第32話 温泉旅行

 

 おはようございます、ティナです。


 今日はハルト様と約束していた温泉旅行の日です。もう朝から──いえ、実は昨日のお昼くらいからワクワクが止まりません。


 昨日は授業中、暇さえあればハルト様を眺めていました。


 昨日は、と言うと語弊がありますね。

 私はいつでも見てますよ、ハルト様。


 いよいよ旅行当日です。私はウキウキしながら外出用の服に着替えました。


 さぁ、ハルト様を起こしに行きましょう!


 今日という日を楽しむため、昨日は久しぶりにハルト様と離れて寝たのです。


 寂しかったです。


 ですがその分、今日の旅行が待ち遠しくなったのです。ちなみに昨日はハルト様の言いつけでヨウコさんやマイさん、メイさんも自室で寝ています。


「ハルト様、失礼します」


 ハルト様を起こすため、部屋に入りました。


 あら?


 ベッドにハルト様の姿がありません。もう起きてリビングにでも向かわれたのでしょうか?


 ……ん、これは?


 ベッドのサイドテーブルに手紙が置いてありました。


『ティナへ

 せっかくのデートだから、

 待ち合わせして行こう。

 八時に中央街の噴水広場に来てね。

 ハルトより』


 ドキっとしました。


 デート……そう、今日の旅行はデートです。

 デートで待ち合わせ。


 私がやってみたかったことのひとつが今日、叶います。


 ハルト様は私を喜ばせるすべを知っているようです。


 時計を見ます。

 七時二十分でした。


 着替えは済んでいますし、中央街まではこのお屋敷から十分で行けます。余裕で間に合いますが、ハルト様をお待たせするわけにはいきません。


 何より私が早くハルト様にお会いしたいのです。屋敷のことをヨウコさん達にお願いして、私は中央街に向かいました。



 ──***──


「ハルト様、お待たせしました」

「ティナ、おはよう」


 ハルト様は私服でした。

 羽織っている黒のベストが凄くお似合いです。カッコイイです。


「ティナの私服、久しぶりに見たよ。私服姿も可愛いね」

「あ、ありがとうございます!」


 私服姿可愛いですって。

 頬が緩むのが止まりません。


「じゃ、いこっか」


 そう言ってハルト様は私の手を握りました。恋人繋ぎってやつです。そのまま私をリードして歩いてくださいました。


 馬車や魔導車などが通る大通りまで来ました。ここまでハルト様と手を繋いで歩いただけで、私の心臓はかつてないくらい激しく鼓動しています。


 こんなので今日一日大丈夫でしょうか?


 ハルト様に連れられて、大通りに止まっている豪華な魔導車に近づきました。


 あの、もしかして今日はこれで移動するのでしょうか?


 凄く綺麗な装飾が施され、それでいて派手すぎない、上品な魔導車でした。本当にこの車で移動するようです。ハルト様が扉を開け、私が乗り込むのをエスコートしてくださいました。


 紳士! ハルト様、マジ紳士!!


 ──おっと、失礼しました。

 つい、取り乱してしまいました。


 私はティナ=ハリベル。


 かつて勇者様を導き、共に魔王を倒した魔法剣士です。この程度のことで浮かれてどうするのですか。


 クールになるのです、クールに!


 魔導車に乗り込みました。ハルト様に導かれて横に座ります。


「座り心地はどうかな? 今日はこの街で一番いい魔導車を用意したんだ。ティナと初めてのデートだからね」


 そう言ってハルト様はニコッと笑いました。


 ハルトさまぁぁあ!!


 え、なんですかその笑顔は!?

 素敵すぎます!


 今日のデートのために学園で最高の魔導車を用意してくださったんですか?


 私はハルト様がご一緒ならどんなボロボロの馬車であっても喜んで乗りますけど。


 でも、デートだからと気遣いしていただけるのが本当に嬉しいのです。


 さては私を仕留めに来ていますね?


 安心してください。

 私の身も心も、既にハルト様のものです。



 その後、ハルト様といっぱいお話ししました。


 学園のことや、かつての勇者様たちとの冒険の話など。


 ハルト様は冒険に興味があるようです。


 ハルト様は伯爵様のご子息なので、冒険などしなくても一生安泰なのです。しかし、転生者の方は異世界での冒険というものに憧れるようですね。


 みたいに。


 ……おっと、いけません。

 今はハルト様とのデートを楽しみましょう。



 ──***──


 しばらくして、小さな村に着きました。


 温泉はここから少し森に入った所、知る人ぞ知る場所にあるのです。ちなみにここの森にはレベル80くらいの魔物が出るので、村の住人たちは絶対に森に近づきません。


 村には魔物避けの結界が張られていて、森の魔物が村を襲うことはありません。だから、この村にヒトが暮らせるのです。


 ちなみに、私とハルト様にとってレベル80程度の魔物など幾ら群れをなそうと敵ではありませんので、気にせず温泉へと向かいます。


 さすがに魔導車では森に行けないので、この村で待機です。ハルト様が魔導車の運転手と何か話していました。


 帰りの時間を伝えているのでしょうか?

 


 いよいよ温泉に向かいます。魔物と戦うかもしれないので、軽く身体を伸ばしていたら──


「デートだよ? ティナに戦わせるわけないだろ」


 そう言ってハルト様は魔力を放出しました。


「ファイアランス!」


 炎の騎士が私たちの前に現れました。


 相変わらず凄い魔力です。

 そして、滑らかな動き。

 一体にどれだけの術式を組み込んでいるのでしょうか?


 多分、私でも勝てないでしょう。


 そんなの炎の騎士が味方だとすると頼もしいことこの上ないです。


「昨日のうちに魔物は狩っといたけど、見逃したのがいるかもしれないから、こいつは保険ね」


 サラッと言ってのけますがこの森、冒険者でもBランク以下の人は入れないんですよ?


 そんな森の魔物をほとんど狩り尽くしたと言います。


 もう、さすがとしか言えません。


 ですが、これで魔物に襲われることなく温泉に向かえます。ハルト様に褒めてもらった私服が汚れることがなさそうで何よりです。


「ティナ、行こうか」

「はい!」


 ハルト様が差し出してくださった手を握り、ふたりで歩き始めました。

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