第111話 武神武闘会の勝者

 

「こ、これは!」


 レオが俺の魔法陣の規模に驚く。


 無理もない。一文字に10の魔力を注ぎ込んで、およそ十万字で書き上げた魔法陣だから。


 俺はレオの速度に対抗しうる者を、この場に呼び寄せたのだ。


 水の精霊王ウンディーネでも、千文字の魔法陣で一日顕現させることが可能だ。


 しかしは、持ってる魔力が膨大過ぎて、呼び寄せるだけもウンディーネを召喚する時以上の魔力を消費する。


 更にとある理由から、俺はウンディーネ召喚時のおよそ百倍もの魔力を注ぎ込んで、コイツを召喚した。


 当然、呼び寄せることによるメリットも大きい。伝承によると、そいつは数多の獣を従え、あらゆる獣の中で最も速く走れる能力を持っている。


 さぁ今こそ、その真価を見せるときだ!


 闘技台の中央に巨大な火柱が上がった。


 そして、その火柱が消えた場所に──



 丸まってスヤスヤ眠る、真っ白な子犬が現れた。


「……あれ?」


 ちょっと思っていたのと違った。


 俺がここに呼び寄せたのは、我がエルノール家に居候する神獣フェンリルのシロだ。


 シロはグレンデールのイフルス魔法学園にある俺の屋敷で留守番をしていた。それをここ、ベスティエの円形闘技場へ呼び寄せたのだ。


 ちゃんとシロを呼び寄せられた。

 うん、それは良い。


 しかし、登場の仕方が問題だった。


 俺と召喚契約を結んでいる火の精霊マイと水の精霊メイは、召喚時に魔力を多めに渡すことでその姿を変化させた。


 だから魔力を余分に注ぎ込んで召喚すれば、シロも元の姿になって現れると思っていた。


 そして、その雄々しい姿でレオを威嚇する──そうしてもらうつもりだった。



 しかし、シロは子犬の姿のまま現れた。

 正確には子狼だが。


 更に強制的に召喚されたにもかかわらず、シロは寝続けている。


 ……図太いな。

 さすがは神獣、大物だ。


 しかし、今はちょっとまずい。


「おーい、シロ?」


「んむぅ……もぅ、お腹いっぱい」


 幸せな夢を見ているようだ。

 悪いけど、起きてもらおう。


 シロの身体をべしべし叩いた。


「い、痛い痛い! な、なんだ!? ──あっ、ハルト」


「おはよう」


「おはよう──って、ここはどこだ!?」


 シロが周りをキョロキョロ見渡す。


「まさか、ベスティエか?」


「正解!」


 シロは俺たちがベスティエに来ていることを知っていた。そして周りに獣人たちが大勢いたことで、ここがベスティエだと気付いたようだ。


「な、何がどうなっておる? 魔人の襲来で多くの獣人が傷付いたから急遽ティナたちを連れて支援に行ったのではないか? 魔人はどうなった? そして、これはなんだ?」


「あー、魔人は倒した。そんで、傷付いた獣人たちも助けた。今は武神武闘会の決勝で、相手がそこにいる」


 俺が指差す先には、レオがシロを見ながら口を開けて固まっていた。


「そ、そんな……まさか、神獣、フェンリル様?」


 獣人は神獣の眷属であり、獣人にとって神獣はその身を捧げて世話をする対象なのだ。シロが子犬姿でもフェンリルであるとメルディが気付いたように、レオもシロの正体に気付いたようだ。


「なんだ、敵は獣人なのか……ちょっとやりにくいのだが」


「そこをなんとか頼むよ。あいつ速すぎて俺の攻撃当たんないんだよ。グレンデール帰ったらティナにカレー作ってもらうからさ」


「……大盛りか?」


「あぁ、大盛りで作ってもらう」


「仕方ないなぁ」


 そう言ってレオに向かって歩くシロの尻尾は、大きく左右に揺れていた。


 シロの周りを風が舞う。


 その風が消えた時、大きく真っ白な狼が立っていた。これが、シロの本来の姿だ。



「そこの獣人、悪いが大盛りカレーのために負けてくれ」


 そう言ったシロの姿が消えた。


「ぐはっ!」


 レオが吹っ飛ぶ。

 シロが超高速で、レオにタックルしたのだ。


 疾風迅雷の魔衣を纏うレオですら避けられないほどのスピードだった。


 吹っ飛んだレオは、闘技台から落ちないように何とか耐えた。


 でも、動きは止まっている。


「シロ、伏せろ!」


 俺の声に反応し、シロが瞬時に伏せた。

 その頭上を高速で俺の放った飛拳が飛んでいく。


 シロがレオに突っ込んだ時に、俺は魔衣を右手に集めて飛拳を撃つ準備をしていた。レオがシロの攻撃に耐えた時のため、保険をかけたのだ。


 その俺の攻撃がレオに──



 当たらなかった。


 レオは身体を捻って俺の攻撃を躱した。


 高い防御力を誇るレオを闘技台から落とすにはそれなりの力がいる。猫の獣人兵サリーと対戦した時のように巨大な壁で押し出すのではレオに耐えられる可能性があった。


 だから範囲を絞って威力を上げたのだが、裏目に出てしまったようだ。


「ぐっ、ま、まだまだぁ!」


 シロのタックルでかなりダメージを負ったようだが、レオにはまだ戦闘継続の意思があった。


 でも──


「俺の攻撃もまだ終わりじゃないぞ?」


「なん──ぐへぶっ!」


 シロのおかげて隙ができたのだ。

 そんなチャンスを逃すはずがない。


 一撃目は避けられたが、俺はそれとは別に八発の飛拳を放っていた。


 先程レオに殴られたのと同じ数だ。

 まぁ、ダメージは負わなかったんだけど。


 喰らえ、お返しだ!


 武の神殿で火を消した時とは違い、魔法を固めて打ち出していいなら、飛拳はカーブした軌跡でも放てる。


 八方から少しずつタイミングをズラして、俺の飛拳がレオに着弾していく。もちろん、一撃一撃が不倒ノ的を倒した攻撃と同じ威力だ。


 八発全てがヒットした。



 ──しかし、レオは耐えた。


 不倒ノ的を八回も破壊できる攻撃を受けても尚、元獣人王は闘技台の上に立っていたのだ。


「マジかよ、どんだけタフなんだ……」


 思わず言葉が漏れる。


 しかし、さすがに限界だったようだ。

 レオはゆっくりと後ろに倒れていった。


 闘技台の下へとレオが落ちる。



 勝った。

 俺の勝利だ。


 シロが空に向かって咆哮した。


 獣人は神獣の眷属だ。

 シロにつられるように、円形闘技場にいる全ての獣人たちが雄叫びを上げる。


 それは、俺の勝利を祝福する大合唱となった。

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