第114話 ルナの過去(1/4)

 

 翌朝、目が覚めました。

 ベッドには、私ひとりでした。


 魔法学園のイベントで学外遠征する際は、誰かと相部屋で泊まることが多くありました。私はいつもメルディさんと一緒だったのです。


 そして、初めの頃はふたり別々のベッドで寝ていたのですが、いつからかメルディさんが私のベッドに入り込んでくるようになりました。


 私は誰かと寝るのが好きでした。

 だからメルディさんと一緒に寝られて、すごく嬉しかったんです。それで私は、クラスの皆と旅行に行くのが楽しみになりました。


 でも、そのメルディさんは昨日、ハルトさんのものになってしまいました。一昨日までは一緒にいたこの部屋に、昨晩メルディさんは来ませんでした。



『メルディを貰っていく。文句がある奴は今ここに出てこい』


 ──昨日のハルトさんの言葉を思い出しました。


 昨晩は、ハルトさんカッコ良い──って思いましたけど、今はちょっとハルトさんが恨めしいです。


 私と一緒に寝てくれるメルディさんを、奪っていったのですから。今の私があの場にいたら『異議あり!』って、申し出るかも知れません。


 ……いえ、やっぱりそれはないですね。


 私なんかが、どう足掻いたってハルトさんからメルディさんを奪い返せるわけありません。


 だったらせめて、私もエルノール家に入れてほしいです!


 ハルトさんと結婚するってのはまだ早い気がしますけど、ヨウコさんやマイさんたちだってハルトさんのお家に住んでて、一緒に寝てるらしいじゃないですか。


 私とも寝てくれたっていいはずです!


 だいたい、ハルトさんとお友達になったのは、リファさんやヨウコさんより、私の方がずっと早かったんですからね?


 私はハルトさんとイフルス魔法学園の入学式の日に知り合って、お友達になったんです。


 ハルトさんの魔法学園でのお友達、第二号なんです。ちなみに、お友達第一号は僅差でルークさんでした。


 そのハルトさんとお友達になった日、ハルトさんのお屋敷に招待されました。


 その時、実はハルトさんから『部屋余ってるから、良かったらルークとルナもここに住まない? 家賃、タダだよ』──って、提案されていたんです。


 奨学金を頂いて生活している私は、生活費が結構カツカツなので、そのハルトさんの提案に飛びつきそうになりました。


 ですが、出会って一日目の男性のお家に住まわせていただくのなんて、さすがにどうかなって思って、断ってしまいました。


 今の私なら、即決で住まわせていただきます!


 ハルトさん……もう一回誘ってくれないかな?



 ──***──


 気付けば、お昼になってしまいました。


 昨日までクラスの皆と一緒に行動していたので、今日は各自好きにベスティエを散策することになっていました。


 いつもはメルディさんと行動するんですが──


 今日は一日、ひとりです。

 寂しいです。


 大して動いてないので、お腹が減ってません。だから、部屋から出る気にもならないのです。


 こんな時、私は自分の書いた日記を読み返すのが好きでした。


 ……そうですね。


 久しぶりに一冊目の日記でも読み返してみましょうか。


 私はカバンから少しボロボロになった日記を取り出しました。それを読みながら、この世界にやってきた時のことを思い出します。



 ──***──


 私はこの世界に来る前、くれない 葉月はづきという名前でした。


 中学一年生、十二歳でした。


 実は脳に軽い障害があり、記憶力が他の人より悪かったんです。


 ある日の出来事を数日後には忘れてしまう──そんな症状がありました。


 立てた予定や計画は割と覚えていられますが、過去のことを記憶するのが特に苦手だったのです。


 だから私は、毎日の出来事をこと細かく日記に書いていました。


 もちろん、勉強も苦手でした。


 単語や地名、数式などを覚えようとしても、数日後には断片的にしか思い出せなくなってしまうからです。


 私は皆の何倍も教科書や参考書を読んで、何回も単語や数式をノートに書いて、必死に勉強しました。それでなんとか皆と同じ授業を受けることができていたのです。



 そんな私、葉月は学校帰りに立ち寄ったコンビニで強盗と遭遇して、殺されました。


 実にあっさり死にました。


 普段、コンビニなんて寄らないのに、何故かその時はアイスが食べたくなったんです。


 コンビニに入ろうとした時、覆面を被った人が走ってきて、私に体当たりしてきました。胸が熱く感じて、目線を下に落としたらナイフの柄が私の胸から生えていました。


 どうやら刺されたみたいです。

 目の前が赤くなっていったのを覚えてます。


 私、頑張ってきたのに。

 皆より頭が悪いから、必死に努力しました。


 なのに──


 神様って、いないのかな?


 そう思ったのを最後に、私の目の前は真っ暗になりました。




 その後、私は気付いたら真っ白な空間にいました。自分が立っているのか、寝ているのかも分からないような、上も下もない空間でした。


 そこが天国かと思いました。そしてその考えは、そんなに間違ってはいませんでした。


 その空間には女神様が居たのです。

 とても美しい方でした。


 彼女は元の世界の、美と知を司る女神様でした。


 その女神様が、私に提案してくださいました。


『このまま死ねば、貴女の存在は無くなります。ですが、貴女の知ることへの欲望を世界から無くしてしまうには惜しいのです。どうでしょう?別の世界で新たな人生を送りませんか?』──と。


 女神様でも、私を元の世界で生き返らせることはできないみたいです。だから、別の世界に私の魂を送り付け、そこで私を転生させて下さるとのこと。


 私は少し悩みました。

 まだ生きられるのなら生きたい。

 でも、必死に学び続けるのはもう限界です。


『もし、提案を受けていただけるなら貴方は異世界に転生することになるのですが、その際にいくつかの特典を付けることができます。何か望みはありますか?』


 ──そう女神様に聞かれました。


「記憶力を良くしてほしいです!」


 即答でした。

 新しいことを知るのは好きでしたから。

 知ったことを覚えて、知識とする。


 を、私は欲したのです。


『私は知の女神です。その願いは、容易に叶えることができます。そして、貴女がどんな情報でも認識できるよう、言語理解というスキルも付与しておきます』


 私はこの女神様の言葉を大変喜びました。


 覚える力に加えて、知る力も下さるというのですから。


 そして、私はこの世界にルナ=ディレットとして転生したのです。




 ですが私は、異世界のことなど何も分かっていなかったのです。モンスターが居て、それと戦わなくちゃいけないなんて知りませんでした。


 私が貰ったスキルは『絶対記憶』と『言語理解』のふたつ。絶対記憶の効果は、記憶しようと思いながら見たり聞いたりしたものは絶対に忘れないってものです。言語理解はあらゆる言葉や、文字を理解できるというもの。


 平和な国で暮らしていた十二歳の私が、全く戦闘向きじゃないスキルだけを貰って、モンスターが闊歩する世界で生きていかなくてはいけないというハードな転生物語がスタートしてしまったのです。

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