第81話 学園祭と読心術
「お帰りなさいませ、ご主人様」
リファがお客様第一号を席まで案内していく。
『お帰りなさい』、『ご主人様』と言われて、その女性客は驚いた顔をしていた。
設定上、ここはお客様の屋敷で、お客様はここの主だ。
だから、『いらっしゃいませ』ではなく、『お帰りなさい』だ。
貴族の屋敷や、元の世界のメイド喫茶だと当たり前のようにされるこの挨拶も、こちらの世界の一般人たちには珍しがられる。
ちょっとした貴族気分を味わえるのだ。
初めは戸惑っていた女性客も、リファの完璧なメイド演技により、自然と主人らしい振る舞いになっていた。
リファがオーダーを取ると──
「このケーキと紅茶をお願いできるかしら」
などと、ちょっと上流階級の婦人っぽい言い回しをしていた。
この空間ではメイドと執事が本気で演技をするので、お客様も自然とそれっぽい感じに染まる。
次の客が入ってきた。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
この学園の生徒と思われる、ポニーテールの女の子が入ってきた。
次はマイが接客に入ったのだが──
「す、すみません……
ここには指名制度がある。
もちろん有料だ。
女子生徒が指名したのは俺だった。
えっ、俺!?
物好きも居るものだと思いながら、マイと代わり接客に入る。
「お待たせいたしました、お嬢様。こちらへどうぞ」
執事は咄嗟のことでも取り乱さない。
平静を装い、女子生徒を席まで案内した。
ちなみに、執事が女性客を呼ぶ時は『お嬢様』で統一している。
「ご注文は何になさいますか?」
「貴方のおすすめがいいです」
ほう、そう来たか。
「モーニングセットはいかがでしょう? ドリンクは紅茶がおすすめです」
茶葉はシルバレイ伯爵家御用達のものを取り寄せた。
物凄くいい香りのする高級茶だ。
利益度外視で提供している。
「じゃあ、それをお願いします」
この人はあまり空間に染まってないみたい。
まぁ、そういう人もいるだろう。
「畏まりました」
オーダーをメモって席から離れようとした。
「あっ」
「他にもなにか?」
女子生徒が何か言いたげに声を出した。
でも、彼女は下を向いて小声で「なんでもないです」と言った。
んー、執事なら主人の考えくらい読めなきゃいけないよな。
俺の姉、シャルルは相手の考えが読める読心術というスキルがある。
また、兄カインは超直感により、相手の要求を満たすため最適な行動ができるだろう。
もうひとりの兄レオンは洞察力が優れていて、ちょっとした仕草から相手が何をしたいのか、言いたいのかを理解してしまう。
でも俺に、そうした能力はない。
「……食事をお持ちします。少々お待ちください」
そう言って俺はテーブルから離れた。
オーダーを厨房に通して、少し待つ。
その間に、俺は女子生徒が何を求めているのか理解しようとした。
まずは彼女をよく見よう。
目が合った──が、直ぐに逸らされてしまった。
どうやら厨房に向かった俺の後ろ姿を、ずっと見ていたようだ。
今は俯いて、少し頬を赤くしている。
んー、これはあれか。
俺に好意持ってくれているのかな?
……いや、焦るな俺!
もっとよく観察するんだ!
そういえば、試してみたいことがあった。
俺は魔力を少しだけ放出し、薄く延ばす。
そしてその魔力を俺と、女子生徒の頭へと繋げる。
魔力が濃いと、この学園の生徒には魔法か何かで干渉されているのがバレてしまうので、できる限り薄くするのがポイントだ。
思考や判断をするのは前頭葉、だったかな?
ってことは、脳の前の方の動きを見るか。
俺は自分の魔力を広げた空間内にあるものであれば、どんな微細な動きでも検知できる。
それを応用する。
元の世界のテレビで見た脳波をイメージしながら、女子生徒の脳波を魔視できないかやってみた。
──できた。
女子生徒の脳波の動きが活発なところが視える。
続いてシルフたち、精霊王と行う念話で会話する時の頭に響く声の感じを思い出す。
シルフの念話での声は、俺の脳の
念話でシルフたちの声が響く俺の脳の一部に、女子生徒の脳波を波形に変えて当ててみる。
中途半端な元の世界の知識。
精霊王たちとの念話の経験。
職業が賢者であることにより、微細な魔力操作ができる補正がかかっていたこと。
そして、シャルルの
──それらによって奇跡が起きた。
(──は、──じ─すが──ったのに)
──っ!!
まるで念話をしているように頭に声が響いた。
さっき注文をとる時に聞いた女子生徒の声だ。
こ、これは……読心術ができている!
だが、まだノイズが多く、ちゃんと思考を読み取れるまでには至っていない。
ちょうど料理とドリンクの準備ができた。
俺はそれらを持って女子生徒のもとへと向かう。
「お待たせ致しました。モーニングセットと紅茶でございます」
「あ、ありがとうございます」
一瞬、女子生徒が俺を見たが、直ぐに下を向いてしまう。
──今だ!
俺は改めて女子生徒と俺の頭を薄い魔力で繋げる。
(紅茶、─好き───ない)
さっきよりハッキリと頭に声が響く。
あっ、もしかして紅茶が好きじゃないのか?
「お嬢様、紅茶はお好きではありませんでしたか?」
「えっ!?」
彼女が驚いた表情で俺を見てくる。
(な、な─でわかっ─の!?)
うん、ちょっとずつ慣れてきた。
彼女の心の声がほぼ聞こえる。
「お嬢様のお顔が優れないようでしたので。宜しければ、他の飲み物に取り替えますが」
「いえ、私が紅茶でいいって言ったんです」
と、口では言っているが。
(本当はオレ─ジジュースが──んだけど。でも、今更かえ─って言えないよぉ)
「そうですか、畏まりました。では、ごゆっくりどうぞ」
そう言って、一旦席を離れる。
そして、厨房からオレンジジュースを出してもらって再び彼女のもとへ。
「お嬢様、オレンジジュースはいかがでしょうか? こちらも美味しいですよ」
「ふぇ!?」
(な、なんで!?)
「お嬢様が、望むモノをすぐ提供できなかったのですから、こちらはサービスです」
「な、なんでオレンジジュースが欲しいってわかったんですか?」
読心術です。なんて、言える訳が無い。
ここで俺は元の世界の、とある漫画のセリフを思い出す。
「このくらい当然でございます。私は、お嬢様の執事ですので」
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