第15話 主従契約

 

 翌朝、俺が壊してしまった訓練所の様子が気になって、かなり早い時間に教室に来た。


 なんと、訓練所の壁や床はもう既に修理が終わっていた。


 たまたま通りかかった学園の事務員らしき女性たちの会話から、昨晩から急ピッチで工事が始まり、ものの数時間で修理が完了したということを知った。


 なんでも建物の修理ができる魔法使いや、建築に長けたドワーフたちが数十人も集まり、瞬く間に直していったのだとか。


 恐らく、指示したのは父上だ。

 改めてこの世界の貴族の力を思い知る。


 訓練所を確認した後、ティナは教師たちの会議があるとかで、学園の中央街の中へと入っていった。そんなわけで、俺はひとりで教室に来ていた。


「お主、昨日のあれ《魔法》は規格外じゃな。さすがの我も驚いたぞ」


「えっ!?」


 自分の席でぼーっとしていると、いきなり後ろから声をかけられ驚いた。


「ヨウコか、いつからか居たんだ?来たの全然気づかなかったよ」


 俺に声を掛けてきたのは、着物を着た黒髪の少女。クラスの仲間のヨウコだ。


「我か?我ならお主が来る前からずっとここにおったぞ」


「は?」


 俺は教室にひとりだったはず。いや、それ以前に俺には気になることがあった。


「ヨウコ、昨日って訓練所に居たか?」


「もちろんじゃ」


「……俺たち、ヨウコの魔法見てないよな?そもそもヨウコがそこに居たか覚えてないんだが」


 順に皆が魔法を使い、ティナが残り俺とルークだと言った時に違和感を覚えたのはこれだった。


 あの時俺たちは皆、ヨウコのことを完全に忘れていたのだ。しかも、単に忘れていたのではない。


 直前にヨウコと会話していたのにも関わらず、あの時はヨウコの存在自体が頭の中から抜け落ちていたような気がする。


「お主は既に我の魔法を見ておる」


「どういうことだ?」


「存在を希薄にする。それが、我が魔法。だから、主らと同じく訓練所におった我のことを認識できんかったのじゃ。先程もな」


「感知されにくくする魔法ってこと?」


「もう少し上位の魔法じゃな。存在自体が希薄になるので物理攻撃を受けにくくなるといった効果もある」


「そんな魔法があるのか」


「まぁ、我特有の魔法であると言っても過言ではない。今は我以外に使えるものは居らんからな」


 ヨウコが得意とするのは存在を薄くする魔法だと言っているが、それだけではない気がする。


「ふーん、じゃ、その尻尾に溜まってる魔力はまた別の魔法ってことになるのか?」


「なにっ!?」


 背中から見えていた魔力の尻尾をヨウコが隠す。


「お主、これが見えておるのか?」


「ぼんやりとだけどね」


「ぬぅ、まさか尻尾を見られるとは。消すしかないか?いや、こやつは規格外、全力の我でも勝てるとは限らん」


 ヨウコが何やら物騒なことを呟く。


「やめろよ?俺たち、仲間だろ?誰かに知られたくないなら、俺は絶対喋らないから」


「……仕方ないのぅ」


 何かを諦めた表情をしながらヨウコが近寄ってきた。


 そして、俺の右手を取り、その甲に口付けをした。


「お、おい、なにしてるんだ?」

「契約じゃ」


 右手の甲に見慣れない魔法陣が浮かび上がった。ヨウコの右手の甲にも同じ魔法陣が浮かび上がっている。


 昔読んだ本で、似た魔法陣を見たことがある。あれは確か東方の島国で使用される主従契約魔法陣の一種。


 そんなことを考えていると頭にヨウコの情報が流れ込んできた。


 いつの間にか俺とヨウコの間に主従契約が結ばれており、その契約の効果で、主である俺はヨウコの素性などを知り得たのだ。


 ヨウコは九尾狐という魔物で人化の能力を持っている。また、魔力を尻尾に集めると成長することができる。


 成長しきった九尾狐はこの世界では天災の一種として恐れられる。ヨウコはこの学園に、魔力を効率よく集めるために人間に化けてやってきた。


 魔力が集まれば、強制使役魔法や洗脳魔法で教師や学生を意のままに操り、学園を支配するつもりだった。


「……てい!」


「ふぎゅ!な、何をするのじゃ!?」


 ヨウコがやろうとしていたことに唖然とし、思わずヨウコの頭に手刀を落としてしまった。


 痛そうに頭を抑えるヨウコはちょっと可愛い。


「何をするってのはこっちのセリフだ。お前、この学園を支配するつもりだったのか」


「この学園は手始めじゃ。ゆくゆくはこの国も支配下に置いてやろうと考えておる。さぁ、主よ、共に覇道を歩もうではないか!」


「てい!」


「ふぎゅ!や、やめぬか!」


「とりあえず、危ないことはやめなさい」


「お、お主、あれだけの力がありながら権力に興味が無いのか?我と協力すればゆくゆくはこの国が手にはいるのじゃぞ?」


「いや、国盗りに興味はない」

「なん、じゃと?」


 ヨウコが愕然とした表情になる。


「我の尻尾に気づいておったなら、この溜まった魔力を利用しようと思ったのではないのか?だから、あの教師にも黙っておったのではないのか?」


「いや、なんか隠してるっぽかったから黙ってただけだよ?」


「お主、九尾狐がこの世界で天災の一種として数えられることを分かっておるのか?九尾狐の存在に気づいたのならばすぐさま排除するか、あるいはその力が未熟なうちに手中に納めようとするのが貴様ら人間ではないか!」


「そうなんだ」


「そうなんだって、お主……」


「とにかく、俺はヨウコの魔力を使って悪いことしようとは思ってないし、ヨウコのことを誰かに言いふらすこともしないって、さっきも言っただろ?」


「えっ、では、我が契約したのって」


「無駄じゃない?契約なんか無くても俺はヨウコに危害加えたりしないよ。クラスの仲間だしな。契約、解除してもいいぞ?」


「……できぬ」


「えっ?」


「我より上位存在であるお主の庇護下に入るために、尻尾一本分の魔力を使ってお主との間に絆を作った。絆が強すぎて我からは解除できぬ」


「俺の方からなら解除できるんじゃないか?」


「お主が契約を解除して、我に危害を加えられるのが一番困るのじゃから、それはできないようにしてある」


「一方的に契約しといて、ヨウコが有利過ぎない?」


 どんな契約なんだ、と思った途端、頭の中に契約内容が流れ込んできた。


 ヨウコの命を奪う危険性がある行動以外であれば、どんな命令であってもヨウコは俺の命令に従う。


 その代わり俺からは契約を破棄できず、ヨウコに対して少し庇護欲が掻き立てられるというもの。ヨウコは俺が考え込んでいる姿を見て、契約内容を俺が知ったことを悟ったようだ。


「……理解したかの?我はお主に、この命以外の全てを捧げたのじゃ」


 俺は天災となりうる力を持った、俺に従順な仲間を手に入れた。

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