第98話 武神武闘会 予選

 

 武神武闘会の予選日になった。


 俺たちは王城の側にある円形闘技場に来ている。ここで明日の本戦に向けた予選会が行われるのだ。


 腕に自信があれば、国、種族問わず参加できるので、参加者数は千人を超える。俺たちのクラスからは予定通り俺、メルディ、リューシンが参加することになった。



 ちなみに、武神は姿を消した。


「獣人王の娘よ、お前が全力で闘えるよう取り計らってやる。あ、俺が顕現したことは、しばらく秘密にしといてくれ。じゃあな!」


 ──そう言い残して。


 神殿にいたのは俺たちと、獣王兵だけだった。

 この世界の神の指示を無下にするわけにもいかず、俺たちは武神が顕現した事実をなかったことにした。


 武神が何をするつもりか気になるが、俺たちは今、できることをするだけだ。


 そろそろ予選が始まるが、魔法解禁などのアナウンスはされていない。なので事前に知らされていた、魔法禁止というルールに従うしかない。


 武神武闘会には予選と本戦がある。

 その中で本戦に進めるのは五十人ほど。


 武神武闘会で本戦に上がるのはかなり困難だが、それができれば非常に名誉なことで、かつ異性からモテるようになる。


 武闘会でベスト8にでもなればハーレムを築けるらしい。ちなみにベスティエでは、双方合意であれば男女共に重婚が認められている。


 強い女獣人もいるので、武闘会参加者の三割ほどは女獣人だった。過去の武闘会で4位になった女獣人がその後、複数の男の獣人を夫に迎え入れたこともあるそうだ。



「それにしても凄い人数だな」


 リューシンが人数の多さに圧倒される。


 円形闘技場はかなり大きな造りになっているが、体格のいい獣人がおよそ千人も集まっていることで、かなり狭く感じる。


 これだけ人数が多ければ、異世界転生お馴染みのがあるだろうと思っていた。


 筋骨隆々の獣人達の中に、ポツンと立っている見た目貧弱な人族である俺は、圧倒的にの標的にされやすい。


 そう、異世界転生者を弱者だと思い込み、マウントを取ろうと、チンピラのような奴が絡んでくるイベントだ。


 そのチンピラは後ほど、異世界転生者達の実力を知り、驚愕する──というところまでが一連の流れであるだ。


 実はちょっとワクワクしていた。


 俺を見下していた奴が、武闘会で俺の力に気付き、驚く──その様子を見るのを、楽しみにしていたのだ。



 しかし、そうはならなかった。


 変なやつに絡まれることがないようにと、俺、メルディ、リューシンをこの国最強の戦力である獣王兵十人が囲っているからだ。


 獣人王の命令とかではなく、獣王兵たちが自ら進んで、まるで俺たちの護衛のようなことをしてくれているのだ。


 獣人王ほどでないが、周りにいる獣人たちと比べると一回り大きい獣王兵たち。その獣王兵たちが無言で周囲を威圧するので、一般の獣人たちは距離を置いていた。


 そのため円形闘技場の中で、明らかにこの周辺だけ人口密度が低い。


 ただ、その獣王兵の威圧をものともせず、俺たちに近付いてくる者もいた。


「ハルト様、先日は本当にありがとうございました。お陰でまた、戦えます!」


「俺は右足を再生していただいた者です。またこうして、武闘会に出られるなんて夢のようです」


 ──などと、先日助けた国軍の兵士たちが、俺たちにお礼を言いに来たのだ。



「この武闘会で力を示すことができた暁には、何卒、この私をハルト様の配下に加えていただきたいにゃ!!」


 そう言ってきたのは、猫系獣人の女兵だった。


 配下って──俺、部下とか持つような立場じゃないんだけど……。


 ちなみに、ベスティエにおいて語尾が特徴的なのは猫系の女獣人だけだ。


 なんでも大昔の転移勇者が猫系獣人を助け、その際に、お礼として語尾を『にゃ』にしてほしいと頼んだのだとか。


 その勇者が助けた猫系獣人は、当時の国の姫だった。姫は恩に報いるため、国中の猫系女獣人に語尾を『にゃ』にするよう呼びかけた。


「──それ以来、全ての猫系女獣人の語尾が『にゃ』になったらしいのにゃ」


 女兵が去った後、気になっていた語尾について聞いたところ、メルディがそう教えてくれた。


「へぇ、そうなんだ」


 なるほど、つまり昔の転移勇者が変態だった影響が、現在まで受け継がれてるんだな……。



 かつての転移勇者よ、ナイスだ!

 よくやってくれた!!


 俺は心の中で、大昔の勇者に感謝した。


 やっぱり、猫系獣人の語尾と言えば『にゃ』だよね。


 うん、よくわかってるじゃないか。



 そんなことを考えているうちに、武神武闘会の予選が開始された。


 昔の武闘会の予選では、数十人が同時に戦うバトルロイヤルをしていたらしいのだが、年々参加人数が増えてきたので次第に選抜方法が変わってきた。


 バトルロイヤルでは強者が同じ組になった場合、本戦に進める者が限られ、本戦で観客が楽しめるバトルが減ってしまう。


 予選は武闘会参加者以外は会場に入れず、観客が居ないのだ。そんな理由もあり、バトルロイヤルはなくなった。


 今年の予選は闘技台の上に設置された的に、どれだけダメージを与えられるかというもの。可能であれば的を破壊してしまってもいい。


 どうやら、的は入都審査の時に俺が吹き飛ばしたのと同種のようだ。ただし、ここに設置されている的は全て新品なので、俺が吹き飛ばしたボロボロだった的とどれくらい強度が違うのか分からない。



 いくつかのブロックに分かれ、武闘会に集まった獣人たちが順に的を攻撃し始めた。


 武器の使用も認められているが、多くの獣人は素手で攻撃していた。轟音があちこちで鳴り響くが、完全に的を破壊できた獣人はまだ居ない。



 そんな中──


「おっ、あの獣人、剣を使うみたいだぞ」


 リューシンが剣を使おうとしている獣人を見つけた。その黒豹の獣人は、日本刀のような剣を携えていた。


 彼は剣を鞘に入れたまま的の前に立つと、半身になって腰を落とした。



 そして──


 一閃。


 超高速で振られた刀が的を切り裂いた。


 斜めに切り裂かれた的の上部がゆっくり闘技台の上に落ちる。それとほぼ同時に周りの獣人たちから歓声が沸き起こった。


「おぉ、あの獣人強そうだな!」


「うん」


 斬られた的の断面には淀みがなかった。


 まるで居合の達人の技。

 それにあの日本刀……


 多分だけど、異世界転移してきた勇者が刀の製法と、技を伝えたんだろう。そして黒豹の獣人は、その技を継承している。


 あの獣人と本戦で戦うことになったら、ちょっと苦戦しそうだ。


 その後も獣人たちが的を攻撃していくが、黒豹の獣人以後、的を破壊できた者はいなかった。



 ちなみに俺たち三人と獣王兵たち、その他数人の獣人は、出番が最後の方に指定されていた。


 的がボロボロになって、強度が低くなってから挑戦するためとかではない。


 強度の高い的を大量に用意するのは難しいらしく、現在闘技台の上に用意されている的と数本の予備があるだけなので、最初に強者が挑戦して的を破壊してしまうとそれ以降の審査ができなくなるからだそうだ。


 なので的を破壊できる見込みのある者は、予め攻撃する順が後ろの方に指定される。


 多くの獣人の挑戦が終了した。

 そろそろ俺たちの出番だ。


 まず、メルディが呼び出された。


 さぁ、訓練の成果を見せてやれ!

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