第78話 シロの一日(3/4)
ハルトと共に、屋敷まで帰ってきた。
ハルトは食事の入っていたカゴをティナに返しに行き、その後ティナと買い物に行くという。
我は買い物には興味ないので、ハルトと別れ屋敷でゴロゴロすることにした。
寝る場所を探して屋敷の中を歩き回っていると、中庭でヨウコが昼寝をしていた。
今日、ヨウコは家事当番がない日のようだ。
中庭の中央には一本の木が植えられていて、その木陰で、ヨウコは木の幹に背を預けて眠っている。
あそこもなかなか良さそうだ。
すぐ側まで来たが、ヨウコはぐっすり眠っているようで起きない。
ふむ、我もここで寝ようかの。
──ん?
何だか、魔力を吸われている。魔力の流れを見ると、我から漏れ出た魔力をヨウコが吸収していた。
「そういえば、こやつ九尾狐だったな」
力をつけた九尾狐が暴走すると、この世界では天災の一種として恐れられる。
膨大な魔力量と、圧倒的火力、そして、幻影魔法と洗脳魔法。
一本の尻尾に溜めた魔力で、国がひとつ滅びると言われている。
──それが九本。
九尾狐がひとたび暴れ出すと、討伐されない限り、九つの国が滅びるのだ。
討伐するにしても、転移勇者クラスの戦力がなければ太刀打ちできない。
また、邪神が不定期に生み出す魔王とは違い、九尾狐はこの世界に定期的に自然発生するので、天災扱いされているのだ。
我も神の指令で一度、九尾狐と戦ったが厄介極まりない敵だった。
尽きぬ魔力と、高威力の魔法、果ては我が守るべき人間たちが洗脳され、我に襲いかかってくるのだ。
もちろん、戦いは我が勝った。
だが、厄介な魔族であることは違いない。
九尾狐を見つけたら、成長する前に討伐してしまうのがこの世界の常識だ。
我はすやすやと眠るヨウコを見た。
今もこうして周りから魔力を回収し、その尻尾に蓄えている。
今、三本目と言ったところか。
膨大な魔力を使うハルトの側に居るせいか、ヨウコの魔力を溜める速度が早い気がする。
通常、九尾狐が完全体になるには千年ほどかかるのだが、今のヨウコの見た目の年齢と、魔力の溜まり具合からすると、あと百年ほどで魔力が溜まってしまうかもしれない。
……今、殺ってしまうか?
我にはこの世界を守る役割がある。
多くの人間を殺し、自然を壊す九尾狐は倒さなくてはならない。
ヨウコに牙をむく。
ふっ、とハルトの顔が過ぎった。
なんだかんだで、ハルトはヨウコのことも気にかけている。
家族の一員だと、言っておった。
もし、ここで我がヨウコを殺せば、ハルトは悲しむかもしれない。
我を怒るかもしれない。
「やめだ、やめ。別に今でなくてもいい。もしコイツが暴走したらその時、我が何とかしてやろう」
我には力がある。
なにもハルトを悲しませることは無い。
いざと言う時、力を貸してやればいいのだ。
──そう、結論づけた。
「暴走なんかするなよ。ハルトを悲しませないようにするんだぞ」
語りかけてみたが、ヨウコは変わらず眠ったままだ。
なんだか我も眠くなった。
胡座をかいて眠るヨウコの足の上に乗る。
「寝やすそうだからここで寝るぞ? いいよな?」
当然だが、返事はない。
まぁ、いいということだろう。
ヨウコの足の間にすっぽり身体が入る。
うむ、なかなか心地よい。
我から漏れ出た魔力は、相変わらずヨウコに吸われている。
神獣である我は、身体から無限に魔力が溢れ出てくる。
普段は周囲に影響しないよう、魔力を絞っているのだが、たまに発散しなくてはなんだか身体がムズムズするのだ。
最近はあまり大きな魔力を使っておらんかったからな。
ちょうどいい。
ヨウコに吸ってもらって発散するとしよう。
我はヨウコの足の間で身体を丸め、眠りについた。
──***──
「──ん、んんっ、ふぁあ、よく寝たのじゃ。ん?……なんじゃ、シロか」
ヨウコが目を覚ますと、その足の間にシロが丸まって寝ていた。
「こやつ、いつの間に」
シロがあまり重くなかったから、気づかなかったようだ。
「よく寝ているのじゃ。……仕方ない、もう少し寝かせてやるか」
ヨウコは座ったまま寝ていて、身体が固くなっていたので、伸びをしようとした。
シロを起こさないよう足を動かさず、上半身だけを伸ばす。
「──ん?」
ヨウコが自分の身体の異変に気づいた。
その身体は、昼寝を始める前と比べると明らかに成長していたのだ。
「ま、まさか──」
ヨウコが尻尾を確認する。
九本の尻尾
寝ている間、神獣であるシロが垂れ流す魔力を無意識に吸い続けてしまったからだ。
「……完全体になったというのに別段、変わりはないのじゃ」
九尾狐は尾に魔力を集め、完全体となることを目的として生きる種族だ。
完全体となった後は、その溜めた魔力が尽きるまで暴れる。
そんな種族なのだ。
「不思議じゃ。魔力が溜まった時点で我の意識は無くなると思っておったが……
ヨウコが右手の甲を見る。そこにはハルトと交わした主従契約の魔法陣があった。
ヨウコが二百年かけて溜めた貴重な魔力、尻尾二本分。
そのうち一本の魔力を費やした結果、ハルトとの間に強固な繋がりを作ることに成功していた。
その繋がりが、ヨウコの暴走を防いでいた。
「なんにせよ、これで我もハルトの力になれるのじゃ!」
ヨウコは歓喜した。
九尾狐は魔力が溜まるまではあまり強くない。
主に洗脳魔法で配下を増やして戦うしかないのだ。
しかし、今のヨウコは違う。
少なくとも、炎の騎士数体を相手取って圧倒できるほどの力を手に入れた。
「我が暴走せずに済んだのは、お主のおかげでもあるのかの?」
ヨウコは足の間で眠るシロを優しく撫でた。
九尾狐は魔力を吸収する際、周囲の負のオーラも吸収するため心が邪悪に染まる。
しかし、ヨウコの尾に溜まっている魔力はハルトの魔力が二本分、シロの魔力が六本分であり、負のオーラを含んだ魔力は尻尾一本分だけであった。
これもヨウコが暴走せずにすんだ要因であり、ヨウコも何となくそれに気づいていた。
「シロ、ありがとなのじゃ」
実のところ、シロはある程度魔力を放出したら、閉じて寝るつもりだった。
そうでなければ、九尾狐の成長を早めてしまうからだ。
だが、うっかり魔力垂れ流しのまま熟睡してしまい、ヨウコに魔力を吸収され続けた。
結果として、ヨウコが暴走し多くの国を滅ぼすという未来を変えたのだが──
そんなことをヨウコもシロも、知るはずがなかった。
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