第5話 無限の魔力

 俺は訓練所で、ティナの描いた補助魔法陣の上に乗り、魔力操作の練習をしている。


 普通はまず己の魔力の存在を感じるところからスタートするのだが、職業が賢者であるからか、俺は初めから魔力を視認できた。


 自分の魔力も、他人の魔力も、その量や動きをぼんやりとだが見ることができる。そして、賢者という職業は魔力を見ることだけでなく魔力の操作にも補正がかかるようだ。


「こんな感じ?」


「えぇ! 素晴らしいです、ハルト様。まさかいきなり魔力の移動ができるなんて」


 身体の中心に感じる魔力を、まずは身体全体に薄く行き渡らせる。


 そして、前に突き出した手に少しずつ移動させていく。


 手に魔力が集まる。


 ここから、本来は体外に魔力を放出するのだが、俺はそれをしなかった。


 集中が切れて、集まった魔力が分散していった──ように見えるよう魔力を操作した。


 あまりに順調にできすぎるとティナに不思議がられるかもしれない。



「ティナの魔法陣のおかげだよ」


 魔法陣のおかげだということにしておいた。


 魔法陣によって魔力操作が多少やりやすくなっているのは事実だ。でも実際は、魔法陣に乗らなくても魔力操作ができることは分かっていた。


「この魔法陣は少しだけ魔力操作を補助する効果しかありません。魔力を移動させるのが非常にスムーズなのはハルト様の才能だと思われます」


 ティナが嬉しそうにそう言ってくれた。できすぎだとは思われている様だが、ただの才能だと思ってくれているみたいだ。


 そういえば、俺の姉は魔法に関する才能があり、魔法学校に入学する時には既に中級魔法を使うことができていた。


 ティナも当然それを知っているので、俺に関してもいきなり魔力操作ができるくらいでは大して驚かないのかもしれない。優秀な姉に感謝だ。


「ありがと。もう少し練習してみるよ」


「はい、ちなみに体内に拡散した魔力は割と直ぐに戻りますが、体外に放出するとその分は回復に時間がかかります」


「そうなんだ」


「ハルト様でしたら、次には体外への魔力放出ができてしまいそうですが、魔力放出をした場合は疲れが一気に来る可能性がありますのでご注意ください」


「はーい」


「魔力放出のやり方ですが、先程と同じように手に魔力を集めるのですが、更に手の先にも自分の手が伸びてようなイメージをして、そこに魔力を集めてみてください」


「分かりました、先生」


 どうやら魔力放出をしてもいいらしいのでやってみることにした。


 先程と同様、まず、全身に魔力を行き渡らせる。そしてその魔力を突き出した右手に集める。


 意識を手から手の先へと向ける。


 魔力が手から伸びて空間に溜まり始めた。


「いい感じです! 可能であれば燃え上がる炎をイメージしてください」


「炎?」


 炎は先程見た。五メートル近く離れているのに顔が熱くなるほどの熱量を持ったティナの炎魔法を──


 だからイメージするのも容易かった。


「おぉ!」


 手の先に留めておいた魔力が炎に変わる。


 手のすぐ側にあるのにまるで熱くない。


 不思議な感じだ。


 ついでに炎をティナがやっていたように槍の形にしてみる。



「ファイアランス!」


 ティナを真似て、詠唱しながら新たに用意されていたターゲットに向かい炎の槍を投げる。


 炎の槍は真っ直ぐ飛んでいくと的に当たり、少し燃え上がった後に消えた。


 的には小さな焦げ跡がついた程度。


「ま、まさか最初から完全な形で魔法を発動させられるなんて」


 ティナが驚いた顔で少し焦げた的を見ていた。


 魔力の性質を炎に変えるところまではもしかしたらできるかもしれないと思っていたが、ファイアランスという魔法を完全に発動させられるとは思っていなかった様子。


 ティナが驚いてくれてちょっと嬉しかった。


 やはり異世界に来たのなら『えっ、何こいつ、すげぇ!』とかって言われてみたい。


 まぁ、俺はステータス固定の呪いのせいで、一生かかって修行したとしても、これくらいが限界なのだろうけど。


「ハルト様、身体はだるくなったりしていませんか?」


「いや、そんな感じはしないよ」


「初めての魔法を使う時、普通は魔力を多く流し過ぎてファイアランスなどの下級魔法一発でも魔力切れを起こす人が多いのです」


 ファイアランスという最下級魔法の消費魔力は2だ。


 なので、魔力が10ある俺はファイアランスを五発までは撃てる計算だが、どうやら消費魔力2で撃てるというのは、ある程度魔力の操作がしっかりできていないと難しいらしい。


