第71話 貴族のルール
結婚披露宴当日になった。
披露宴はシルバレイ伯爵領の中で、一番大きな街で行われる。
この街にある俺のお気に入りで、昔からよく通ったレストラン。
ここに併設されたパーティ用のガーデンが披露宴の会場になる。
披露宴と言ってもあまり堅苦しいものではなく、立食しながら新郎新婦や、その家族と会話するというものだった。
ティナとリファはドレスを着なくてはならないので、まだ会場に来ていない。
クラスの仲間たちももう少し後から来るようだ。
俺は先に会場に入って、来てくれた人々に挨拶してまわっていた。
グレンデールの結婚披露宴は大体、昼から始まり翌日まで続く。
だけど、新郎新婦は途中で抜けることが多い。
新郎新婦が居なくなっても、宴は続く。
皆、祝いの場と称して騒ぎたいだけなのだ。
会場では飲食し放題なので、それ目当てでやってくる奴も居る。
だが、俺たちの披露宴では会場に入れるのが貴族以上の者か、俺たちの知り合いに限定されるので、そんな奴はまず居ないと思う。
俺の父が公爵様と話をしていた。
少し顔を出して挨拶する。
王様の次の次くらいに、この国で権力を持つのが公爵様だ。
すごく偉い人。
だから、父は公爵様のお相手をしなくてはいけないので、俺がその他の人たちに挨拶してまわる必要があった。
「ハルト、此度はラッキーだったな。お前なんかと結婚してくれる奴が居るとは驚きだ」
物凄く嫌味っぽく話しかけられた。
俺がグレンデールで一番嫌いな奴がいた。
侯爵家の次男で、俺と同い年の男だ。
親の権力を振りかざし、いつも周りに迷惑をかけるクズだ。
「ありがとうございます」
短く返事をしておく。
身分は向こうの方が上なので、失礼なことを言われたとしても丁寧に対応しなくてはいけない。
侯爵の次男が、俺に追加の嫌味を言おうと口を開いた時、会場に歓声が湧き上がった。
ティナとリファが会場に入ってきたのだ。
ティナは淡い水色のドレス。
リファは新緑のドレスを着ていた。
会場に居るほとんどの人が、ふたりに目を奪われている。
そのふたりが、俺のもとへと歩いてきた。
「ハルト様、お待たせしました」
「ハルトさん、このドレスいかがでしょうか?」
「ふたりとも、凄く綺麗だよ」
アルヘイムで結婚式をした時は、2人とも純白のドレスだった。
それも綺麗だったが、今日のドレスは2人のイメージカラーと合っていてよく似合っていた。
「ふふ、ありがとうございます」
「お、おい! ハルト、彼女らが貴様の結婚相手なのか!?」
侯爵次男が俺の肩を持ち、俺を揺さぶる。
「そうです。私なんかと結婚してくれる、稀有な存在です。ふたりとも美人でしょう?」
さっき嫌味を言われた仕返しをする。
「こんな美女、ハルトには勿体ない。よし、俺が貰ってやろう!」
──は?
な、何を言ってるんだ?
俺が固まっていると、侯爵次男が父親である侯爵様を呼んだ。
「父上、俺はこっちのエルフと結婚するよ」
そう言ってリファを指さす。
「ふむ、顔は悪くない。お前の方が相応しいだろう」
侯爵様は次男を止めなかった。
それどころか、リファを嫌らしい目で舐めまわすように見ていた。
「伯爵家三男程度では、ふたりも養うのは大変だろう。我が息子が気に入ってくれて良かったな」
そう言って侯爵がリファの手を引き、連れていこうとする。
「ハ、ハルトさん」
「お止めください!」
「なんだ? 伯爵家三男程度の貴様が、侯爵である私に物申すのか?」
「いえ、ですが──」
この世界では結婚式や披露宴で上位の貴族が下位の貴族の嫁を見初めて、そのまま奪ってしまうことが稀にあるそうだ。
そして、下位の貴族は上位の貴族には絶対に逆らえない。
逆らえば一族全員脱爵の上、逆らった本人は死罪に問われる。
会場に居た侯爵以下の身分の者、全員が下を向き、我関せずのアピールをしていた。
「ハルトさん……」
俺が侯爵相手に動けないのを見て、リファが涙目になった。
侯爵を赦せない。
こんな不快な思いをしたのは久しぶりだ。
あまりやりたくなかったけど、ヨウコの洗脳魔法を使おう。
辻褄合わせが面倒なので、この場に居る家族以外の全員を洗脳する。
助け舟を出そうとしてくれる貴族がひとりも居なかったので、全員洗脳した所で俺の心は痛まない。
洗脳して今日の披露宴は無事、何事もなく終わったことにする。
俺は貴族って奴らが心底、嫌いになった。
元々、俺の家族以外の貴族に良い印象を持ってなかったけど。
俺はヨウコを呼び出すための念話をしようとした。
「何を騒いでおるのだ?」
「部外者は黙ってお──へ、陛下ぁ!?」
グレンデール王が俺の兄カインとレオン、親衛隊数名を引き連れて現れた。
王が、リファの手を引く侯爵に気付く。
「侯爵よ、その手を離せ。その者はアルヘイム王国の姫だ。貴様程度が触れて良い御仁ではない」
「なっ!?」
侯爵の手が離れると、リファは直ぐに俺の所まで駆け寄ってきて、隠れるように俺の後ろにまわった。
俺の服の裾を掴むその手が震えていた。
嫌な思いをさせてしまい、申し訳なく思う。
その後、何があったのか王に問われたので、簡潔にさっきあったことを話した。
侯爵の顔色がどんどん青くなっていく。
「そうか……我が国とアルヘイムの友好を破滅させようとしたのだ。少なからず罰を与える。親衛隊、連れていけ!」
王の命令で、親衛隊が侯爵と侯爵次男を会場外に連れていった。
侯爵が絶望の表情をし、侯爵次男が涙目になっていたので、少し気が晴れた。
「リファ、直ぐに助けてやれなくてゴメンな」
「私はハルトさんなら、きっと何とかしてくれるって信じてました」
うん、絶対なんとかする。
なんとかする方法の候補が、洗脳っていう力技だったけど。
「陛下、ありがとうございました」
王にお礼を言う。
おかげでこの国の貴族を全員、ヨウコの洗脳下に置かなくて良くなった。
そして何故か、カインが満足気だった。
もしかして、超直感でリファのピンチに気付いて、王を連れてきてくれたんだろうか?
「良い。あんな奴より、我が親衛隊隊長の弟であり、英雄ティナをこの国に結びつけ、更にアルヘイムとの友好を築いたハルトの方がこの国にとって必要だ」
「勿体なきお言葉」
「それはさておき、ティナはやはり美しいな」
王がティナを正面から見つめる。
「どうだ? 我の妃にならないか?」
──えっ!?
今度は王様がティナに求婚してきた。
「陛下、何を」
「また、お戯れを……」
でもカインとレオンがあまり焦っていない。
多分、王は本気じゃないんだろう。
ふたりはそれに気づいている。
んー、どうしよう?
ティナもわかってるみたいだけど、さっきのリファとのやり取りを見ていたせいか、困ってるフリをしている。
俺の、ティナへの愛が試されてる?
よーし、そうならやっちゃうぞ。
たとえ国が敵になっても、ティナとリファは俺のものだと言い張ってやる。
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