第29話 星霊王
この星に存在する全ての精霊たちの長である。
そんな我の目に入れても痛くないほど可愛い娘たちが今、人間界で契約者を探している。
我はまだそんなことしなくても良いと思うのだが、我が妻はふたりがいつまでも契約者を探さないことを許さなかった。
娘たちが人間の命令を意志の力で断ることができる程度の力を身につけたので、我は妻に指示されてふたりを人間界に顕現させた。
すごく心配だ。
だが、常にふたりを見守っているわけにはいかない。
精霊たちの色んな問題が我のところに飛び込んでくる。
だから、たまに娘たちの様子を窺う程度にしておいた。それなのに妻には、もっとふたりを信頼して放置しておけ──と怒られてしまった。
心配なものは心配なんだから仕方ないじゃないか!
とりあえず娘たちは無事、人間界の魔法学園に入学できた。我の知り合いの人間に入学手続きなどを手伝ってもらい、ふたりが困っていたら助けてほしいと頼んでおいた。
その知り合いは、彼の部下の中で最も信頼できる者を娘たちの教育者にすると約束してくれた。それで安心して、少し目を離したのが良くなかった。
一年も経たないうちに娘たちが帰ってきた。
初めは寂しくなって戻ってきたのか? などと考えていた。
だが、話を聞くと既に契約者を見つけ、契約を済ませてきたらしい。
……早過ぎないか?
本当に大丈夫か?
娘たちはまだ未熟だ。契約者の素性もよく分からぬまま、ただ強い魔力に惹かれて契約してしまったのではないか?
ふたりの契約者を我が見定めてやらねば。
少しでも不純なものが見えたら、我がその契約者を消し炭にしてくれる。そう思い、娘たちのもとへと行こうとした時。
「──!?」
突然、異界へと身体が強く引き寄せられた。
こ、これは強制召喚!!
全ての精霊の王たる我を、召喚できる人間など居るはずがない。
魔王が君臨して世界を絶望に陥れたり、世界樹の異常で世界が崩壊しそうな時など、
今、人間界はおよそ平和だ。
我を召喚できるわけなどない。
しかも今、我を呼び寄せているのは強制召喚。
強制召喚は精霊の意志と関係無しに無理矢理人間界に顕現させる魔法。普通に召喚する十倍以上の魔力が必要なのだ。
いったい、誰が、どうやって我を召喚したのだ!?
──そんなことを考えているうちに、召喚先に着いた。
「誰だ、我を無理矢理呼び出したのは」
「えっと……誰?」
目の前にはひとりの少年が立っていた。年は人化した我が娘たちと同じくらいに見える。
「我は星霊王。この星、全ての精霊の長である」
少年の問いに普通に答えてしまった。
ま、まさかこの少年が我を呼んだのか?
しかもたったひとりで?
どういうことかと尋ねようとするが、身体が思うように動かない。
この感覚、間違いない。
我は今この少年の支配下にある。
つまり、本当にこの少年が我を強制召喚したということだ。どうやったのかなど、気になることはいっぱいあるが、今はまずい。
娘の契約者が決まってしまったのだ。
娘が契約者に召喚される前に、精霊界に戻って、娘と一緒に契約者のもとへと行かなくてはならない。
「あの……すまんが今、取り込み中での。我を帰還させてくれぬか?」
「えっ、自分で戻れないんですか?」
「お主が我を強制召喚したのではないか! 我を召喚できる人間が居ることにも驚きだが、まさか強制召喚される日が来るとは……だが、今は娘の一大事なのだ。頼む、帰還させてくれ」
少年に頭を下げる。人間に頭を下げたことなど星霊王になってからは無かった。
だが、この少年を前にし、しかも娘たちのためを思うと苦ではなかった。
「分かった。直ぐに送還するよ。無理矢理呼んで悪かったな」
少年は直ぐに我を精霊界へと送還してくれた。
「……良い奴だな。魔力も純粋なものだったし、娘たちの契約者も彼のような人間であれば良いのだが」
精霊界に戻ってきて呟く。
いかん、早く娘たちのもとへと向かわなくては!
