第五章 獣人の王国
第88話 獣人の王国の異変
「おい、聞いたか? 陛下が倒れたって」
獣人の王国ベスティエの王都にある酒場で、熊の獣人が狼の獣人に話しかけた。
「えぇ、先日の魔人との戦闘で負った傷が原因らしいです」
狼の獣人は王城の門番をしており、少し事情を知っていた。
「かなりまずい状態のようでして……たとえ命を取り留めても、もう王では居られないでしょうね」
ベスティエの掟はただ一つ。
強者こそ正義。
強者が王となり、皆を導く。
戦えなくなった王は、王でいられない。
一ヶ月ほど前、この国をひとりの魔人が襲撃した。
その魔人はいきなり、軍事訓練中だった国軍の中隊を壊滅させた。
中隊には精鋭部隊も居たが、その魔人には全くかなわなかった。
獣人王とその配下の獣王兵が、少なくない犠牲を払いながら、何とか魔人を撃退することに成功したのだ。
魔人を撃退することはできたが、獣人王は利き手を失い、更に魔人に呪いをかけられた。
当初は歩くことができた獣人王だったが、次第に呪いが身体に広がり、今では床から起きることすらできない状態になってしまった。
「って、ことは……」
「武神武闘会が開催されます。そろそろ公式に発表があるはずです」
武神武闘会──それは、この国の強者が一堂に会し、真の強者を決する大会。
大会の勝者は武神の加護を得て、この国の王となる。
王が何らかの事情でその威を保てなくなった時、直ちに次の王が選出される。獣人王は国で一番の強者でなくてはならないからだ。
だが、弱い者や、戦えなくなった者が虐げられるかと言えばそうでも無い。
「陛下には、ゆっくり休んでもらいたいものです」
「この国のために尽力してくださった方だからな。もし俺が次の王になったら陛下の治癒にも力を入れる」
強者は民の憧れで、尊敬すべき存在だ。一方、強者から見た弱者は庇護対象であり、守るべき存在だ。
「やはり、貴方も出るのですか」
「当然だ。そう言うお前も
「久しぶりの武神武闘会です。出ないわけがないでしょう」
獣人は強い者に惹かれる種族だ。
優勝すれば王になれるが、優勝できなくとも大会で実力を見せつけることができれば、異性へのアピールができる。
腕に自信のある獣人は皆、男女関係なく大会に出る。
「……そういえば、
「王女殿下のことですか?」
「あぁ、そうだ。陛下と喧嘩してこの国を出ていってしまったとは言え、実の父親が危篤なんだからさすがに戻ってくるだろ。そしたらきっと武闘会にも出る」
「そうですね。殿下は自身の力を認めてほしがっていましたから……」
この国にはかつて武神と呼ばれた王がいた。
武神は手刀でオリハルコンの剣を折り、その超高速の拳は周囲の空気を巻き込み
その武神の再来とも言える力の鱗片を持つ子が、今の獣人王のもとに生まれたのだ。
国は歓喜に沸いた。
真の強き王が、再び王になる日が近い──と。
しかし、その王女が3歳になった時に行った適性職検査の結果に国民は絶望した。
王女は物理職への適性を持たなかった。
魔法を扱う職への適性が出たのだ。
ベスティエに居る獣人はほとんどが物理職だ。
そもそも獣人は物理職への適性が出やすい。
魔法系の職に適性が出る獣人も居ることは居る。しかし、物理職への適性が出た獣人と戦うと、同じレベルだったとしてもまず勝てない。
圧倒的スピードで攻撃を繰り出してくる物理職の獣人に対して、魔法職の獣人は魔法を発動する前に倒されてしまうからだ。
また、獣人は力と力のぶつかり合いを好む。
そうした背景もあり、武神武闘会では魔法の使用を認められない。
王女は成長し、同年代の獣人では誰も敵わないほど強くなった。
やはり天賦の才があったのだ。
しかし、ある程度身体が成長してくると同年代で同レベルの物理職の獣人に勝てなくなった。
魔法系のスキルを得て、魔法攻撃力などのステータスが伸び、一方で物理系のステータスは伸びなくなったからだ。
王女は苦心の末、高速で魔法を発動する術、そして魔法を組み込んだ武技を習得した。
再び、彼女に勝てるものは居なくなった。
しかし、獣人王はこれを良しとしなかった。
獣人であれば、その身のみで戦えと。
これに対し王女は──
「魔法だってウチの力にゃ! 自分の力で戦って何が悪いにゃ!?」
王にそう言い放ち、自分の力を認めてくれないこの国を飛び出していったのだ。
「魔法でもなんでも有りになったら、武神武闘会で優勝するのは王女殿下でしょうね」
「間違いない。俺は十歳も年下の殿下に一回も勝てなかったからな。まぁ、魔法無しなら負けなかったけど……元気かな、
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