第96話 武神
拳を振った圧だけで、十メートル先の炎を消さなくちゃならない。
なかなか難易度が高いと思う。
ちょっと、本気を出そう。
俺は魔力を大量に放出した。
「なっ、なんて
獣王兵が唖然としている。
身体から溢れ出す生命エネルギー、それをベスティエでは闘気と呼んでいるらしい。
しかし、この世界に
獣人族が闘気と呼んでいるもの。
──それは無属性の魔力だ。
昨日、獣人達が戦闘訓練している様子を、何となく魔視しながら見ていて気付いた。
獣人は無属性の魔力をその身に纏って闘うのだ。
獣人は肉体強化魔法以外は使わないと言っているが、実は魔衣という魔法も使っている。
そしてその魔衣が強力な獣人ほど、戦闘能力が高かった。
この魔衣は魔検知の水晶などに反応しないので、魔法ではない──つまり、闘気というオーラの一種であると獣人族は思ってるのだろう。
ちなみに他種族から見た獣人族のイメージは、物理特化のステータスで、とんでもない速度で攻撃してくる戦闘狂が多い種族──というもの。
実は強い獣人ほど、魔力を巧みに使いこなし、その元から高い身体能力を更に強化して闘っている事など、ほとんど知られていなかった。
この世界は物理特化より、魔法特化の方が優遇されており、強いのだ。
脳筋より、魔法でクールに闘う方が強い。
これは賢者である俺にとって、嬉しい情報だった。
とは言え、魔衣を使った戦闘能力強化はなかなか困難であり、魔衣を纏えたとしても上手く活用できなければ意味が無い。
獣人の多くは無意味に無属性の魔力を放出するだけで、魔力を圧縮して
多分、本当の魔衣の力を知らないのだ。
まぁ、それでも魔衣──と呼べるのか分からない──が強い獣人の方が戦闘能力が高いのは、そもそもステータスが高いからだ。
獣王兵に魔衣の正しい使い方を見せてやろう。
俺は放出した魔力を、自分の身体の周りに圧縮していく。
そして、身体の動きを補助する最低限の魔力を残し、その他を全て右腕に集める。
ぼんやり俺の右腕が光り出す。
ここまで魔力を圧縮すると、魔視しなくとも魔力が集まっているのが分かるはずだ。
「す、凄い。あの膨大な闘気が全て片手に……」
この程度で驚いてもらっては困る。
ここからが本場だ。
王都に入る審査で、的を破壊した時とは違い、今回は威力ではなく
左手を前に突き出し、炎に照準を合わせるように構える。
魔衣を纏った右手は軽く後ろに引き、下半身の魔衣で身体を固定した。
そうだ、メルディの技を借りよう。
「飛空拳!!」
できる限り高速で右手を前に突き出した。
拳は音速を超え、ソニックブームが起きた。
そして圧縮された空気が、水路の水を吹き飛ばしながら飛んでいき──
いとも容易く、武神像のもとにあった炎を消し飛ばした。
しかし、それでも勢いが止まらず、俺の放った空気弾は武神像の足を破壊した。
「あっ」
やべぇ、やっちまった!
ま、まさかここまで威力があるとは……。
最近、魔法の力加減は上手くできるようになったのだが、物理攻撃系は加減がいまいちよく分からなかった。
これ、多分怒られるよね?
そう思いながら獣王兵や、みんなの方を振り返ろうとした。
「まさか、人族があの炎を消すとはな」
いつの間にか大きなライオンの獣人が俺の少し前に立っていた。
身体は獣人王より大きく、そして神性を感じる。
「……武神様、ですか?」
「いかにも」
おぉ、本当に顕現してくれた!
「…………」
とは言っても、特に用事が無いことに今更気が付いた。
あれ? そういや俺、なんでこの『炎を消したら武神が顕現するかもチャレンジ』に挑戦したのだろう?
「あの、像を壊してしまって、すみません」
とりあえず、武神像の足を破壊してしまったことを謝っておく。
「そんなことか、気にするな」
そう言って武神が手を二度叩くと、粉々になった武神像の足が元に戻っていった。
さすが、この世界の神の1柱だ。
ただ、気になったのは武神が像を直すのに
魔視で武神の魔力が像に注ぎ込まれるのを確認したので間違いない。
「さて、俺を呼び出した訳を聞こうか。望みはなんだ? 俺との一騎打ちか? それとも死闘か? 決闘か?」
いやいやいや、闘うことしか頭にねーのかよ。
脳筋じゃねーか。
「いえ、あの、すみません。ほんとに出てきてくれるか、気になって……」
「はぁ!? じゃ、特に用もないのに俺を呼び出したってのか! 武神だぞ俺は。……よし、なら俺が満足するまで殺りあおうぜ!! それで許してやる」
結局、お前が闘いたいだけじゃねーか!
武神からかなり強い殺気が飛ばされる。
この殺気、後ろに漏らすと多分ティナたちが危ない。
即座に多重障壁を展開して、皆への影響を抑えた。
「──っと、まぁ、冗談はこの辺にしといて」
「……ほんとに冗談ですか?」
「あぁ、ヒトと殺り合うと創造神様に怒られちまうからな」
武神の殺気が収まったので、多重障壁も解除した。
「しかし、お前どうなってんだ? 俺の殺気を真正面から受けてたじろぎもしないとは」
「武神様が手加減して下さったからではないですか?」
そう言ってみたが多分、邪神の呪いのおかげだろう。
俺は威嚇されても、恐慌や狼狽といった状態異常にはならないからな。
「割とガチで脅したのだか……まぁ、いい。それで、本当に願いはないのか? 質問でもいいぞ」
そう言われても、俺は特に何もない。
「皆は何かある?」
「あの、質問があるにゃ!」
メルディが俺の側までやってきた。
「今の獣人王の娘だな。なんだ?」
「なんで、この国では魔法を使っちゃダメってことにしたのかにゃ?」
涙声になりながらメルディが訴える。
メルディは魔法を使った戦闘を禁じられ、自分よりレベルの低い獣人にすら勝てなくなった。
父である獣人王に訴えたが、答えは『武神様が決めたことだから』の一点張り。
この国では強者こそが正義であり、己の意志を押し通せる。
しかし、その強者というのは、
メルディは魔法無しでも十分強いが、物理特化の獣人からすると、攻撃力もスピードも劣る。
だから物理特化の獣人のスピードにも負けないほど、早く魔法を発動できるように特訓し、魔法有りの戦闘でならこの国に居る同レベル帯の獣人には負けることが無いまでに成長した。
しかし、その戦闘方法を獣人王に認められず、この国を飛び出したのだ。
「魔法だってウチの力にゃ。魔法を使って強くなって何が悪いにゃ?」
「いや、何も悪いことなどない」
「……え?」
──は? どういうことだ?
なんで、武神が否定するんだ?
「使えるものは全て使えば良いのだ。魔法で強くなるなら使えば良い。そもそも武神である俺が──」
武神が俺たちの前に拳を突き出した。
突然、その拳が炎に包まれる。
「生前の職は
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