第100話 とある女獣人兵(1/3)

 

 私はリリア。


 獣人の国ベスティエの、王都守備部隊で働く犬の獣人です。昨年から兵士として働き始め今年、王都守備部隊に配属されました。


 あっ、兵士として働く前にちゃんと兵士養成学校にも三年通いましたよ。そこでの成績が良かったので、王都の守備部隊という花形部署に配属されたのです。スピード出世ってやつです。


 私は王都守備部隊の仕事のひとつである、検問所での入都希望者の審査を行う仕事を任されていました。王都の検問所の前に、国に入るための検問所もあるので、そこで国に反旗を翻すような不穏分子の多くは弾かれます。


 なので、割と平和な日々を送っていました。


 しかし、今からおよそ一ヶ月前、王都の平和を破壊する災厄がこの地に降り立ちました。


 魔人が、この国に襲来したのです。


 この世界の諸悪の根源は邪神です。その配下に悪魔がいて、更にその悪魔の配下に魔人がいて、魔人が魔族や魔物を使役します。


 中には魔人より強くて、魔人の命令を受け付けない魔族もいるみたいですけど。


 要は魔人って、邪に連なる者の中間管理職的な存在なんですが……その力は圧倒的でした。



 この国に突然現れた、大きな二本の角を持つ魔人は、訓練中だった国軍の中隊を壊滅させました。すごく多くの獣人が傷付き、亡くなりました。


 実はそこ国軍に、私と兵士養成学校で同期だった猫獣人のサリーも居たのです。彼女は魔人に立ち向かい、右手と両足を破壊されました。何をされたのかすら、分からなかったそうです。


 命は取り留めたものの、彼女はもう兵士としては戦えません。普段の生活ですらまともに送ることが困難なほどの大怪我でしたから。


 私がお見舞いに行った時、彼女の様態は安定していましたが、私を見るなり彼女は泣き出してしまいました。


「リリア、私……もう、戦えないにゃ」


 そう言って彼女の目からは大粒の涙がこぼれ落ちました。戦闘系の獣人は戦いの中でこそ、その魂が最も輝きます。戦えることに喜びを覚える種族なのです。


 私は泣きじゃくる彼女を、抱きしめることしかできませんでした。



 彼女サリーは私よりずっと強かったのです。そんな彼女が、何をされたか分からないうちに、ここまでのダメージを負ったというのが信じられませんでした。


 サリーに絶望を与えた魔人は、この国の王様と、獣王兵という最強の兵士たちが何とか撃退してくださりました。


 しかし、その王様も魔人の呪いによって倒れてしまいました。この国に王様と獣王兵より強い戦力はありません。一番強い獣人が、王様になれるからです。


 国に絶望と恐怖が広まりました。

 もし、また魔人がやってきたら……。


 軍上層部は魔人が再び、この国を襲いにくると考えていました。そして、襲撃に備えるよう私たち、兵士に通達がありました。


 備えていても、王様が勝てない魔人を相手に私たちが何ができるというのでしょうか?


 私は怖くなりましたが、逃げられません。王都にいる非戦闘系の獣人たちを守らなくてはいけないのです。


 私は、兵士ですから。



 それから一ヶ月が経ちましたが、魔人はまだ来ません。王様が与えたダメージがかなり大きかったようです。ですが油断せずに警戒を続けます。


 そんなある日でした。


 私がに会ったのは──



 魔人の襲撃以降、国は警戒を強め、ほとんどの兵士が対魔人用の布陣で、要所の守りを固めています。


 異界の門を使用してどこにでも出現できる魔人が、素直に王都の門から入ってくることはあまり想定されなかったので、正直、検問所の警備は手薄でした。


 普段、検問所を担当する兵士も多くが他の場所の警備に連れていかれ、ここの人員は必要最低限しかいません。なので、検問所責任者と私、それからその日はお休みだったふたりの獣人、計四人の兵で検問所を回していたのです。


 まぁ、魔人襲来に備えて入都規制がされていたので、そもそも検問所に来る人は少なかったです。仕事はやってきた商人に一時滞在許可証を発行するのと、観光客を追い返す程度のものでした。


 、私は検問所の責任者とふたりで仕事をしていました。責任者を任されるほどの力があるお方ですが、私のような新兵にも気軽に接してくださり、キツいお仕事も率先してやってくださる獣人です。


 そんな検問所責任者から、お呼びがかかりました。『試練』を受けたいと言う人が来たそうです。



「それでは、私についてきてください」


 私は人族の青年と、フードを被った猫系獣人? を連れて不倒ノ的たおれずのまとが設置されている試練所にやってきました。


 実を言うとこの時、私はこのふたりに全く期待していませんでした。


 試練では魔法の使用が禁止されています。そして、人族の青年からはあまり闘気が感じられませんでした。


 しかし、審査を求められたら一応、対応しなければなりません。


 試練──と言っても固定されている的を破壊するだけなのですが──を受ける方には出身国や名前などを聞かなくてはいけません。


 人族の青年の名は、ハルトさんというそうです。グレンデールという人族の国から来たと言いますが、そんな遠い所から何をしに来たのでしょう?


 一緒に居る獣人の女の子が関係しているのでしょうか?


 うーん、なんかこの女の子の匂い、どこかで嗅いだことがある気がするのですが……思い出せません。


 そんなことを考えていたら突然、ハルトさんが手元に炎の槍を出現させました。当然、魔検知の水晶が激しく反応します。


「な、何してるんですか!? 魔法はダメだって言ったでしょう!」


「あ、ごめんなさい。魔法使ったらどうなるか知りたくって」


 私の注意は軽く流されてしまいました。


「もう……とりあえず水晶玉はリセットしますが、次同じように魔法使ったら即、失格にしますからね」


 そう言って、私は水晶玉をリセットしました。


 まったくもう、バレないとでも思ったのでしょうか?


 私は彼が不正しないか、しっかり観察することにしました。



 ……あれ? 闘気が、膨れ上がってる?


 私は自分の感覚を疑いました。だって、ハルトさんの闘気がこの国の王様のそれより力強く感じたからです。


 その数秒後、私は更に驚愕することになります。ハルトさんが不倒ノ的を吹き飛ばしたのです。魔検知の水晶も反応しませんでした。


「──なっ、え、はぁ!?」


 私は意味が分かりませんでした。ハルトさんは細身の人族で、魔法も使っていないはず。


 それなのに不倒ノ的を数メートルも吹き飛ばしてみせたのです。ちなみに不倒ノ的は重さが数トンあります。


 その後、私は何度も魔検知の水晶の記録をチェックしました。


「嘘、全く魔法を使った形跡がない……」


 特におかしいのは、肉体強化魔法すら使用した記録がなかったことです。ここベスティエでは試練の際に、肉体強化魔法だけは使用が許されます。なので、魔検知の水晶も肉体強化魔法には反応しません。


 反応はしないのですが、肉体強化魔法を使用した記録は残るのです。


 ──それがない。


 つまり、ハルトさんは本当に一切の魔法を使わず、不倒ノ的を吹き飛ばしたのです。何か特殊なスキルでもお持ちなのでしょうか?


 色々聞きたいことはありましたが、その後直ぐに検問所の責任者がやってきて、ハルトさんの希望に従い、彼らを王都内部に連れていってしまいました。

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