「マイ、メイよ。よくぞ帰った」
「「お父様、ただいま!」」
よかった間に合った。
娘たちはまだ召喚されていなかったようだ。
「ハルト様、私たちを召喚してくれるかな?」
「大丈夫だよ」
ふたりは契約してこちらに帰ってきてから、しばらくここに居るようで契約者に召喚されるのを待ちわびていた。
「お前たちの契約者はハルトというのか?」
「「うん!すっごい強いんだよ」」
「しかし、契約して直ぐに再召喚しないところを見ると、魔力はそこまで多くないのか?」
「ハルト様に限ってそんなことは有り得ません!」
「きっと何かあったんです!」
むぅ、娘たちがやたらハルトとやらの肩を持つ。
そうこうしているうちに、マイの身体が光りだした。人間界へ召喚されるのだ。
「先ずはマイからみたいね」
「うん、先に行くね! 直ぐにメイも召喚してもらえるようにお願いするから」
「よろしく──って、お父様なにを!?」
「我もついていく。そのハルトとやらを見定めねばならぬのだ」
強引にマイの召喚に割り込み、我も契約者のもとへと顕現しようとした。我の力を持ってすれば、このくらい造作もない。
顕現する際に召喚者の魔力に触れた。
ほう、なかなか心地よい魔力だ。
だが、それと我が娘を預けてやるのとは話が別だ。ちょっとでも
先ずはちょっと威圧してやるか。
「火の精霊マイと契約したいというのは、貴様か! 先ずは、その力を我に示せ──んんん??」
おかしい、何故か目の前に我を強制召喚した少年が居る。
「力を示せばいいんだな。よし、俺にひざま──」
「待て待て待て待てぇーい!!」
少年が口に出した言葉通りに身体が動こうとする。娘の前で人間に跪くなど、できるわけが無い。
我は星霊王なのだ!
何とか意思の力で耐え、少年を連れて精霊界と人間の狭間の空間へと移動した。
「何すんだよ」
少年は少しご立腹の様子。
だが、我にも言い分はある。
「何をするはこっちの台詞だ! お主、何故いきなり我を娘の前で跪かせようとするのだ!? 酷いではないか!!」
「えっ、だって、力を示せって──」
「そ、それは娘の召喚者がお主だと知らんかったからであってだな、その……」
そもそも我を単独で強制召喚できるほどの者に、何か力を見せてもらおうなど無茶振りもいいところだ。
下手したらこの星が滅ぶぞ。
「俺はマイとメイの契約者に相応しくないか?」
「いやいやいやいや! とんでもない、お主は娘たちの契約者として十分過ぎるほどの力を持っておる。だが、その、なんだ」
「何か条件があるのか?」
強制召喚された我は本来、少年と交渉できる立場になど無い。
どんな命令でも黙って受け入れるしかないのだ。だが、何としても娘たちは守りたかった。
我がどんなことでもやる。
だから娘たちを大事にしてほしいと、心から少年に頼み込んだ。
少年は我の頼みを快諾してくれた。そして、いざと言う時は我の力を借りると言った。
こうして、娘たちと一緒に、星霊王たる我も正式にハルト殿と契約を結ぶことになったのだ。
その後、仕事があるので我は単身精霊界に帰還した。帰還とほぼ同時に、大量の魔力が我に流れ込んできた。
ハルト殿との契約の繋がりから、彼の意思が伝わってくる。
『貴方を召喚する魔力を咄嗟に溜めるのは大変なので、先に
──とのこと。
「いや、ある程度って……どう考えても数年間は我を顕現させられるほどの魔力なんだが」
誰もいない王座の間に、我の呟きが木霊した。
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