、慣れないと転移先で転けてしまう。俺は普段から転移をよく使うので慣れているが、ルナはそうではなかった。
この部屋に俺が転移した直後、俺のすぐ横にルナが転移してきた。そしてルナがバランスを崩し、倒れそうになったので俺は咄嗟にルナの頭を手で守りながら抱き抱えた。
俺以外に誰か来ると思ってなくて焦ってしまったんだ。だから、俺もルナと一緒に倒れた。結果としてルナを押し倒すような体勢になってしまった。
俺の手で守ったので、ルナが石の床に頭を打たなくて良かった。もちろん、俺の手にダメージなんて無い。
でも、このルナを押し倒したような体勢……どうしよう?
普通なら謝って、ササッと立ち上がるのだが、身体が動かなかった。こんなに至近距離でルナを見たのは初めてだった。
すごく可愛い。
学園に入学した時からルナのことは可愛いなって思ってた。でも、改めて近くで見ると魅入ってしまう。
やっぱり、ルナって可愛いよな。
こっちの世界に来てから見た人族の女の子の中ではダントツだ。美の種族とも言われるエルフや、芸術品レベルの綺麗さの精霊が周りにいるせいで霞みがちだが、ルナも美少女だった。
ルナが欲しくなる。
いやいやいや、俺にはティナとリファがいるだろ!? 浮気はダメ、絶対!
それにルナはルークといい感じ──って、あれ? ルークはエルフの彼女できたよな?
てことは今、ルナはフリーってことか!?
よし!
──って、なにが『よし!』なんですか!?
これ、浮気じゃないか!
第一、ルナが俺のことなんかなんとも思ってないかもしれない。
入学したての頃、屋敷の部屋が余ってるから、ここで暮らしたら? ──と提案したことがあるけど、やんわり断られてしまった。
落ち着け、俺。
落ち着くために、素数を数えよう。
……素数って、なんだっけ?
賢者であるはずの俺の脳は、正常に動作しなくなっていた。
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