第99話 猫娘と竜人の一撃

 

「それじゃ、いってくるにゃ」


「あぁ、一撃かましてやれ」

「頑張れよ」


 俺とリューシンがメルディを後押しする。

 メルディならやれるはずだ。


 メルディが的の前に立つと、周囲の獣人が騒ぎ始めた。


「おい、アレ!」

「メ、メルディ様じゃないか!?」

「いつお帰りになったんだ?」

「ついに、武闘会に出られるのか……」


 皆、メルディの登場に驚いていた。


 俺とリュカ、ティナが国軍の治癒をしていた時、メルディは獣人王のもとに居たので、メルディが帰郷していることはあまり広まっていなかった。


 そして、メルディが武神武闘会に出るのはこれが初めてなのだとか。


「しかし、メルディ様は魔法あってこそだろ?」

「あぁ、物理系は平均よりちょっと上くらいだ」

「魔法無しで本戦行けると思ってるのか?」


 ちょっとメルディを小馬鹿にした発言も聞こえてきた。


 魔法職なのに魔法使わない戦闘で、この国で平均以上の強さって十分じゃないか?


 しかも今のメルディは魔法と認識されない魔法を使える。


 さぁ、やってしまえ、メルディ!



 メルディは周りの獣人の声など気にせず、集中していた。


 全身から魔力を放出する。


 肉体強化魔法は使用できるので、既に使用している。高レベルの魔法職であるメルディが、全力の魔法で自分の身体能力を強化している。


 この時点でメルディは、物理職の獣人と同等かそれ以上の物理攻撃力になっていた。


 だが、この程度で的は破壊できない。


 的の表面には斬撃耐性や刺突耐性を持つキレヌーという牛みたいな魔物の皮が使われていて、的の中には衝撃を吸収しやすい鋼砂こうさという砂が詰め込まれている。


 この構造によって、的は斬っても突いても傷が付きにくく、尚且つ打撃への耐性も高いのだ。


 だからメルディは、的を破壊するために一段階自分の技を昇華させる必要があった。


 彼女は放出した魔力を、自分の周囲に集めた。まだまだ収束が甘く、完成形とは言えないが一応、魔衣として形になっている。


 的に向かって両手を上げ、ファイティングポーズをとる。


 そして的に、右の拳を突き出した。


 その拳が的に当たる瞬間──



 メルディは全身に纏っていた魔力を、拳に超高速で移動させた。


 拳と魔力の塊が刹那の時を空けず、同時に的に到達する。


 メルディの拳が当たったのと反対側──的の裏側から盛大に鋼砂が吹き出した。


 鋼砂がメルディの拳から生じた衝撃波を吸収しきれず、キレヌーの皮で作られている的の表皮を内側からぶち破って飛び出したのだ。


「おおぉぉぉぉ!」

「す、すげぇ、メルディ様すげぇ」

「おい、見たか? 魔法検知の水晶玉、反応しなかったよな!?」

「あ、あぁ! 反応してない!!」

「ついにメルディ様が、魔法無しでここまでの力を」


 獣人達から歓声が上がる。


 先程、メルディを小馬鹿にしていた獣人たちも反応がコロッと変わっていた。やはり獣人族は強い者に憧れるという性質があるので、こうして力を見せつけてやるのが一番手っ取り早い。


 ちなみに、メルディがやったのは魔衣の応用だ。物理攻撃を行う瞬間、全く同時に魔力の塊を当てるとそこに衝撃波が生まれる。


 ただ魔力を手に纏って殴るのとは違う。魔力を移動させ攻撃対象にぶつける必要があるのだが、この魔力をぶつけるタイミングが非常に難しい。


 俺はの修得に二年ほどかかったというのに、メルディに教えたら僅か二日でできるようになってしまった。


 獣人娘のバトルセンス……恐るべし。



「ハルト、やったにゃ!」


「メルディ、良くやった。完璧だったぞ」


 俺は、嬉しそうに戻ってきたメルディの頭を撫でてやる。


「えへへー」


 気持ちよさそうに目を細めるメルディが結構、可愛く見えた。



「さぁ、次は俺がやってくるよ」


 そう言ってリューシンが、的に向かって歩いていった。


「がんばれよ」

「リューシン、ファイトにゃ!」


 リューシンは振り返らずに、手を振った。


 まぁ、リューシンは全く問題無いだろ。


 彼はガチの魔法無しで、俺の炎の騎士を倒せる力があるのだから。



 メルディが破壊した的とは別の的のもとに案内されたリューシンは、既に身体の数箇所を竜化させていた。


 以前のように腕全体を竜化させたりしていない。拳から手首、肘、肩、腰、膝、そして足の各部を少しずつ竜の鱗が覆っていた。


 リューシンはまだ、全身の竜化ができない。

 これは時間をかけて成長していくしかないらしい。


 しかし彼は魔人に負けたことで、全身の竜化ができなくても闘える方法を身に付ける必要があると考えた。


 そんなリューシンが、俺の炎の戦士との訓練中に編み出したのがこの、身体を動かす各部だけ竜化させ、身体能力を飛躍的に向上させる『部分竜化』だった。


 元々、竜人族ドラゴノイドであるリューシンは、ドラゴンスキンという種族スキルによってかなりの防御力がある。


 なので竜化を防御に一切使わず、攻撃するのに必要な部位にだけ使うようにしたのだ。


 その結果──



「滅、竜、拳!!!」


 物理攻撃に優れた獣人ですらほとんどの者が破壊できない的を、軽く吹き飛ばす力をリューシンは手に入れていた。


 あまりの破壊力に、周囲にいた獣人たちが目を見開いて固まっている。


 しかし、ドラゴノイドなのに『滅竜拳』という技名はどうかと思う。ドラゴンスレイヤーとかが使う技名だろ?


 お前が使ったら同族殺しの技になるじゃん……。


 本人曰く、ゴロが良く発声しやすいから、これにしたのだと言っていた。


 リュカが聞いたら多分怒るだろう。


 リュカが観戦する、本戦では違う技名にするようにと忠告しておいた。



 そして、俺の番がやってきた。


「よし、いってくる!」


「ハルト、ガンバにゃ!」


 メルディが応援してくれた。


「なぁ、ハルト……ほんとに、使う気か?」


「もちろん! 俺は獣人みたいに身体能力は高くないし、リューシンみたいに竜化もできない、ただの人族だからな。せめて武器くらいは使わせてもらうよ」


 なにかを気にしているリューシンの質問に答えて、俺は的へと足を向ける。



 アルヘイムエルフの王国で貰った宝剣、覇国を背負って。

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