第110話 賢者 vs 賢者

 

「ハルト殿、我が娘をありがとう。それから、決勝では例の剣を使用してもいいぞ」


「いいの?」


 気を失っているメルディを医療チームに引き渡していたら、レオが話しかけてきた。


「あぁ、我は全力のハルト殿と戦ってみたい。たとえ身体が斬り刻まれようともな」


「……でも、それを治すの、俺じゃない?」


「ははは、さすがにそこまで甘えんよ。もし腕が斬り落とされても、そのままで良い。仮に死んだら、そこまでだったと諦める。そんなことより、我──いや、俺は全力のハルトと戦いたい」


 自分の命より戦いを望むのか。

 獣人って種族は、つくづく戦闘狂が多い。


 でも、望むなら全力でやってやろう。


 もちろん、メルディの父であるレオを死なせてしまうようなことは極力避けるし、本人は不要と言っているが、もしもの時はリュカに頼んで蘇生してもらうつもりだ。


 賢者ルアーノとは戦ったことが無いので、この世界に来て初めての賢者との死合になる。


 俺が死んじゃった時のためにも、リュカには声をかけておこう。



「分かった。全力を出そう」


「ありがとう、感謝する」


 決勝までの間に、少し時間がある。

 レオは俺に背を向けて控え室に向かう。


 しかし何かを思い出したかのように途中でその歩みを止め、俺に向き直った。


「ハルト殿には、魔人の呪いから命を救われた借りがある。だからひとつ、俺の能力スキルを教えておこう」


「能力?」


「俺はノックバック(極大)という能力を持っている。どんな弱い攻撃でも、当たれば必ず敵を吹き飛ばす」


 えっ、それって──


「正直、戦闘で圧倒的優位になるほどの能力ではない。しかし、限られた空間から出たら負けというルールのあるこの武闘大会において、この能力は脅威となるだろう」


 どんな攻撃でも当たれば相手を吹き飛ばす。

 そしてこの武神武闘会では、五十メートル四方の闘技台から落ちたら負けになる。


 つまり、レオの攻撃は全て避けなければならないのだ。


 しかし、先程のメルディ戦でレオが見せた魔衣は、風と雷の魔法を付与した疾風迅雷の鎧と化し、それを纏ったレオは、速度特化のメルディの攻撃を易々と捉えていた。


 えっ、ヤバくね?


 攻撃は避けなくてはいけないのに、どう足掻いても避けられるような速度ではない。


 俺の最速の戦闘方法が、レオと同じく疾風迅雷の魔衣を纏ったスタイルなのだ。



 ちなみに魔人との戦闘時、レオはノーマルの魔衣だけで戦ったらしい。魔法を禁止しているこの国で、公に訓練することができず、速度や移動距離のコントロールが不完全なんだとか。


 その状態で魔人を攻撃すれば、周囲にいる仲間の獣人たちを巻き込んでしまう恐れがあった。


 しかし、この武闘会の相手は俺ひとり。周囲に気を使うことなく、全速力で俺を攻撃することができてしまう。



 レオは言いたいことを全て俺に伝え終え、控え室に向かって歩いていった。


 んー、どうしようかな?


 ちょっと戦闘プランを変更しなくては。



 ──***──


 武神武闘会、決勝が間もなく始まる。

 闘技台の上に立ち、レオと対面した。


「ひとつ確認がしたい。ハルト殿が優勝したら、メルディが欲しいのだな?」


「えぇ、欲しいです」


 メルディの肉球を好きにする権利が!


