第70話 ふたりの兄と家族の絆

 

「はい、お茶ですにゃ」


 メイド服を着たメルディが、俺、ティナ、リファ、俺の兄カインにお茶とお菓子を出してくれた。


 なかなか所作が様になってきている。


 ティナの指導の賜物だ。


「ありがと、メルディ」


「はいにゃ」


 メルディは尻尾をピンと立てながら応接室から出ていった。


「獣人族のメイドだと? ……やっぱり、ここはおかしい」


 部屋から出ていくメルディの姿を目で追いながら、カインが呟く。


「いや、獣人と高位精霊はまだいい。問題は九尾狐だ。国の騎士団員総出で討伐に当たるレベルの魔族だぞ。ここで暴走でもしたら……ほんとに大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。主従契約結んでるし、俺が悪さなんかさせないから」


 貴重な、もふもふ要員のヨウコを討伐されるわけにはいかない。


「ヨウコさんは凄くいい子ですよ。カイン様がご心配なさっているようなことにはなりません」


 ティナもヨウコを擁護してくれる。


「ティナがそう言うのであれば、信じるか。一応、俺の直感もハルトに任せとけばいいって言ってるし」


 おい、兄よ。


 俺の言葉と、自分の直感すら信じないのに、ティナの言葉はすんなり信じるのは何故だ?


 まぁ、とりあえずカインがヨウコを危険視しなくなったのは良かった。


 そんなことを考えていると、応接室の扉がノックされ、メルディが入ってきた。


「ハルトに会いたいって男の人が来てるにゃ」


「お、それって俺やハルトと同じ黒髪で、眼が青いやつ?」


 カインがメルディに尋ねる。


 その特徴の男だとしたら、俺も心当たりがある。


「そうにゃ」


「そっか、ありがと。間に合ったみたいだな」


「レオ兄が来たの?」


「あぁ。俺がハルトの所に陛下と行くから、一緒にどうだって誘ったんだ。騎士団の仕事が忙しいらしくて後から来るって言ってたけど、俺が帰る前に間に合ったみたいだ」


「そうなんだ。メルディ、その人を連れてきてくれる?」


「わかったにゃ」


 来客は俺のもうひとりの兄、レオンだったようだ。


 しばらくして、メルディが俺の兄を連れて応接室にやってきた。



「ハルトー! 久しぶりー!」


 カインより少し背が小さいけど、体つきはがっしりしているレオンが、近づいてきて俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「レオ兄、久しぶり」


「元気にしてたか? ちゃんと飯食ってるか? 相変わらずほっそいな。もっと食って、ちゃんと筋トレもするんだぞ?」


 凄い早口で色々言われた。


 レオンは大体いつもこんな感じだ。


 細いって言うけど、俺くらいの年齢であれば平均的な体型のはずだ。


「レオン様、ハルト様は細身ですが、ちゃんと筋肉もついてます」


 ティナがフォローしてくれた。


「へぇ、ティナはハルトの身体をしっかりチェックしてるってことだね? さすが、ハルトのお嫁さん」


「なっ!? そ、そういうわけでは──」


 レオンにからかわれ、ティナの耳がちょっと赤くなる。


「レオン、その辺にしておけ。今日はハルトたちに祝いの言葉を言いに来たんだろ?」


「あはは。ティナ、ごめんね」


 カインに少し怒られ、レオンは申し訳なさそうにティナに謝ってくれた。



「ふたりと結婚するって聞いたけど、もうひとりはこの子?」


 俺の右隣に居るリファを見ながら、レオンが聞いてきた。


「そうだよ」


「初めまして。リファと申します」


 リファが丁寧にお辞儀する。


「初めまして、ハルトの兄のレオンです。結婚おめでとう。俺の弟のこと、よろしくね」


「はい!」


 リファが俺をちらっと見ながら、勢いよく返事してくれた。


「ちなみにリファちゃんはさ、アルヘイムの王族だったりする?」


 えっ、まさか……。


「はい、そうですけど。失礼ですが、お会いしたことありましたでしょうか?」


 リファはレオンに会った記憶はないようだ。


「いや、無いと思うよ。リファちゃんのお辞儀とかがエルフの国の王族がやるのに似てたから、もしかしてって思ったの」


「そうでしたか、よくご存知で。ですがアルヘイムで一般的にされる挨拶と、さほど変わりはないはずですが」


 俺には違いが分からなかった。


 リファ曰く、王族だけが分かる微かな所作があるのだとか。


 この所作により、アルヘイム王族であることを、ある一定の者のみに伝えることができるのだという。


 その普通は気づけない違いに、レオンは気づいた。


 やはりレオンも、カインやシャルルのように何か特別なスキルを持っているのだろうか?


 例えば観察眼スキル、とか?


「レオンはスキルを持ってないぞ。些細な違いに気づいたのは、単にレオンの技量だ」


「えっ」


 超直感スキルをもったカインが、俺の考えていることをズバリ言い当て、なにも聞いてないのに答えてくれた。


「あ、ハルト、俺がスキルでリファちゃんの素性を見抜いたとか思った? ざんねーん、俺の実力でした」


 いや、スキルじゃないとしたら逆に凄くないか?


「カイ兄とか、シャルルみたいに生まれつきチートスキル持った奴らとは比べないでほしいっつーの。まぁ、カイ兄にはスキルオフ状態でも勝てないけど」


 俺の姉のシャルルは相手が何を思っているか読み取る読心術というスキルを持っている。


 それを両親にしか話していないと言っていた。


 しかし、レオンはシャルルがスキルを持っていることに気づいている様子。


 洞察力が優れているだけで、スキル持ってるかなんて分かるのだろうか?


 ──わかるんだろうな。


 アルヘイム王族しか知らないはずの所作に気づいちゃうくらいだから。


 ってことは、俺が転生してきたってこともバレてそうだ。


 五歳になる前となった後の俺は、明らかに行動を変えてしまったからな。



「ぶっちゃけ、ハルトが五歳くらいから別人みたいになったのは、うちの家族は全員気づいてた。その頃に、転生してきたんだろ?」


「──えっ」


 衝撃の真実をカインに告げられた、


「家族だもん。スキルなんか持ってなくたってわかるよ。でも、俺の弟のハルトに誰かが乗り移ったんじゃなくて、ハルトはそのままハルトだったから、今まで何も言わなかった」


 俺はこっちの世界で、五歳の肉体に転生したが、その肉体を乗っ取るように転生したわけではない。


 こちらの世界で生きたハルトに、十七年間元の世界で生きた遥人の経験や記憶が追加された形で転生したのだ。


 だから五歳までの俺も、今の俺も、全部俺なんだ。


 ただ、それでも家族に、自分は転生者だと言うのは後ろめたい気持ちがあった。


 本当の息子や弟だと思ってもらえないんじゃないか──そう考えることもあった。



「隠し事をする必要ないってわかって、少し心が晴れたか?」


 カインに言い当てられる。


 その通りだ。


 家族に隠し事があるというのは、どうしても心に引っかかるものがある。



「ハルトが結婚する時、実は転生者だと知ってたことを話すと皆で決めていた。もちろん、ハルトがそれまでに俺たちに打ち明けてくれるようであれば、それを受け入れることもな」


「そうなんだ。ずっと言えなくて、ごめん」


「気にするな。俺たちだって、知ってて知らないふりをしてきたのだしな。結婚して、家を出てもお前はずっと俺たちの弟だ」


 カインの言葉を聞き、俺の心の奥底にあったモヤモヤが今、綺麗に無くなった。

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