第118話 ティナの記憶
獣人の国にきて、三週間が過ぎた。
イフルス魔法学園に帰るまで、あと一週間。
今週は、ベスティエにある遺跡を探索することになっている。その遺跡は内部がダンジョンになっているのだが、百年前に魔王を倒した勇者の
ダンジョンには、かつての勇者が残した装備やアイテムがあるかもしれない。事実、勇者たちが訪れた別のダンジョンからは、勇者が使用していた武器などが見つかっている。
そうしたアイテムなどは次の勇者に受け継がれるべきだという考えから、かつての勇者が踏破したダンジョンのいくつかは現在、封鎖されているのだ。
そんな遺跡に入れることになった。俺がこの国の所有者になり、更にティナが勇者の末裔であるので、文句を言う者はいなかった。
とは言え、無闇に遺跡を破壊したりすることはやめて欲しいと、獣人王であるレオに頼まれている。
俺が遺跡に入る目的は、ティナが好きだったという勇者の軌跡を辿ることだった。
どんな人だったのか、気になっていたから。
俺は特に勇者の名前を知りたかった。
百年前に魔王を倒した勇者は五人いた。その勇者たちは魔王を倒し、世界を救ったのだ。当然、彼らに関する情報は、様々な書籍に記録されていた。
しかしティナが好きだったという勇者だけ、何故かどんな本にも名前が書かれていなかったのだ。人々に『守護の勇者』と呼ばれていた彼は、後ろに護るべき人が居ると強くなったのだという。
しかし、それ以外の情報はほとんどなかった。
どんな魔物を討伐したのかなどの記録はあったものの、名前や容姿、戦闘スタイルなどに関する記述はどんな本にも書かれていなかった。
世界を救った英雄のひとりであるにもかかわらず、彼だけ肖像画や石像なども作られていないという。
なにか特別な事情でもあるのだろうか?
数年前、勇者の名前くらいは聞いてもいいかと思って、ティナに尋ねたことがある。
──***──
「ティナ、ちょっといい?」
「なんでしょうか?」
「ティナと、一緒に旅をしたっていう勇者。彼の名前がどんな本にも書いてないんだけど……これはなんでか知ってる?」
「あぁ、それはですね、彼がどれだけ人を救っても頑なに名乗らなかったからです」
「名乗らなかった? なんで?」
「彼は、本物の勇者の力を持ってなくて、私と一緒に戦わなくてはいけないことが恥ずかしいから──と言っておられました」
守護の勇者は、神から貰うべきスキルやステータスを受け取らずに、こちらの世界に転移してきた。ティナを助けるために。
ティナを助けることには成功したが、その勇者の力は本来の転移勇者と比べると弱すぎた。それでも彼は勇者として人々を救い続けた。
──ティナの力を、借りながら。
ティナには『勇者の血を継ぐ者』という加護があった。勇者の血縁に隔世的に現れる加護だという。
ティナと守護の勇者は互いに高め合いながら、多くの国や街を魔物の脅威から救っていったのだ。
「そうなんだ……でも、さすがにティナは彼の名前を聞いたんじゃない?」
「もちろんです! 彼は──」
ティナの表情がこわばった。
「彼は、勇者様のお名前は──な、なんで……なんで?」
「お、おい、ティナ大丈夫か!?」
ティナの顔が真っ青になる。
勇者の名前が出てこない。
ただ思い出せないだけではないようだ。
まるで、勇者の名前に関する記憶を誰かに奪われたかのように狼狽える。
そして──
「ティナ!」
ティナが意識を失い倒れた。
尋常ではない量の汗をかいている。
その後、ティナは意識を取り戻したものの、俺との会話を覚えていなかった。ティナのステータスを確認させてもらったが、異常はなかった。
でも、先程のティナの様子は……。
まるで何かが守護の勇者に関する記憶を無理やり封印している──そんな感じがした。
──***──
俺はそれ以降、ティナに守護の勇者に関することを聞かないようにしてきた。
そして俺は今日、勇者の名前もしくはティナの記憶に関する何かの情報がこの遺跡で見つかるかもしれないと思っていた。
ここは、ティナと守護の勇者がふたりで踏破した最初の遺跡だったからだ。
勇者の名前を思い出そうとしただけで倒れてしまったティナを連れていくのは少し不安だったが逆に、消された、もしくは封じられたティナの記憶を取り戻せるかもしれないという予感があった。
「皆、用意はいいか?」
「「「もちろん!」」」
遺跡のダンジョンにはティナを含む、クラスメイト全員で挑む。
このメンバーであれば、守護の勇者とティナが踏破するのに一ヶ月かかったというダンジョンだったとしても一週間でクリアできるだろう。
ダンジョンを踏破した後、勇者とティナはレベル100ほどまでレベルアップできたのだという話を聞き、既にレベル100を優に超えるメンバーが数人いる俺たちなら問題ない──そう予測した。
もし一週間で踏破できなくても、転移で一旦イフルス魔法学園に帰って、また時間のある時に挑戦すればいいのだ。
俺たちは遺跡のダンジョンへと足を踏み入れた。
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