 確かにファイアランスを使った時、身体から力が抜ける気がしたが、怠さを感じるほどではなかった。職業『賢者』による補正だろうか?


「まだ撃てそうだけど、練習していい?」


「もちろんです。ですが、無理はなさらないでくださいね」


「はーい!」


 その後、三発ファイアランスを撃ち、魔法訓練を終えた。


 実はまだ撃てそうだったが、三発目を撃ったあたりからティナがすごく不安そうな表情で、しつこく体調のことを聞いてくるので、五発目を打つのはやめておいた。



 ──***──


 翌日、俺はひとりで訓練部屋に来ていた。

 ティナは街へ買い物に出かけている。


 ひとりで訓練すると言ったら、ティナは不安そうだった。


「いいですか? 絶対に無理しないでくださいね。もし少しでも体調が悪くなればこのベルを鳴らしてください」


 そう言って渡されたベルには見たことない魔法陣が小さく描かれていた。


「鳴らすとどうなるの?」


「私が直ぐに飛んできます」


「遠くにいても鳴らしたのが分かるってこと?」


「そんな感じです。くれぐれも無理はなさらないでくださいね」


 買い物を済ませたら直ぐに戻ってくると言い残して、ティナは出かけていった。


「さて、どこまでやれるのか実験しますか」


 ティナの目を気にせず、限界までファイアランスを撃ってみようと思っていた。昨日の訓練では四発でやめたが、もっと撃っても大丈夫な気がしたからだ。


 的に向かう。


 魔力を手から放出し、炎へとかえる。


 炎を槍の形に変え──


「ファイアランス!」


 炎の槍が飛んでいく。


 手から炎の槍が離れたくらいで、次の魔力放出を始める。


「ファイアランス!」


 二発目。


 まだまだ行ける。


「ファイアランス!」


「ファイアランス!」


 二発立て続けに撃ってみた。

 全然問題ない。


「ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス!!」


 おかしい……

 いくら撃っても全く身体が怠くならない。


 それどころか魔力がスムーズに放出され、魔法を放つタイミングがどんどん早くなっていく。


 三十発ほどファイアランスを放ったところで息が切れたため、一旦魔力放出を止める。


 最下級魔法なので一発の威力は弱いが、さすがに三十発も当てると的は真っ黒に焦げていた。


 何故だろう。魔力が減っている気がしない。


 んー、何とか消費魔力を確認できないものか……


「あっ!」


 ここで俺は閃いた。


「ステータスオープン」



 ステータス

 名前:ハルト=ヴィ=シルバレイ

 種族:人間

 加護:なし〘固定〙

 職業:賢者(レベル1)〘固定〙

 体力:30/30〘固定〙

 魔力:10/10〘固定〙

 物理攻撃:10〘固定〙

 魔法攻撃:10〘固定〙

 物理防御:10〘固定〙

 魔法防御:10〘固定〙

 技能:なし〘固定〙

 状態:呪い(ステータス固定)〘固定〙



 ステータスボードを出した状態で、魔法が使えれば、消費魔力が分かるはずだ。


 ただ、ひとつの気になる点があった。


 ステータスボードには──


 魔力:10/10〘固定〙と表示されていたのだ。


 さっきまで三十発以上の魔法を撃っていたにもかかわらず、魔力が全く減っていなかった。


 ここで、ひとつの仮説が頭を過ぎる。もし、その仮説が正しければ、俺はこの世界で本当の賢者として活躍できるかもしれない。


 仮説を検証するため、俺はステータスボードを出したまま、ファイアランスを撃つ用意を始めた。

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