第12話 最強のレベル1
「いいですか?三割くらいですよ。絶対に本気で魔法を撃たないでくださいね。でないとこの訓練所が壊れます」
ティナが念を押してくる。
訓練所が壊れるって、そんなわけないだろう。
だって俺は自宅にある訓練所ではいつも本気で魔法を使用していたが、その魔法で壁などが壊れることはなかった。
「俺らには全力でやれって言ってたよな……ハルトの魔法ってそんなにヤバいのか?」
「究極魔法ですら全力で撃てたのに、ティナ先生が止めるってことは、それ以上の威力の魔法ってことか」
リューシンとルークが驚愕した顔でこちらを見てくる。
いや、俺がこれから放つ魔法は、ただのファイアランスですけど。
ここで、俺は気付いた。
きっとティナは俺のために、魔法耐性が低く簡単に破壊できる的を、今までの的と見た目が変わらないように細工して出してくれるのだろう。
ティナは俺がまだ最下級魔法しか使えないことを知っている。
だけど、クラスの仲間たちがとんでもない威力の魔法やチートじみた能力を持っていることが明らかになり、俺が自信を無くしていないか心配してくれているのだ。
ここで、俺がティナの用意してくれた弱い的を破壊すれば、クラスの仲間はこう思うだろう。
『俺たちが全力で何とか破壊できるものを、ハルトは三割の力で破壊した、すげー!!』
──と。
更に、魔法の威力がヤバいので、普段は最下級魔法しか使わないんですよーと周りに認識させることもできるのだ。
つまり俺のやるべき事は、全力で、かつ、なるべく派手に的を壊すこと。
「ティナ先生、分かりました。あまり細かい調整はできませんが、三割くらいの力でやりますね」
「はい、お願いします」
ティナが俺以外の生徒への防御魔法を強める。
なかなかに芸が細かい。
ルークの究極魔法の余波を防ぎ切った防御魔法を更に強化することで、俺の魔法の威力がそれほど高いという演出をしてくれているのだ。
よし、やろう。
ティナの献身を無駄にするわけにはいかない。
ティナが再び用意してくれた的に向き合う。
恐らくこれは壊れやすい的なのだ。
俺はティナを信じることにした。
「いきます!」
まず、右手を空に掲げ、魔力の塊を放出する。通常であれば、この魔力に火の属性を与え、形状を変形させてから放てばファイアランスという魔法になる。
だが、それでは派手さがない。
だから俺は魔力の塊をいくつも放出する。
俺は邪神の呪いでステータスが変動しない。
俺の魔力はずっと10/10〘固定〙である。
魔力消費量が十以下になる魔力の塊をどんどん放出していく。
──その数、およそ十万。
昔は少数の魔力を放出するのにも時間がかかったが、今では十万程度の魔力であれば、空間に放出するのは五秒くらいでできるようになった。
後ろの方から。
「えっ、ハルト様、さ、三割ですよ?大丈夫ですか?」
──とティナの声が聞こえてくる。そのティナが焦る様子に、周りのリファやリューシン、ルークたちがざわめく。
うん、ティナはいい演技をしてくれる。
空中に留めた魔力に火の属性を与える。
十万の魔力の塊が炎に変わった。
続いて形状を槍の形にしていく。太さ三メートル、長さ二十メートルの巨大なパルチザンが姿を現した。
まぁ、このままこれを投げてもいいのだけど、多分的を貫通するだけで終わるので、ちょっと派手さが足りない。
やっぱり派手にするなら爆発だよね。
ということで、パルチザンの穂先に高威力の属性魔法である、闇と雷の爆裂魔法をコーティングした。
もちろんこの爆裂魔法も消費魔力は少ないもので、単発の威力は低い。
だから千層くらい重ね掛けしておいた。
これで的の表面を派手に爆発した後に、的を槍が貫いてくれることだろう。
用意はできた。
あとは全力で放つのみ!
「ファイアランス!!!」
ピカッ
ドゴオォオオオオオオオオオオン
狙い通り、闇と雷の爆裂魔法が大爆発を起こし、辺りに爆風が吹き荒れる。
かなり派手だ。でも、正直、威力は弱い。
あとは何とか槍が的を貫いていてくれれば成功だが……
爆風が収まった。
「──えっ!?」
的は台座ごと消滅していた。
更にその後ろの壁にも巨大な穴が開き、訓練所の向こう側にある中央街の防護壁が見えている。
その防護壁の前には、先程まで俺の後ろに居たはずのティナが両手をこちら側に突き出した状態で立っていた。
いったい、どうなってるんだ?
それに、ティナはいつの間に移動したんだ!?
そんなことを考えていたら、ティナが訓練所の壁に空いた大穴から中へと入ってきた。
「は、ハルト様、三割って言いましたよね?」
今にも泣きそうで、声が震えている。
俺のことを敬称で呼んでいる。教師という設定を忘れるほど動揺しているようだ。
「ティナ、ごめん、大丈夫か?何があったんだ?」
「私がハルト様の魔法をなんとか逸らしたんです!そうでなければ中央街にも甚大な被害が出ていました!!」
「えっ、だって、実家で俺いつも同じような魔法を……」
「伯爵様のお屋敷の訓練所と
どうやら俺が放った魔法は的を消滅させ、壁を破壊し、それでも威力が衰えず中央街へと向かってしまったようだ。
ティナは俺が魔法を放つ数秒前に、俺が加減を間違えた時のため、訓練所と中央街の防護壁の間に高速移動して、防御魔法を張っていた。
そのおかげて中央街への被害は防げたのだが、ハルトの魔法が予想以上の威力であったために、ティナであっても受け止めることはできず、空へ受け流すことしかできなかった。
「ハルトって、こんなにヤバい奴だったのか」
「的の十倍の強度の壁を貫通させるとか、バケモノかよ」
「し、信じられない。あの伝説のティナ=ハリベルが逸らすのがやっとの魔法なんて」
「補助魔法を一切使わずに、単独であの威力はさすがに普通じゃないと思います」
クラスの仲間たちは、俺から距離を取るように一歩ひいていた。
「今日はこの件の事後処理が必要なので、授業はここまでとします。今後のことは後ほど連絡しますので、皆さんは寮に戻っていただけますか?」
「わ、分かりました。先生」
リファが皆をひきつれて訓練所を出ていく。
俺もついていこうとすると。
「ハルトくんは残ってください」
「……はい」
ですよね。
──***──
訓練所に併設された休憩室にティナと二人でやってきた。
「あの、ティナ、ほんとにごめんなさい」
「私、念を押して全力はダメって言いましたよね?」
「はい、その通りです」
自分の魔法の威力を知らなかったんだと言いたいけど、ティナの雰囲気がそれをさせない。
「死ぬかと思ったんですよ、私」
「えっ」
「と言うか、
ティナが胸元から銀のペンダントを取り出す。
真ん中にはめられている赤い宝石が真っ二つに割れていた。
「それは、魔具?」
「はい、所持する人に危機が迫ると、一度だけ異世界の勇者様のみが使用できる絶対防御魔法が発動する。そういう魔具です」
壊れたペンダントを見て、ティナの目から涙が溢れ出す。
「こ、これは、私のとても大切な方から頂いたものです」
ティナの泣き顔を初めて見てしまった。
勘違いした俺のせいだ。
自分の力を正確に理解していなかった俺の責任だ。
「ごめんなさい。俺が何かできるか分からないけど、なんでもする。だから泣き止んでくれないか」
「……なんでも、ですか?」
「あぁ」
「──てください」
「え?」
「む、昔みたいに、また一緒に寝てください!」
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