 あと、できれば色んな獣人の肉球を触ったり、尻尾とかもふもふする権利も欲しいです。



「そうか……ならば我を倒し、その力をこの国に居る全ての獣人に示せ!」


「はい!!」


 よし、肉球ともふもふのために頑張ろう。


 俺は背負っていた覇国を手に取り、構えた。

 レオも戦闘態勢になる。



 決勝が始まった。


 俺とレオはほぼ同時に疾風迅雷の魔衣を纏う。魔衣の完成は俺の方が早かったが、その後の攻撃に移る速度はレオの方が早かった。



「──ぐっ!」


 覇国を闘技台に突き刺し、レオの攻撃を受ける。何とか防ぐことができた。


 直ぐに覇国を振ってレオを牽制する。


 いきなり、最高速で来るとは……。

 初撃から避けることができなかった。


 明らかにメルディと戦っていた時より速度が増している。メルディ戦の時でも、レオは全力じゃなかったのだろう。


 魔衣の練度で言えば俺の方が圧倒的に上のはずなのに、元のステータスが違いすぎるせいか、スピードでレオに負けていた。



「今のを防ぐか……やはり、さすがだ。では、これはどうかな?」


 さっきよりも速い速度でレオが突っ込んでくる。


 う、嘘だろ!

 まだスピード上がるのか!?


 ギリギリのところでレオの拳を防ぐ。



 ──防いだはずだった。


「えっ!?」


 俺に殴りかかってきたレオが急に消えた。



「残像だ」


 後ろからの声に反応し、振り返る。


 レオが俺に向かって拳を突き出していた。


 時間がゆっくり流れるように感じる。



 あぁ、これはあれだ。

 死に際の時間が遅く感じる現象。


 確実に避けられない。


 俺は極限まで圧縮された時間の中で、レオの拳が顔面に迫り来るのを見ていた。




 ペシッ



 ──ん?


「は?」


 レオの拳が、俺の頬に当たった。


 しかし、俺は吹っ飛ぶどころか、痛みすら感じなかった。


 レオは俺の頬に拳を当てた状態で固まっている。



 よく分からないが、とりあえず覇国を振った。


「あぶねっ!」


 レオはそれをギリギリ避ける。



「ど、どうなっている? 何故、吹き飛ばん!?」


 レオが驚いていた。


 どうなっていると言われても、俺も意味が分からない。


 だって、のだから。


 これまでは魔法で、敵を寄せ付けることすらせず勝利してきた。だからここまで接近されたことは無かったし、殴られたのも当然、初めてだった。



 そういえば俺って、魔力は固定で無限みたいなもんだよな?


 ──ってことは、体力も?

 体力が無限だとして、どうなるんだ?

 ダメージが入らないってことか?


 いや、それでもスキルノックバックの効果を受けなかったのはなんでだ?



「……あっ!」


 一つ思い当たることがあった。


 俺はステータスが──


 状態:呪い(ステータス固定)〘固定〙


 となっている。



 もしかして、この状態って、ノックバックとかも含むんじゃないか?


 状態が〘固定〙されているのでノックバックすらしない──そう考えると納得がいく。



 よし、検証してみよう!


 俺は覇国を構えて、レオに突撃した。



「くっ、舐めるな!!」


 レオからしたら遅い速度で向かってくる俺の攻撃を、レオは簡単に避けた。


 そして──



「これならどうだ!」


 レオが八人になった。


 移動速度に緩急を付け、更に魔力の塊を残すことで残像による分身を創り出したのだ。



 その八人のレオが、同時に殴りかかってきた。




 ペシペシペシペシペシペシペシペシッ



 うん、全然痛くない。


 レオの拳が、俺の顔に、腹に、肩、腕、脚に当たるが、どこに当たってもダメージはなかった。


「せいやぁ!」

「うぐっ!?」


 覇国を横薙ぎして、八人のレオを斬り裂く。


 本体は致命傷を避けたようだが、胸の部分が斬れ、毛皮を血が滴っていた。


「な、なぜだぁぁあ! 何故、俺の全力で仰け反らせることすらできない!?」


「ステータスの差、かな?」


 嘘は言ってない。


「ば、馬鹿な……いったいどんな」


 驚愕するレオ。

 一方で俺は、検証が成功して満足していた。


 もう、いいかな?

 あんまりダラダラしても仕方ないし。


 しかし現状、レオを捉えられる攻撃手段がない。炎の騎士などを出しても、レオには直ぐにやられて意味はなさそうだ。


 そこで俺は──



「来い! ファイアランス!!」


 この世界の最高戦力であり、レオに対抗しうる力を持つ者を呼び寄せることにした。

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